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 閑話「ドロシーの想い」

※改稿済み(2017/5/3)



 青髪の少女、ドロシーは魔族と人族のハーフである。

 通常、純粋な魔族は身体のどこかしらに角があるのだが、ドロシーは人族の血を色濃く受け継いでいるようで、角らしきものは身体の何処にも見当たらなかった。


 ――――時は300年ほど前に遡る。

 

 その日は雷鳴轟く豪雨であった。その豪雨の中で、わんわんと泣き叫ぶ赤ん坊の声が聞こえた。赤ん坊はボロ切れに包まれていたのだが、降り注ぐ雨が赤ん坊の体温を無慈悲に奪い続け、身体は完全に衰弱しきっていた。しかし、赤ん坊は幸運だった。


 竜王城の主である竜王に発見され拾われたのだから。

 

 稲妻の閃光が無垢な赤ん坊の素顔を照らし出し、竜王は瞬時に悟った。

 青い髪に青い瞳。

 魔族にも人族にも受け入れて貰えず、虐げられた赤ん坊であると。

 

「赤ん坊を捨てるなど許しがたい行為じゃのう……」


 竜王は赤ん坊を大切に抱きしめ、優しげな眼差しを送った。

 すると赤ん坊は衰弱しきっているにも関わらず、嬉しげに「きゃっきゃっ!」と、人懐っこく竜王に笑顔を見せたのだった。


「おー、よしよし可愛らしいのう。もう心配はいらぬぞ。お主は今日よりワシの娘じゃ!」


 養女として育てる決心をした竜王は、竜王城へと連れて戻るのであった。


 ところが困った事態が生じた。竜王には子育ての経験がまったくなかったのだ。


「困ったのう……実に困ったのう……」


 悩んだ末、導き出した結論は、数少ない知人からアドバイスを受けることだった。

 そうして竜王城に訪れたのは、凛とした風貌のエルフ族の女性である。

 しかし、このエルフ。


「わたしも子育ての経験なんてないわよ? まったく失礼しちゃうわ!」


 それでも竜王は頼み込んだ。


「しょうがないわね……で、この子の名はなんて言うのかしら?」

「名前じゃと?」

「そうよ。名前がないと困るでしょ?」


 竜王には名が無い。誰もが竜王と呼ぶので、名前を意識したことはなかったのだ。

 竜王は考えた。必死に考えた。赤ん坊を養女として迎え入れてから、竜王は幸せを感じていた。赤ん坊が竜王の古き心の傷を癒してくれていたのだ。それはまさに天からの贈り物であった。


「ドロシーじゃ! 名前はドロシーじゃ!」

「ドロシー? いい名前ね」

「そうじゃろう! ワシの記憶の中にあるドロテアという星から名付けたのじゃ!」


 ドロシーと名付けられた赤ん坊はすくすくと元気に育っていった。

 しかし竜王はまたしても困った事態に遭遇した。思春期を迎えた頃、ドロシーは髪色のことで虐めに遭い引き籠ってしまったのだ。青い髪は魔族の象徴であり、人族にとって魔族は畏怖の対象でしかなかったからだ。 


 ドロシーは引き籠ったまま、300歳の誕生日を迎えた。しかし未だに引き籠ったままである。300歳はいい歳なのだが、ドロシーは不思議と心も身体も成長が止まったかのように変化しないのだ。魔族の血がそうしているのか、はたまた別の理由があるのか竜王にも分からなかった。接し方が分からず竜王も無駄に足踏みし、時を無駄にしてしまっていたのだ。




 ◆◇◆




 数百年振りに、あの時のエルフが竜王城へと訪れた。

 竜王から事情を聞いたエルフは、真っ先にドロシーが引き籠る部屋へと押し掛けた。


「あんたっ! いい加減にしなさいよ! どんだけ引き籠ってるのよ!」

「あ、あなたこそ! 誰なのですか!」

「いいから部屋を出なさい!」

「い、いやっ! 引っ張らないで!」


 エルフは強引にドロシーを部屋から引きずり出そうとする。このエルフの名はシャルル・シャーロット・シルヴェスター。伝説の六英雄の一人であり、シャルルという名は正式な名では無く、魔神戦争後についた『男勝り』という意味で、シャーロットの男性系のシャルルが二つ名としてついたようである。


「お願いやめてっ! わたしは魔族の血も人族の血も穢してる呪われた子なの! 居場所なんてどこにもないの!」

「魔族が何よ? 人族が何よ? あなたはあなたでしょ!」


 ドロシーはこの日、初めて他人から真剣に叱責された。義父である竜王は、ドロシーに対して、怒ったことも、怒鳴ったことも、一度として無かったのである。


「いつまでも甘えたこと言ってるんじゃないわよ!」

「そもそもあなたは何なのですか! お父様……お父様! 助けて欲しいのです!」

「甘ったれたこと言ってんじゃないわよ!」


 ドロシーが義父である竜王に助けを求めても、竜王はただただ狼狽するのみ。

 

