第四十二話「幕引き」
※改稿済み(2017/4/27)
「なんたる惨劇なのでしょうか。私の大切な生徒達……ああ、神よ……彼らの御霊をお赦いください……」
銀縁眼鏡野郎の教師の八代が悲痛な表情で両膝を落とし、今回の惨劇を哀れ悲しむように叫んだ。だが、俺にはその態度が単に生徒達へ対しての点数稼ぎにしか見えない。
「この私が教育者として、もっとしっかりしていれば……こんなことには……」
そして、八代はくしゃくしゃになった泣き顔を俺に向けると、
「ルーシェリア王子。今回の不始末は私の監督責任です。彼らには何も罪はありません。どうか……どうか、私に免じてお許しください」
そんな八代に一人の女子生徒が慈しむように駆け寄った。
「先生……」
「天音君か……」
「先生の責任なんかじゃないです! わたし達みんなの責任です! そんなに自分を責めないでください!」
「違うぞ天音君。私は教育者……いや、この世界に来た日より、私は君らの保護者なんだ……」
天音……ああ、いたな。記憶にある彼女はモブキャラ同然の女の子だ。可愛いと思ったこともないし、むしろ教師にべったり愛想を振りまいて、クラスの男子生徒達も色んな意味で萎えていたぐらいだ。二人はデキてる。そんな噂も絶えなかったしな。
その天音が涙目で振り向き、先生は悪くないと言わんばかりに、
「ルーシェリア様、お願いです。先生の願い聞き届けてください!」
イライラしてきた。八代は本気で生徒達を救おうと考えてはいない。こいつは過去、イジメに遭ってたいた俺を汚物でも見るような目ですっぱりと切り捨てた男だ。八代の思考の原点は保身のみであり、それ以上でも以下でもない。ただの演技。ぶん殴りたくなってきた。
此の上、天音は演技じみた八代を庇うように、
「あなた達、なんでぼさっとしてるの! 先生がこんなにもわたし達のことを想って謝ってくれてるのよ!」
その合間も八代は床に頭を無造作に擦りつけ、自虐的に額から血を滲ませるほどの演技力を発揮している。自己陶酔しているかのように。
そして、桐野の斬撃で無傷で済んだ女子生徒達が八代に集い、懇願してきた。もはや胡散臭い系のB級学園ドラマ。とんだ茶番だ。
様子を窺っていた隊長格の衛兵が、神妙な顔をして「ルーシェリア王子。彼らの処遇については、いかがお考えでしょうか?」と、聞いてきたのだが、召喚勇者達も去ることながら、この場にいる衛兵、神官、司祭達の全てが法王庁に所属している者達だ。ミッドガル王国に仕える家来たちでは無い。
この場にウルベルトがいなくて良かったよ。いたら神殿が血の海に染まっていたかもしれないしな。
そんなことを考えている間にも、聖女適正者の治療により複数人の生徒達が起き上がる姿が目に入ってきた。氷漬けの白鳥渚や、白目を剥いた勇者適正者は、ひょっとしたら助からないかもしれないけど。しょうがないよな。
メアリーが不安そうな表情で、甘えるように俺の魔法衣の袖を引っ張った。
いつも気丈なメアリーなのだが、少し恐かったのかな?
「もう帰ろうか? ドロシーに会いに行く予定もあるし」
「えっ!? でも……」
「だって時間の無駄だろ?」
「ですが……彼らをこのまま許すわけにも……」
「う、うーん……」
王国法で王族の名誉や尊厳を傷つけた行為に該当する者を、有無言わず罪に問うことができる。その権限は王子である俺にも勿論あるのだが、法王庁の神殿内部は王国法が適用されない治外法権でもあるのだ。
「……それにルーシェ様。彼らが復讐を企てる可能性も考えられます」
「まぁ、その時は……」
皆殺しにするのみだ。と、頭の中で呟いていると先ほどこの場に駆けつけてきた法王庁の司祭が俺達の前に進み出てきた。
頭髪が真っ白な高齢の男で、白い法衣には金の刺繍。司祭の中でも高位の者かもしれない。
その男が俺を見るや否や、嫌味な視線を向けると偉ぶった口調で、
「王子はこれ以上、この件には関わらないで頂きたい!」
バカなの? 死ぬの? 初っ端からこの台詞。
ムカつくなぁ……。いるんだよな状況も理解していない癖にしゃしゃり出てくる輩って。
けれどもイライラしているのをメアリーが察してくれたようで、
「ちょ、ちょっと司祭様っ!」
「誰だね君は?」
司祭はジロリとメアリーを睨み「身分を申せ」と、いきなりこれだ。
「わ、私はルーシェ様のお目付け役のメアリーです!」
「ふむ……」
しばし司祭が黙り込み緊張した空気が流れた後、
「……つまり雑用係じゃな。ワシは忙しい身である。要件があるなら正式な手続きをなされよ」
「ち、違いますっ! 司祭様は大きな誤解をされていらしゃいますっ!」
狼狽しつつメアリーはさらに、
「先に手を出して来たのは召喚勇者の彼ら達なのです!」
すると高齢の司祭は人をバカにしたような笑みを浮かべ、
「そうなのかクラークよ?」
後ろで控えていた中年の司祭に問いかけた。
「彼らに確認を取って参りましたが、そのような声は一切聞いておりませぬ」
「で、あろうな」
「はっ? 何をおっしゃいますか? ルーシェ様は命を狙われたのですよっ!」
愕然としているメアリーを、高齢の司祭は小娘が何を申すかと言わんばかりの勢いで嘲笑した。
しかも中年の司祭はその高齢の司祭の脇にずっといた。最初から状況確認などしていないのだ。
もうイライラも限界だ。メアリーは俺の怒りが爆発しないように気遣ってくれたのに、そのメアリーがバカにされたなんて許せない。
