新政権誕生⑧
「なんだこれは!」
屋敷中に趙汝愚の叫び声が響き渡っていた。
側にいた李明は耳を押さえるのが一歩遅れたらしく、驚きのあまりずっこけていた。
「なんですか、趙汝愚様?無駄に大声を出さないでください。寿命が縮まったじゃないですか」
「お前の場合、三十年は縮めてもいいはずだ。無駄に長生きするのはよくないからな」
「そりゃどういう意味ですか?まあ、そんなことはどうでもいいとして、何を驚いていたのですか?」
「これを見ろ」
趙汝愚は留正の屋敷から届けられた今回の政権の人事案がまとめられた書物を突き付けられた。
李明は一通り目を通したが、特に変わったところは見当たらなかった。ほとんどが留正が親しくしている人物で埋まっていた。彼が親しくしているのはすなわち趙汝愚も親しいことになるので問題無いはずだった。
「これが何か?」
「よく見ろ。私と同じ知枢密院事に陳騤という男がいるだろう」
「それが何か?」
「この男は私と昔から犬猿の仲でな、何かあるたびに突っかかってくるんだ」
陳騤と初めて会った日の事を覚えていた。あれは自分が科挙に合格した日のことだった。
合格祝いを臨安の料亭で親族とやっている最中だった。急に自分の前に現れたのが陳騤だった。
『さすが宗室は特別扱いで合格かな?』
その一言がやけに印象的だった。ただの嫌味なのに、なぜここまで記憶に残ったのか、残念ながら趙汝愚には分からなかった。
その後も朝廷で顔を合わせるたびに、陳騤は趙汝愚と衝突することが多々あった。批判、酒宴上のけんかなど数えたらきりがなかった。
「どうして彼はそうまでして、しつこくあなたばかり狙ってくるのでしょうね?」
「さあね。実力が無いからひがんでいるのだろう」
「ところで、これからどうするのですか?」
「決まっているだろう。私も知枢密院事だから、奴と同じ位なんてまっぴらごめんだ。おそらく奴も同じ気持だろう。だから奴の位を変える」
「これは恐ろしい。それで何にするのですか?」
「陳騤は前の位が参知政事だったから、それに戻すのだよ。奴には悪いが、これも日頃の行いの報いと思ってもらう」
趙汝愚は勝ち誇った顔になっていた。
すっかり勝利者の気分のようである。だが、どうやら彼は重大な事を忘れていたようである。
「趙汝愚様、あなたはやっぱり馬鹿ですね」
「なんだって!どういう意味だ、李明?もう一回言ってみろ」
「別に何度でも言いますよ。あなたは今、知枢密院事の他に参知政事も兼任しているでしょう。忘れたのですか?」
「……あっ」
場の空気が一気に張りつめた。