「お父様っ! どうして庇ってくれないのですか! わたしが可愛くないのですかっ!」


 ドロシーは泣きじゃくりながら、手を差し伸べてくれない竜王を責め続けた。


 パシッと頬を打つ音が響き渡った。シャーロットがドロシーの頬を引っぱたいたのだ。


「な、なんなのですかっ! どうしてどうして……わたしを叩くのですかっ! お父様、痛いです。知らない人に叩かれたのです!」


 竜王もこの時、娘を甘やかせて育ててきたことを後悔していた。竜王自身も物心ついた時から両親はいなかった。ドロシーもそうであった。だから竜王はドロシーの寂しい心が理解できていた。しかも髪のことで虐めに遭った過去もある。


 ドロシーの笑顔に救われた竜王は、ドロシーの喜ぶ姿だけが生甲斐であった。それゆえ、慎重になり過ぎて盲目になっていたのだ。


 やがてドロシーは泣き喚くことをやめた。どんなに泣き叫んでも義父が救いの手を差し伸べてくれないからだ。体力的にも消耗していた。


 しかし、その時、義父である竜王が申し訳なさそうに呟いたのだ。


「すまなかったのう……ドロシー……本当に申し訳なかった」


 竜王は瞳に涙を浮かべ、ドロシーにそう謝罪した。


「お、お父さん……ど、どうして……お父さんがわたしに謝るのですか?」

「ワシの育て方が間違っていたのじゃよ。そのせいで、無駄に時だけが経ってしもうた」

 

 300年の年月はエルフのシャーロットにとっても短い期間では無い。シャーロットもドロシーの成長に期待していたのだ。あの頃の赤ん坊がどんな風に成長を遂げているのかを。義父の言葉でドロシーは目が覚めたような想いに駆られるのであった。


 不意にドロシーの鼻先に小さな精霊が姿を現した。その精霊がドロシーの鼻を優しく撫でるとクスッと微笑んだ。そして、シャーロットに尋ねた。


「この子はなんなのですか?」

「風の精霊シルフよ」

「シルフ?」

「そう、この世界には、認識しないと見えないものが沢山あるのよ。竜王様の愛情だって、あなたが認識しなければ、気がつかないでしょ?」


 シャーロットはドロシーに、なんでもいいから自信が持てることを習得させようと考えた。そして気づく。この子には、魔術の才能を感じるし、ヘンな話だけど、部屋に引き籠って没頭していた研究もバカにできるレベルを超越していた。


 シャーロットは優しく言った。


「魔術の勉強をしてみない?」

「え?」

「わたしの知り合いが魔法学園の学長をしてるのよ。そこで魔術の勉強をして、とにかく自信をつけなさい。このまま死ぬまで腐って生きていくつもりはないのでしょう?」


 ドロシーは、初めて見る風の精霊に魅了されていた。この世界は不思議なものが満ち溢れている。ドロシーが興味を抱いた古代の遺産もその中の一つだ。また、数々の古代の遺産を研究するためにも、付与魔術の勉強がしたいと考えたこともあった。




 ――――それから数日後。


 ドロシーはシャーロットに連れられて、魔法都市エンディミオンにある魔法学園に入学した。魔術の勉強をする決心を固めたのだ。


 早速、学園長が挨拶してくれた。

 

「よろしくね。ドロシーちゃん」

「はい、よろしくなのです!」


 真っ赤な瞳に灰色の髪。一目でドロシーは、彼女がダークエルフだと気がついた。魔族同様、人族から迫害を受けやすい種族である。

 

 それなのに彼女は皆に尊敬されていた。種族の垣根を超え、誰からも慕われていた。

 しかもその彼女には優秀な弟子がいると言う。王族の子で名をルーシェリアと言うらしい。


 ドロシーは直ぐにルーシェリアを知ることになった。彼の才能はずば抜けており、誰もが憧れる優等生であったのだ。


 ドロシーは入学してからも髪の色のことで、度々、嫌な思いをしていた。それでも必死に我慢して勉強を続けていたのだ。自分が虐めに遭うのは、自分に自信がないからだ。今ではそう考えていた。


 しかし、どんなにそう信じ込んでも、理不尽な嫌がらせは後を絶たない。


 ある日、ドロシーの前に数人の学生が立ち塞がった。しかもドロシー目がけて石を投げる。避けきれないと思い直撃を覚悟して目をつぶった。ところが痛みは襲って来ない。そして優しそうな男の子の声が聞こえた。


