68.彼女はしたいことがたくさんある
雀のさえずりが耳に心地よい。まどろみの中、温かくて柔らかいものを抱きしめる……。
「んっ……」
甘い息遣いが頭の上から降ってくる。顔が柔らかいものに挟まれて、なんだか幸せだった。
「ふわぁ~……あむっ」
「あんっ」
ゆっくりと目覚めて、あくびをする。すると何かを口に含んでしまい、それを無意識に舌で転がす。
「んんっ……。ふふっ、郷田くん……赤ちゃんみたいですよ?」
「あん?」
声に反応して見てみれば、眼鏡を外した黒羽が母性を湛えた瞳で微笑んでいた。
次第に脳が覚醒していき、俺は昨晩のことを思い出した。
「……おはよう梨乃」
「はい、おはようございます」
黒羽……梨乃は慈しみを感じさせる手つきで俺の頭を撫でる。ツンツンした頭はチクチクして痛いだろうに、彼女は俺を撫でることをやめなかった。
もう朝なのだろう。陽光が障子を照らして部屋を明るくしている。
だけど、梨乃の胸の中があまりにも気持ちが良くて……。俺は朝寝坊をするのであった。
◇ ◇ ◇
「制服エプロンが良いですか? それともスク水エプロン? も、もしかして……裸エプロンをご所望ですか?」
「うん、何の話だ?」
いつもより少しだけ遅く起きた俺に、梨乃は朝食を作ると言い出した。それで何を食べたいかと聞かれるかと思ったのだが、考えてもいなかった単語に面食らう。
え、俺何聞かれてんの? それ食べ物じゃないよね?
「男の人は制服エプロンにぐっとくるんですよね? スク水エプロンも人気が高いと聞きますし、裸エプロンは男の夢と言っても過言ではないとの情報を得ています」
「それどこ情報だよ!?」
梨乃の情報源が心配である。いかがわしい雑誌やネットのサイトを鵜呑みにしてんじゃないだろうな?
「あれ、もしかして郷田くんはお嫌いでしたか? いいえ、そもそもあたしがそんな格好をしたって嬉しくもなんともないですよね……」
眼鏡をかけていない梨乃に上目遣いで見つめられる。否応なく昨晩の行為を思い出してしまい、頭をかきながら目を逸らす。
「じゃあ、スク水エプロンで」
「はいっ。ありがとうございます!」
なんで梨乃がお礼を言ってんだよ? 彼女は満面の笑顔で着替えに向かった。
……いや、あれですよ? うちの学校はプール授業が男女別だから。女子のスクール水着がどんなのかなーって気になっただけで、ただの好奇心なんだからねっ。……俺は誰に言い訳をしているんだよ。
俺も身なりを整えてからリビングへと向かう。人様の家で緊張しそうなもんだが、郷田晃生のチートボディにそんな繊細な心はなかった。我が物顔でテレビをつける。
……郷田晃生ともまた話し合いをしておかないとな。梨乃が受け入れてくれたからいいものの、昨晩みたいに女子に襲いかかるようになっては社会的に死にかねない。
まさか身体を乗っ取られるなんて想像もしていなかった。いや、むしろ身体を乗っ取っているのは俺の方なんだけども。
それでも、俺は郷田晃生として生きると決めたし、郷田晃生もまた俺を受け入れたものだと思っていた。
「自分勝手に俺の女どもを不幸にしようってんなら、許さねえからな」
自分だけにしか聞こえないように呟く。語り掛ける相手を考えれば、それで充分だった。
「……ちっ」
反応はない。まあいつもは強い感情だけが表に現れるってだけで、気軽に話ができるってわけでもなかったからな。
おそらく郷田晃生自身も俺に言葉が届かないことを歯がゆく思っていることだろう。話をするには、また機会が来るのを待たなきゃならないってことか。
「ご、郷田くん……お待たせ、しました……っ」
恐る恐るといった声。振り返れば眼鏡をかけた梨乃がいて、本当にスク水エプロン姿になっていた。
「お、おう」
声が裏返らなかった自分を褒めてやりたい。やべえ。何がやべえって、正面から見るとほとんど裸エプロンと変わらねえじゃねえか!
「ど、どうですか?」
梨乃は右を向いたり左を向いたりとポーズを変える。学校指定の紺色のスク水が、女性らしい背中のラインから肉づきの良いお尻を強調していた。
スタイルが良いのにスク水がよく似合っている。小柄な身体が少しだけ幼さを感じさせるからだろうか。
「滅茶苦茶エロ可愛い」
「あうっ」
梨乃は顔を真っ赤にさせて胸をぎゅうっと押さえる。おい、そんなことをしたら大きな果実が美味しそうに潰れるじゃねえかよっ。
「そ、それでは朝食を作りますので。郷田くんはくつろいでいてくださいね」
「お、おう」
キッチンへ向かう梨乃を目で追いかける。スク水で覆われたプリプリとしたお尻が、俺を誘惑しているかのように振られている。前面がエプロンで隠れているからこそ、後ろの無防備さが際立っていた。
だが、残念なことにキッチンは対面式だった。彼女の後ろに回り込みたい衝動をぐっと抑えて、俺は頭に入ってこないニュース番組を眺めていた。
「どうぞ。簡単なものですが」
「おおっ。いただきます」
ご飯に味噌汁、焼き魚、おひたしが並ぶ食卓。料理に関しては羽彩と比べても甲乙つけがたいほどだ。
味噌汁をすすると顔が綻ばずにはいられない。朝から活力が湧いてくるってもんだ。
「あ、あのですね……」
「ん、どうした?」
料理に手をつけず、かしこまった様子の梨乃。彼女の真剣な表情に、何を言われるのかと身構えてしまう。
「あのあのあの……っ。あたしたち、昨晩はちょっとだけ深い関係になったじゃないですか……っ」
「お、おう」
梨乃は顔を真っ赤にしていた。昨晩のことを思い出しているのか、ちょっと目が潤んでいる。
控え目な性格を表しているのだろう。「ちょっとだけ」とつけるところが梨乃らしく感じた。
だからこそ、彼女が改まって言葉にしようとしていることに、俺は身構えずにはいられなかったのだ。
「だからその……郷田くんじゃなくてですね……アキくん、って……呼んでもいいですか?」
梨乃は恥ずかしさで顔がうつむきそうになりながらも、懸命に耐えて、俺をじっと見つめてそんな可愛いお伺いを立ててきた。
「もちろんだ。俺も梨乃って呼んでるしな」
即オーケーすると、梨乃は笑顔の花を咲かせた。何この可愛い生き物は?
「嬉しいですっ。えへへ、あたし男の子と親しく名前を呼び合うのが夢だったんですよ」
何その可愛い夢は? いつでも叶えさせてやるぜ。
「それと、もう一つお願いがあるんですけど……。昨晩したこと……またいっぱいしたいですっ」
いっぱいしてやるぜ! 朝食を済ませてから、俺はスク水エプロン姿の梨乃でスッキリした。
「悪い。水着を汚しちまったな」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。だ、大丈夫です……んっ、洗えばいいだけですから……」
洗濯するついでに、朝から汗をかいてしまったので梨乃と一緒にシャワーを浴びる。スッキリした。
二人で身体の拭き合いっこをしていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。





