夏祭り3
お祭りのかき氷屋台の前で、妹さんを連れた木村さんと出会った。かき氷をぶちまけて自分と木村さんの服をべっとりと濡らした妹さんは涙目になっていた。
「大丈夫? 何味だった? 僕のブルーハワイだけど、よかったら半分こしようか?」
「あー、大丈夫大丈夫。ほら、泣くなって。落としたもんはしょーがねぇだろ。つか、ちゃんと持ってないのが悪いんだよ」
「泣いてないもん」
泣いてないもん、がめちゃくちゃ濁点着いた感じの声だった。う。不謹慎だけど、可愛い。
て、あれ? そう言えばなんか人数多いな。木村さんって三人姉妹じゃなかったんだ? 木村さんはこの間も居た小さい子を片腕に抱っこしたまま、今こぼした女の子と同じ年頃の別の女の子をおんぶしていた。おんぶされている子は寝ている。こ、この喧騒の中で寝ている。将来大物になるな。まぁいいか。
「まぁまぁ、よかったら食べて」
「ん。ありがとう……美味しい」
「よかった」
女の子は涙目だったけど、僕が差し出すと木村さんの様子を伺いつつも受け取って食べて、ようやく少し笑顔になってくれた。よかったよかった。
「ごめん。後でお金かえすよ」
「いいよ。妹ちゃんへのプレゼント」
「お姉ちゃん、服、こぼしてごめん。お母さん怒るかなぁ?」
女の子は食べながら、涙声から回復してそう尋ねた。木村さんは器用に妹さんを抱っこしている片手でぎゅっと服をしぼる。
「大丈夫だって。いつも汚してるし。ほんと、悪いな」
「いいよ。僕らもここで食べていい? ちょっと狭いけど」
「あ、ああ。どうぞ」
「ありがとう。市子ちゃん、悪いけど半分ずつしてくれる?」
「え、う、うん。いいよ」
「ん! お兄ちゃん! 全部は悪いから、私が半分こするよ! あーん!」
お、おお。妹ちゃんが背伸びして僕に先がスプーンになっているストローですくって差し出してきた。
まぁ、確かに元々僕のだし、木村さんとかの前で恋人っぽく間接キスするのも照れるし、いいか。
「じゃあ、お言葉に甘えて。あーん」
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
しゃがんで食べる。
「明ねー。私も、欲しい」
「いいよー。お姉ちゃんしゃがんでしゃがんで」
「はいはい、降ろすから」
木村さんが腕の子を下ろす。妹ちゃんたちがかき氷を食べさせてるのほんと可愛い。
「あの、卓也君、よかったらこっちも」
「あ、ありがとう。てか、勝手にあげてごめんね」
「いいよ、別に」
にこっと爽やかに笑って、普通に許してくれた。
考えたら、普通におごってもらってたものだし、申し訳なかったけど。でも市子ちゃん優しい。二人きりなら頬にキスでもしてあげるくらいきゅんとした。
食べさせてもらうと、イチゴはイチゴで美味しい。暑いとやっぱりかき氷が美味しいよね。
「てか、気になってたんだけど、卓也君って木村さんとも仲良かったんだね」
「知らなかったっけ? というか、クラスみんなと友達だと思ってるよ」
「うーん、そうかー」
あれ、なんか微妙な反応された。まぁ、変に突っ込まないけど。
「それより木村さんって、4人姉妹なの?」
「あ、そうだけど、この背中のは明子の友達で、近所の子だよ。もう一人は小6だし、友達と来てるはず」
「そうなんだ。あ、ごめん」
「え? 急に何?」
「いや、かき氷、一人だけ食べてないから」
イチゴ味の分けた方がいいかな? と思ったけど、でも元々一つしか買ってなかったみたいだし、つまりいらないから買ってないのに、無理にあげてもなぁ。
と思っていると、案の定木村さんはきょとんとしてから、困ったみたいに笑う。
「いや、大丈夫だよ。気をつかわないで」
そうこうしているうちに、かき氷を食べ終わった妹ちゃんがごちそうさまーと声を上げた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんも、ありがとうございました」
「たー」
大きいほうの妹ちゃん、えっと、さっき木村さんが明子って言ってたし、確か明子だったよね。うん。覚えてましたよもちろん。
とにかく明子ちゃんと小さい方も僕らに改めてお礼を言ってきたので、いいよいいよと頭を撫でて応える。
「お姉ちゃん、だっこ」
「はいはい。その前に口ふけ」
「ん」
「明子も」
「はーい」
木村さんはしゃがんで、二人の口元を順番に拭いてあげる。
何というか、本当に、めちゃくちゃ面倒見いいなぁ。ぶっきらぼうだけど、そこまでしてあげるとは。かき氷だって、自分の服にはかかっても抱っこしていた妹ちゃんにはかからないようにしてるし、そもそも汚れても全然怒ってないし。最初の不良イメージから全然違う。めちゃくちゃいい人だよね。
いい人なのはとっくにわかってたけど、でも、ここまで母性的とは思わなかった。なんかちょっと、いいよね。妹さんたちもお姉ちゃんが大好きらしく、嬉しそうに顔を拭いてもらっている。それを見て微笑む木村さんがまたいい顔していて、なんとなくちょっと、きゅんとしてしまった。いけないいけない。