「危ないなぁ……まったくもう……」


 恐る恐る目を開けると、屈託のない笑みで微笑んでいる少年がいた。

 その彼の手に石が握られていた。寸前のところでキャッチしてくれたみたいだ。

 しかもその少年はその石を、投げ返した。それも魔力を込めて。

 

 その石は投げた学生の頬を掠め、彼の後ろにあった樹木に深々とめり込んだ。めり込んだ石を呆然と見つめた彼らは逃げるように立ち去って行った。


「あっちゃー、木に当たってしまったよ。ビディに見つかったら大目玉だよ」


 その少年は必死に、めり込んだ石をほじくり返していた。知っている少年だった。学園一の優等生なのに、その様子があまりにも滑稽で、彼は本気で学園長に怒られることを心配している。

 つい、ドロシーは微笑んでしまった。


「笑う暇があるなら手伝ってよ」

「あ、はいなのです!」

「僕はルーシェリア・シュトラウス。君、怪我はなかったかい?」

「だ、大丈夫なのです。石当たってないのです。ありがとうなのです!」

「てか、膝に擦り傷があるね」


 ドロシーは感動した。膝の擦り傷が治ったからではない。嫌な顔一つせず普通に接してくれるのが嬉しかったのだ。それに彼はドロシーに触れることを嫌がるどころか、むしろ嬉しそうにペタペタ触る。凹んだ木の幹もあっという間に修復されドロシーは驚いた。


「成長活性の魔術なんだよ」

「……成長?」

「うん、魔術でこの凹んだ部分の細胞だけを活性化させたんだよ。君の傷の手当ても同じ魔術ね」


 この時、少年はこの程度の傷なら神聖魔法が使えなくても応用次第だよと語ってくれた。しかもこの日を境にドロシーのことを気に掛けてくれるようになった。


 ドロシーはルーシェリアと会話を交わす度に彼に惹かれてゆき、気がつけば好きになっていた。この時、ドロシーは初めて、シャーロットがしていた想い人の昔話を始めて理解した。


 そしてドロシーは決意した。ルーシェリアに告白しようと思い、こっそり彼の周囲を窺う日々。しかし、いつも彼の横には髪の白い女の子や、彼の親友たちが彼を囲んでいる。

 一時は、その白い髪の女の子が、恋人なのかもと考えたドロシーであったのだが、そんな雰囲気ではないことに気づく。


 しかし告白できないまま年月は流れ、ついにルーシェリアが卒業する日になってしまった。もう今日しかない。そんな想いで胸がはちきれそうなドロシーである。


 物陰に隠れながら、チャンスを見計らっていた。いつも傍にいる白い髪の女の子の姿もない。トイレかな? そう考えると途端、胸が高鳴りドキドキ。


 けれども、今一歩踏み込めない。勇気が絞り出せない。

 チャンスを逃してしまった。ルーシェリアの家族が馬車を引き、迎えにあがったのだ。

 豪華な馬車だ。


「王子様なんだよね……わたしじゃだめだよね」


 しかも……白い髪の女の子も戻ってきた。

 せめて気持ちだけでも伝えたい。その想いで駆けだした。しかしドロシーは駆けだした足を瞬時に止めた。


 ルーシェリア王子が、亜麻色髪の女の子に叫んだのだ。


「メアリー!」

「ルーシェ様!」

「めちゃんこメアリーに会いたかったよ!」

「私もですよ。こんなに成長されて、メアリーとっても嬉しいです!」


 ルーシェリア王子は、メアリーの胸の中に飛び込んでいた。

 もう入り込む隙はなかった。


 それから――――ルーシェリア王子が卒業して、間もない頃、義父の竜王から手紙が届く。

 なんでもミッドガル王国で、勇者を祝う、宴に招待されたらしい。ドロシーは喜び勇んで竜王城へと戻った。王子にまた会える。その想いで一杯だったのだ。


 けれども――――郷田達の襲撃に遭ってしまった。竜王は大怪我を負い、ドロシーは彼らの前でおしっこを漏らし、郷田と骨山に失笑されたのだ。

 

 それからドロシーは陰鬱とした複雑な気持ちで日々を過ごした。

 法王庁やミッドガル王国も許せない。でも、王子が好きだと。そして、魔法学園に戻らず、義父である竜王の看病をする毎日。それから数日後の出来事だったのだ。


 ルーシェリア王子が、メアリーを伴って、竜王城に来訪してきた。

 見間違えるはずはない。けれども敢えてそっけない態度を示し、追い返そうとしたのだ。

 それはドロシーの複雑な心情の表れだった。

 

 

 しかし、今のドロシーは幸せいっぱいである。


 


 決意も固めている。メアリーに負けることなく、ルーシェリアを支えてゆくのだと。


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