新政権誕生⑥
目の前で自害でもしていたかもしれなかった。
考えるだけでもぞっとすることだった。
余端礼が帰った後は、話し合いとなった。
「李明、お前は確か変装ができたな?」
「はい。朝廷に仕えている人物でしたら、男女問わず誰でもできます」
「ならば韓侂冑に変装して上奏文を出してこい。上奏文の内容は張叔椿の失脚に関してだ」
「なんでまた、彼に変装して上奏しなければいけないのですか?直接、趙汝愚様が上奏すればよろしいではないですか」
いまいち理解できないらしく、李明は首をかしげていた。
「お前の言う通りなのだが、実はそうもいかないんだ。新しく即位した陛下は、まだ朝臣のことをしっかりと把握してないから、いきなりどこの誰かの上奏文が来られてもびっくりするだけだろう。ましてやそれが宗室の私であってもな」
「なるほど。それで韓侂冑に変装して上奏させるのですね。奴は陛下の皇后の親戚ですから、陛下も心を許すはずでしょうし」
「そういうことだ。本来なら奴に直接頼むのだが、あんな事があったし……」
「全部言わなくても分かりますよ。承知しました。では、しっかりとお役目を果たして参ります」
李明はそう言うと、窓から立ち去った。
***
趙汝愚の策はうまくいったらしく、張叔椿は失脚して人事異動となった。
危機を回避した留正の喜びようは余端礼より異常だった。朝廷で出会うなり、趙汝愚を抱きしめにかかっていた。留正の腹の肉が接触して気持ち悪かった。
離れろ、と趙汝愚は寒気を覚えた。
「さすが趙汝愚殿。私はそなたのような知恵袋を持って幸せ者だ。これからも力を貸してほしい」
いつからお前の知恵袋になったのだ、と反論したかった。お前なんてそのうち自滅するコマなんだぞ。今回はわざと生かしてやっただけなんだ。
だが、こっちの苛立ちも知らずに留正は一人で笑っていた。
「そうだ、趙汝愚殿。そなた右丞相になる気はないか?」
留正の一言に趙汝愚は心が揺れ動いた。右丞相は左丞相に継ぐ位であり、左丞相に何かあった時は代わりに重要な決定権を持つ。
「留正殿、なぜ私に?」
「いやあ、そなたには何かと世話になっているからな。これからも側にいて助言をもらいたい限りだ。ぜひとも就いてくれないかな」
「なるほど」
いいかもしれなかった。ほくそ笑んだが、次の瞬間、待てよと思った。