それが終わってから、小さい方をだっこしなおした木村さんは、僕らに向かって会釈する。
「じゃあ、先に行くわ。ありがとな。また、学校で」
「うん」
「ばいばーい」
「ばいばい」
妹さんたちに手を振って見送る。僕らはまだかき氷が残っているので、ここで食べてしまおう。
「市子ちゃん、ありがとうね、かき氷。でもプレゼントしちゃったし、後で払うよ」
「いいって。それに、か、間接キス、できたし、むしろ役得かな」
キス、の部分で照れたらしく、めっちゃ小さく視線そらして言った。くっそ可愛い。
「そう? ありがとう」
なんか気持ちが盛り上がり過ぎてしまいそうなので、不自然でない程度に体をゆすって気持ちをそらしておく。
とりあえず、かき氷が溶けてしまう前に、残りを食べよう。木村さんたちもいなくなったので、遠慮なくお互いに食べさせ合う。
市子ちゃんは照れたようにしつつ、そう言えば、と口を開く。
「木村さんがあんなに面倒見いいのは、意外だったよね」
「そう? まぁ、僕も第一印象悪かったけど。でもほんと、家庭的だよね。妹の友達の世話までするとか、なかなかできないよね」
「確かに。てかこんな昼間の騒がしい中爆睡してたよね」
「子供って、力尽きると寝ちゃうって言うよね」
「あ、聞いたことあるかも」
全然嫌な顔一つせずに、おんぶして、そんで自分の妹とは言え、かき氷で濡れても気にせず普通に口拭ってあげたりして、本当にいい人過ぎるって言うか。母性的すぎる。一歩間違ったら惚れてた。
「でもさ、大変そうだったけど、ほんと、妹たち可愛かったよねー」
「卓也君、結構子供好きな感じなんだ」
「まぁ、そうなのかな。そんなに自覚なかったけど、でもそうだね。ボランティアとかでも、子供と居ると可愛いなって思うけど。市子ちゃんは子供好き?」
「ん……まぁ、はい」
あれ? なんでそんな目をそらしながら頷くの? え? 別に嫌いなら嫌いで言っていいんだけど? でもそんな、ボランティアの感じでも見てて嫌いな感じなかったのに。なにその反応?
どことなく気まずそうな感じで、僕から目をそらした。気になるのでその顔を覗き込んでみる。
「市子ちゃん? 別に嫌いなら無理しなくていいんだよ?」
「あ、いや、そんなことなくて」
「でもなんか、目そらしてるの何で?」
一応恋人なのに。何その反応?
「あー……ごめん、その、変な意味じゃないんだけど……その、た、卓也君との子供、生まれたら、た、楽しいだろうなって言うか、うん」
「う」
はにかんで、照れて真っ赤になっているのに、なんかこう、幸せそうな感じの柔らかい笑顔でそういう事言われると、やばい。すごい、ぐっと来た。ドキドキのレベルがあがってしまう。
「そ、そっか。それは、その、楽しそうだね」
「う、うん」
何と返せばいいのかわからなくて、妙に挙動不審になってしまう。なのにそんな僕に、市子ちゃんまで余計に固くなっているみたいで、ぎくしゃくした動きで残ったかき氷を勢いよく口に流し込んだ。
「っ」
頭に響いたらしく、右手をおでこに当てて顔をしかめた。それがおかしくて、僕は肩の力を抜いて少し笑った。
「あのさ、市子ちゃんって一人っ子だったよね? お母さんとかお父さんは?」
「え? えっと、父親は普通にいなくて、母は存命ですよ?」
う。さりげなく伝えたかったけど、全然伝わってなくて、きょとんとする市子ちゃん。そうじゃないんだよ。家族構成が知りたいわけじゃないんだっ。
「じゃなくて、えっと、今、家に家族がいるのかなって」
「いないけど?」
「えっと……その、よかったら、なんだけど……」
僕はそっと、市子ちゃんのストローを持ったままの右手を握りながら、顔を寄せて小さめの声ではっきり伝えることにした。
「その、将来的に子供をもつための、練習、市子ちゃんの家とかで、しない?」
「えっ、そ、それって……」
「もう、恋人の後の、括弧仮は、いらないかなって言うか。もう、本気になっても、いいかな?」
今までは、恋人(仮)で、まだ本気のお付き合いって感じではなかった。だからこそ、まだキスだってちゃんとしていなかった。でも今、僕との未来を考えて、子供をつくる将来を考えて幸せそうな笑顔になった市子ちゃんを見て、僕のドキドキは、もう十分だった。
十分に好きだし、僕の子供を生んでほしいってストレートに思った。だから、ちゃんと恋人になりたいし、ぶっちゃけて言えばもう、したい。
僕の提案に市子ちゃんは目を丸くして、口を開いたのに声を出さずにぱくぱくさせた。その可愛い姿に、また少し笑ってしまってから、改めて、ちゃんと申し込んだ。
「愛人を前提に、恋人になってくれますか?」
「っ、はい!! 喜んで!!!」
この後僕らは、市子ちゃんの部屋へ行った。




