第十二話「空白の7年間の記憶・後編」
※改稿済み(2017/3/29)
「ルーシェ様、紅茶を入れ直しましょうか」
「うん、今度は甘いのがいいなー?」
「はい、かしこまりました」
高級感ある茶葉のほのかな香、今度はそこにミルクと砂糖を加えて、コトコト少し煮込んだようだ。
それはとても甘く、インドで有名なチャイのようだった。
「では、続きをお話しますね」
「うん、よろしく頼むよ」
「2歳になられたルーシェ様は、冬の寒い時期に王宮庭園に私を誘いだしました。なんでも魔術の練習をするから付いて来てほしいとのこと。その日、私は魔術というものを生まれて初めて目の当たりにしました。ルーシェ様が翳した手のひらの先に火球が出現し、しかも庭園の噴水を丸焦げにしたんですよ」
2歳で早くも魔術を披露したのか……。
つまりこの身体は確実に魔術が操れるってことだ。
「それでその後、どうなったの?」
「もう大変な大騒ぎになりましたよ。2歳の子どもが魔術を使うなんて前代未聞でしたから……私もルーシェ様もその日は旦那様と奥方様にこっぴどく叱られましたね。まぁ御両親とも口では怒ってございましたが、二人とも内心は凄くお喜んでおいでで、特に旦那様は険しい顔をしながらも我が子は天才だと終始口元が緩んでございましたよ」
そうかそうか両親は喜んでくれたのか。
メアリーは紅茶を嗜み、喉を潤すと、さらに話を続ける。
「3歳になったルーシェ様は旦那様の言いつけで4年間、ミッドガル王国より南西に浮かぶ島、魔法都市エンディミオンまで海を越えて向かわれました」
「魔法都市?」
「ええ、そこにはエンディミオンアカデミーという魔法学園がありまして、ルーシェ様はそこで4年間留学されていたのですよ」
「僕はそこで魔術の勉強をしたってことなんだね?」
「そうですね。その4年間は別々に暮らしてましたので、その間のことは詳しくは分かりませんが、私の親友も通ってましたので、その間のルーシェ様のお世話は、その子が見ていました」
「メアリーのお友達なの?」
「ええ、髪が雪のように白く綺麗で、可愛い子ですよ」
「な、なるほど……」
「そして……それから4年後の卒業式の日に私はルーシェ様のご両親と共に、魔法都市エンディミオンまでルーシェ様をお迎えにあがったのです。ルーシェ様はとても立派に成長されており、私は感動し涙を零したもです」
4年間も魔術の勉強をしてきた身体なんだな。十分、身についてそうだ。
「しかもルーシェ様は魔法学園の学長でもあり魔術師ギルドの長でもあるブリジット・アーリマン様に才能を認められ、わずか7歳で魔術師の称号を取得。黎明の魔術師ルーシェリア・シュトラウスとしてミッドガルに凱旋されました。それから間もなくしてです……ルーシェ様が高熱でお倒れになったのは……」
そうかその後、すぐに高熱で意識不明になり、死線を彷徨ったという訳か……。
なるほどな。でも折角魔術の修行をしたのに、全然使えないなんて悲しいな。草も生えないぞ。
俺に再度、魔術を教えてくれる人が身近にいたらいいんだけど……。
あ、そうだ!
「ねぇねぇ! メアリーはドロシーって名の魔術師を知らないかい?」
「ド、ドロシーですか……?」
メアリーは瞳を閉じて考え込んだ。
……知ってると嬉しいな。この時代にもドロシーは存在してるはずなんだし。
「わ、分からない?」
「う~ん……あっ!? もしかしたら!」
メアリーが思いだしたようにポンと手を叩いたので、俺は思わず身を乗り出した。
「ルーシェ様、もしかしたらですけど、竜王様の側近に『小さき魔術師』との異名を持つ魔術師の方がいらしゃいますよ。うろ覚えですが、確か……名はドロシーだったと思います。……でも、ルーシェ様どうして?」
「え? ああ、ちょっと気になっただけだよ」
「記憶喪失なのに?」
メアリーがジト目で俺を見る。
「いやいや……ほら今夜晩餐会があるでしょ? そこに竜王様が来るって噂をちょっと小耳に挟んだんだよ」
「ふ~ん……」
なにその訝しいものでも見る視線……。
「ドロシーさんは、とても可愛い魔術師らしいですよ?」
「あ、そ、そうなの? それは楽しみだね。そうそう今夜の晩餐会。メアリーも一緒に行くんだよね? ねぇそうだよね?」
「私はルーシェ様のお目付け役ですもの。ルーシェ様が行く場所にはどこにでもついて行きますよ?」
「あはは、そうなんだ……」
なんか急にやりにくくなったな……三次元の女の子の気持ちは良くわからん。
とりあえずドロシーに会えるのは凄く嬉しいかな? この時代でも俺の嫁になるとは限らないけど……。
「メアリー、ありがとう。だいたい分かったよ」
「あれ? もうよろしいのですか?」
「とりあえず過去のことはね」
あ、そうだ。あの少年の名前を聞いとくか。今夜付き合えって言ってたしな。
名前が分からないのは失礼だし。
「あのさ、王様に息子がいるみたいだけど、彼の名前はなんて言うの?」
「フィリップ王子のことですね。ルーシェ様より3つ年上の10歳で、ルーシェ様とフィリップ王子はとても仲が良く、本当の兄弟のようなのですよ」
「そ、そうかフィリップっていうのか」
「ルーシェ様はフィリップ王子のことを愛称で、いつもフィルと呼んでますね」
さすがメアリーだ。俺が困らないように配慮して話してくれる。
そんな彼女に俺は見惚れていた。すると、彼女は照れたのか恥ずかしそうだ。
「ど、どうしちゃったんです?」
「あ、いや……父君の書斎に僕が子どもの頃に読んでた魔術書ってまだある?」
「もちろん、ございますよ『黄金の夜明け』というタイトルの本でございますよ」
「じゃあ僕、ちょっと隣の書斎に行ってくるよ」
「それなら私もお供いたしますよ?」
「ううん、隣の部屋だし平気だよ。メアリーも晩餐会の時間までに色々とやることがあるよね? そっち優先していいよ」
そうメアリーは忙しい身なのだ。掃除洗濯、料理などいろいろ。
このお邸で一番暇なのは間違いなく俺なのだ。
「はい、お気遣いありがとうございます!」
メアリーは、紅茶セットを片付けると、部屋から立ち去った。
なので、俺は親父の書斎へ行くことにする。
魔術師としての才能があるなら、それを活かさなければならない。
強くならなくてはいけない。女のケツを追っていても未来で殺されるだけなのだ。
廊下にでて隣の部屋の扉を開けると、書斎ではなかった。可愛らしい雰囲気なのでメアリーの部屋のようだ。壁越しにベッドの位置が隣り合わせだった。
ドロシーとマリーと話していたあの晩、メアリーが話声に気がついて起きてきたのも、この距離感だと頷ける。
しかし……ほんと不思議だよな? 俺しかマリーのことを覚えてなかったし。
そんな魔術でもあるのかな?
とりあえず勝手に女の子の部屋に入るのは良くないと思い……静かにドアを閉めるのだった。