また、メアリーをバカにするということは、ひいては俺自身も舐められたことに繋がり、総じてミッドガル王国。いや、少なくともシュトラウス家が軽んじられているということだ。
そして、クラークと呼ばれた中年の司祭が、高齢の司祭にひそひそと耳打ちするのだが、あからさまに声が大きい。
『幸いなことに大怪我を負った者達と逃亡した3名は、Cランク以下の者達でございます。しかし残念なことにAランクの者2名が深手を負っており、明日をもしれぬ状態でございます』
「ふむ……して?」
『ここは落とし所として、逃亡した3名を即刻捕らえ、処刑されては如何でしょう? ならば法王庁も儀を果たしたことになり、王国も深くは追求してきますまい』
クラークの耳打ちが終わると、高齢の司祭がメアリーへ視線を合わせ、
「そういうことだ。この者達も大いに反省している。それとも更なる流血をお望みですかな?」
傲慢だ。あまりにも傲慢過ぎて釈然としない。
見た目が子どもでも俺は王子。次期国王になる可能性も秘めている王位継承権第七位に位置する王子でもあるのだ。王様とかまっぴら御免なんだけど、彼らの舐めた態度を見ていると、どうしても腑に落ちないのだ。
……何故だ? 見た目の他に何か理由があるのか? どうしてこんなにも強気な態度で王族の俺を蔑むことができるのだろうか。
――――少しばかり怒らせて、感情的にさせてみるか。
高齢の司祭を指差しながら、
「ねぇ、メアリー。このアホ面のおっさんは誰なのさ?」
「アルマン司祭様でございます」
「それって偉いの?」
「ええ、この神殿の最高司祭様でございますよ」
「ふ~ん。で、僕と司祭ってどっちが偉いの?」
「身分で申しますとルーシェ様の方が遙かに上でございますよ」
最高司祭って言っても各々の神殿に1名ずつ配置されているだけで、本当に偉い司祭は神聖王国ヴァンミリオンの本殿にいる。過去の世界に喩えたら中間管理職ぐらいの身分でしかない。
「やい、おっさん!」
俺のぞんざいな態度に、メアリーがクスっと笑った。
「ぶ、無礼であるぞっ!」
高齢のアルマン司祭の額に青筋がぷるぷると浮かび、今にもはち切れそうだ。
そのアルマンに俺は冷めた視線を向け、
「無礼は貴様だ。アルマンっ! 身分をわきまえよ!」
「なっ、なんですとっ!」
「僕に牙を剥いた者達全ての罪を問う。これはミッドガル王国王家としての命令だ。許して欲しければ全ての罪を認めよ!」
「ぐぬぬ……」
アルマンは悔しそうに歯噛がむと、怒りは頂点に達したようだ。
顔を真っ赤にし、全身がぷるぷる震えているよ。
「もう我慢ならん! 子どもの癖に舐めた口をっ!」
アルマンが俺の胸倉を掴もうとした。
しかし咄嗟にクラーク司祭が俺とアルマンの間に割って入り「アルマン様、流石にそれはマズイです! 王子に手を出したら相手の思う壺です。挑発に乗ってはなりません!」
「うぬぬっ! 黙れクラーク! 我慢ならんのじゃ! 公衆の面前でこのワシが恥をかかされたのじゃぞ!」
「法王庁と王国との間で大問題になりかねませぬ! 静まってくだされ!」
「うっ、うるさい! なる訳がないのじゃ! 我らにはオースティン公爵がついているのじゃからな!」
……へっ? なんだ? 口を滑らしたのか? オースティン公爵って伯父上のことだよな?
ひょっとして、法王庁と伯父上は水面下で何か取引をしているのか?
裏で繋がっているということなのか?
バカ騒ぎしたアルマン司祭が、落ち着きを取り戻そうとしていた。
迂闊に口を滑らせたことに気がついて、肝が冷えたようだ。
もうここに居ても意味はないな。
「メアリー帰るよ」
「あ、はいっ!」
メアリーもこれ以上ここに留まっても、埒が明かないと判断したようで、素直に頷いた。
あーあ、今日はドロシーに会いに行く予定も入れてたのに……王様への報告が優先されるな。
帰ろうとしたらアルマンが、
「き、貴様っ! ま、待たぬかっ! い、いや……待たれよ」
語尾弱く中途半端な呼び止め方をしてきたので、俺は敢えて冷酷非道な表情を見繕い。
「貴様の罪状は追って沙汰をする。首を洗って待っているがいいぞ!」
強気だったアルマンの表情が血の気が引いたように冷え込み、くらっと倒れそうになった。だが、クラークが辛うじてアルマンを支えた。理由は分からないがお漏らしでビビってるのかな?
「お、王子……ルーシェリア王子……ちょ、ちょっと待ってくだされ!」
「やだよ。僕は忙しい身だからね」
「ご、誤解されたまま立ち去られては……」
「何か申し立てたいことがあるなら正式な手続きを踏んでくれたらいいよ。それまで無事でいられたらね」
「あ、ああ…………」
呆然とするアルマン。
まあ、処分を決める権限は俺にはないので、実際どうなるか知らんけど。
それはいいとして、竜王襲撃事件の真相は想像していたよりも深い闇に覆われてそうだ。
そして――立ち去る寸前、桐野が儚げな表情で、俺の名を呼んだ。
「ルーシェリア王子、本当に申し訳ありませんでした」
彼は深々と頭を下げていた。
また、いつか会うことがあるかもしれないな。と、思いつつ俺達はこの場を去るのであった。
第五章まで改稿が終わりました。
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次回から第六章の改稿を進めていきます。




