138.妹の笑顔を崩したい
空き教室に現れた伊織は、ニコニコと笑っていた。
それがいつも通りの顔と言わんばかりに、アパートが火事だった時と同じ笑顔だった。
「こんなところで女の子に囲まれて……お兄ちゃんったらエッチ♪」
伊織はわざとらしく「きゃっ♪」と楽しげな悲鳴を上げる。
どこから俺たちの話を聞いていたんだ……。冷たい汗が背中に流れるのを感じながら、俺は何気ない態度で口を開く。
「お前こそ何の用だ? ここは一年の教室から離れているだろ」
「妹に『お前』呼ばわりはないんじゃないかな? かな?」
俺の顔を下から覗き込むようにして見上げてくる伊織。仕草がいちいち腹立たしいぞ。
「伊織は……ここに何しに来たんだ?」
「お兄ちゃんの姿を見かけたからだよ。あいさつしようと思って追いかけてきたんだけど……お邪魔だった?」
こてんと首をかしげて、赤いツインテールが肩から流れる。
鮮やかな赤い髪だ。郷田晃生の染めたものとは違う。この世界ならではの地毛だとわかるほど綺麗な色だ。
昨晩の火事を思い出すほどに……鮮やかな赤だった。
「別に邪魔じゃねえよ。だが盗み聞きとは感心しねえな」
「ごめんねお兄ちゃん。でも本当にそんなつもりはなかったんだよ。自分の名前が聞こえたら反応しないわけにもいかなかったからね。むしろ盗み聞きをしたのに何も言わない方がずるい人なんじゃないかな?」
「そうか……確かにそうだな。だったら別に怒ったりしねえよ。仕方なく耳に入っちまったってんならな」
「ありがとうお兄ちゃん♪」
伊織は笑みを深めた。心から笑っているように見えてしまう。
だが、俺は出会ってから伊織の笑顔しか見ていない。
他の感情がまったくわからないのだ。それは表情や仕草から気持ちを察してやれないということでもあった。
「って何それ……信じられないっての!」
日葵と夏樹は様子をうかがっているようだったが、羽彩だけは俺と伊織の間に割って入ってきた。
金髪ギャルが険しい顔でずかずかと妹系ツインテール美少女に近づく。この光景だけ見ていると、ギャルがいたいけな少女に因縁をつけたようにしか見えねえな。
「アンタ、晃生に付きまとって何しようとしてんの。昨日の火事だってアンタが何かやったんじゃないでしょうね?」
「羽彩ちゃんストレートに聞きすぎ!」
羽彩の包み隠さない物言いに、日葵が慌てて止めに入る。
日葵が羽彩の言動に慌てるなんて珍しいな。いつもは逆なのに……って、外見だけの印象で言えば今の方が正しいんだろうけども。
「わたしが? 何かしたって証拠でもあるの?」
「証拠は、ないけど……」
「でも信用はできないって言いたいんだね。うんうん、わかるよー」
「っ。アンタ……バカにしてんの?」
羽彩の雰囲気が険悪なものになる。
羽彩にしては本当に珍しい。こんなに簡単にキレたりしない奴のはずなんだが。
「落ち着け羽彩。今はキレるとこじゃねえだろ」
羽彩の肩を抱いて、伊織から距離を取る。
興奮しているせいか。羽彩の身体が触ってわかるほど熱くなっていた。
「だって……もしあの火事が、晃生がアパートにいる時だったら……晃生死んじゃってたかもしれないんだよっ!」
羽彩は今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。
言われて気づく。無事だったからと、そこまで大事に考えていなかったかもしれない。
俺は命の危機にさらされていたのだ。そのことを、羽彩はずっと心配してくれていた。
不謹慎なのだが、心配してくれて嬉しいと思ってしまった。
「ありがとな羽彩。俺は大丈夫だ。羽彩がこうやって怒ってくれるから、俺は冷静でいられる」
「あ、晃生……っ。ううぅ~~……被害受けたのは晃生なんだからもっと怒ってよぉ」
溢れそうになる羽彩の涙を、指で拭ってやる。
代わりに胸をぽかぽか叩かれたが、むしろ心地よくて仕方なかった。
「んっ」
羽彩に感謝を伝えるように、熱い口づけをした。
「「なっ!?」」
舌を入れずに唇を重ねるだけ。
「あ、晃生ぉ……♡」
そんなキスでも、羽彩はすっかり出来上がった顔をしていた。
「あ、晃生くんっ。わ、私も怒っているわよ! もうプンプン怒っているのよ!」
「私も怒っているぞ! 犯人に生きていることが地獄と思えるほどの制裁を加えてやるつもりだぞ!」
何やら淫乱ピンクと色ボケ生徒会長が騒ぎ出した。なんのアピールをしてんだよ……。
「ほえ~……。初めて生のキスシーンを見ちゃった……」
そして伊織は顔を真っ赤にさせて、呆然としながらこっちを見つめていた。
「……」
もしかして伊織の奴……エロいことに耐性がないのか?
