朱熹を呼ぶ②
「今から私の言う通りにしてください。助かる道はそれしか残ってませんよ」
「するとも。助かるためなら、なんでも協力するよ」
「まず陳騤を知枢密院事から解任して参知政事に任命すること。第二に私を枢密使にすること」
「それは別に構わないがどうして君まで知枢密院事をやめないといけないのだ?陳騤が辞めたのなら、もういいじゃないか」
「辞めさせられたとなると、彼はどんな手段に出るか分かりません。私や留正殿に貶められたと、ありもしない噂を流す可能性もあります。ですから、今回の人事はやり直しであると言っておきましょう」
「なるほど」
留正は顔をほころばせて、納得していた。
「それから陳騤がいなくなるので、後任が必要になります。私は羅点を簽書枢密院事に推薦いたします」
「羅点なら私も知っている。なるほど。彼ならうまくまとめてくれるかもしれないな」
羅点は温厚な性格だったので、部署で何か争いがあった時に調停役にもってこいな人材だった。
現在、枢密院には趙汝愚と陳騤、余端礼が責任者として勤めているが、余端礼のように弱々しい性格では調停役なんて勤まるはずがなかった。
「いやあ、これで一難去りましたな、趙汝愚殿。ははは!」
腹を揺さぶりながら満足気に笑っている留正だったが、趙汝愚はちっとも笑っておらず、むすっとしながら、
「まだですよ。あと一つやってもらうことがあります。これの許可を留正殿にもらいます」
「なんだね?もうなんでも来いだよ。ははは!」
「そうですか……朱熹を呼んでください」
「えっ!」
笑っていた留正の顔が一瞬にして凍りついた。
「朱熹って……まさか、あの?」
「はい、あの朱熹です」
「なんであんな奴を呼ぶんだ?冗談じゃない。あの男が亡くなった上皇様にどれだけ無礼な事を働いたと思っているんだ」
「といっても、それは昔の話じゃないですか。もう許してやってもいいでしょう」
「馬鹿者、趙汝愚!お前、何年上皇様に仕えていたんだ!とにかく、あんな奇人変人を呼ぶなんて私は反対だからな」
よほど怒っているのだろう。趙汝愚に対して「殿」が付いておらず呼び捨てになっていた。
ねばってみたが、結局駄目だったので、趙汝愚は渋々留正の屋敷から退散することにした。
外では李明が待っていた。
「首尾はどうでしたか、趙汝愚様?」
「半分成功だね。朱熹を呼ぶのは駄目だ」
「あっ、やっぱりですか。さすがに朱熹を呼ぶのは無理でしょう。なんといっても世間を騒がせる奇人変人学者ですからね」
李明の言っているのは事実だった。朱熹は一応、科挙に合格している官僚なのだが、官僚としての仕事は、真面目にやったことがなく、ほとんどを自分の創り上げた学問に費やしている。