俺の凶悪面が、口角を上げる。
「え? ちょっ、あ、晃生?」
羽彩を見つめる。彼女は恥じらいからか、俺から顔を逸らした。
でも、これは羽彩なりの了承のサインだ。
「日葵、夏樹。ドアを閉めろ。これから俺をスッキリさせてもらうぞ」
言うが早いか、日葵と夏樹は運動神経の良さを生かして伊織が開け放っていたドアを素早く閉めた。もちろん鍵もかけていた。
「え? え? な、なんでドアを閉めるのかな? かな?」
伊織は完全に出遅れた。
そして気づくのが遅すぎる。お前はここに閉じ込められたんだよ!
「ちょっ……人が見てるのに恥ずかしいってばぁ……」
「悪いな。でも溜まってんだよ。昨晩は羽彩が傍にいるってのに我慢させられたんだ。スッキリしねえと学業に集中できねえ」
「あ、晃生……♡」
俺のやる気を悟ったのか、羽彩は身体の力を抜く。
ついでに日葵と夏樹もやる気満々である。制服をはだけさせながらこっちに近づいてくる。
「あのあのあのあのっ。わ、わたしがいるんですよ!? い、妹のわたしの前で何をする気なのお兄ちゃん!?」
何って……ナニに決まってんじゃねえか。
初めて伊織が慌てている。余裕を崩した妹を見て、悪役の顔になっていくのを自覚する。
「俺たちは構わねえよ。盗み聞きされようが、盗み見されようが、知ったこっちゃねえ」
「構ってよ! TPOをわきまえて!」
おおっ、この世界でTPOを気にする奴がいるなんて新鮮だ。
恥ずかしがる伊織がまともな人間に見えてくる。やはり恥じらいってのは人として必要な感情なんだろうな。
なんてことを考えながら、羽彩の制服に手をかけた。
「ひ──」
羽彩のブラの色が視認できそうなところで、伊織は限界に達したらしい。
声にならない悲鳴を上げながら、窓へと向かって走ったのだ。
まさか窓から脱出するつもりか?
「待て! ここは四階──」
俺が言い切るよりも早く、伊織は窓を開けて外へとダイブした。
今度はこっちが声にならない悲鳴を上げる番だった。
「わああああぁぁぁぁぁんっ! お兄ちゃんのエッチぃーーっ!!」
俺たちが焦って窓へと駆け寄った時には、伊織は無事に地面に着地したらしく、両手で顔を覆いながら元気に走っていた。
「な、なんなんだあいつは……」
運動神経が良いってレベルじゃねえぞ……。
どこからツッコんでいいのかわからず、伊織の姿が見えなくなるまで俺たちは呆然としていたのであった。
こつーん、こつーん…。2巻の足音が近づいてきましたね(なぜかホラーっぽく)
てなわけで、各店舗の特典SS紹介です(メロンブックス編)
・メロンブックス
書き下ろしSSリーフレット
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=3172430
「黒羽梨乃の秘密の趣味」
※梨乃ちゃんの部活と趣味が明らかに…(何部かという情報が本編になかったような…)





