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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
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児童館でのボランティア 夏祭り2

 ついに、お仕事の時間がやってきた。迷子センター兼司令塔の放送担当の僕は、児童館の夏祭りの始まりを知らせると言う大きなお仕事があるのだ。

 機材はシンプルで、マイクがついているスタンドのボタンを押している間は電源ONでそのままスピーカーに流れる。


 さっき、練習で文章を読み上げた際には、部長から親指をたててOKと言ってもらったし、大丈夫のはず!


「はい、それじゃあお願いね」

「はい」


 時計が17時を示す。園長先生に笑顔で促され、僕は右手の手のひらの汗をズボンで拭きながら、読み上げる文章を書いたメモを持った左手に無意識に力をこめてしまって皺が寄った。文字は読めるので無視して、そのままボタンを押す。


『た、ただいまよひ、第、27、回、児童夏祭りを、開催いたしますっ。怪、我のないよう、みんなで、仲良く、楽しみま、ひょう』


 ボタンを離す。


「……すみません」


 一応、文章は全部読み上げた。伝わったはずだ。でも、めちゃくちゃ片言な発音になってしまった。僕は何人だ。う、うわあああ! これだから僕は! 駄目な奴だ! ていうか練習では言えてたのに!


「どんまい」

「まぁ、酒井君、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。どうせ、誰も聞いていませんから」

「あ、はい」


 え、園長先生。それはそれで、どうなのか。まあ、責任重大って言われるより良かったけど。


 はー、マジで、心臓バクバクした。慣れないことはやっぱ、緊張する。ていうか、こういう大事なことは昨日のうちから言ってほしかった! 心の準備とかできてなかったし。迷子の放送しか聞いてなかったよ。

 開幕とか、大事だし。うー……いや、言い訳だ。やってることは同じアナウンスなんだから、てんぱっちゃう僕が悪い。


 はぁ。何事にも動じない心が欲しい。まだ、僕は全然だ。最近ちょっと前向きになって、恋人できたりして浮かれてた。これじゃ、まだまだだ。もっと変わらなきゃ。もっと、頑張ろう。


 それから僕はミスを取り返すべく、真面目に働いた。イレギュラーで不足品があれば持って行き、転んだ子供が連れて来られれば手当をし、親とはぐれて連れられてきた子供にも積極的に話しかけて泣き止ませて名前を聞いて放送をかける。

 三回目の放送の頃には、忙しくなってきて、放送自体へさく意識が減ってそれほど緊張せずスムーズに言えるようになってきた。


「ねー、迷子のおよびだしをしてほしいんですけどー」

「わ、あ、うん。えっと、こんにちわ。僕は酒井卓也。お名前は?」


 お祭りも中盤を過ぎたころ、勝手知ったるとばかりに室内に入ってきた子供が、はぐれているはずなのに泣きもせずにそう言ってきた。一人でささっと入ってきたからちょっと面食らったけど、今日だけここにやってきたゲストじゃなくて、ここに通っている子供の一人なんだろう。

 アナウンス用のメモを取るため、聴取を始める。


 子供は僕の声かけにきょとんとしたけど、すぐににーっと笑って、僕の前に座った。


「わたしの名前聞きたいのー? しょうがないなー。にしし、わたしは木村明子だよ」

「明子ちゃんだね。今日は誰と来たの?」

「お姉ちゃんとー、妹ときたの。なのに、二人ともはぐれちゃったんだ」

「そっか。困っちゃったね」

「そーなの。困った姉妹で、こまっちゃうよー」

「じゃあ、すぐに放送をかけるね。お姉ちゃんのお名前は?」

「木村智子だよ」

「そっか。ちょっと待ってね」


 放送をかけるけど、子供もいるので、格好悪いことはできない。メモを確認して、話す内容を頭の中で整理してから、ゆっくりとボタンを押した。


『ただいま、事務所で木村明子ちゃんをお預かりしております。お姉さんをお待ちです。事務所までお越しください』


 よし、と。迷子本人がここにいるから、話が簡単でよかった。保護者が来て迷子を捜すパターンだと、迷子本人は落ち着いて聞けないかもしれないから特徴とか説明する必要がある。でも今のところ全員迷子本人が先に来てくれて、名前が分かって放送するだけで済んでいる。

 それにしても、木村智子って、聞いたことあるような。もしかして中学でクラスメイトだったりして。あ、やば、ちょっと緊張してきた。って、あれ。なんかすごい、明子ちゃんが僕のこと見てるんだけど。えっと、どう声かけよう。泣いてたらあやすのも仕事だけど、普通に元気だし。


「卓也君、お疲れさま。明子ちゃん、お姉さんを待っている間、こっちの椅子に座って待っててもらえるかな?」

「えー、わたし、お兄ちゃんの隣がいいのですがー」

「気持ちはわかるけど、機械の近くだと危ないし、園長先生が戻ってきたら怒られちゃうから、ね?」

「うー、しょーがないなー」


 明子ちゃんは立ち上がって、機材から少し離れたところの席について、近くの本棚から漫画をとりだして読みだした。よかった。

 部長を見るとにこっと笑ってから、そのまま、またさっきからしている用具の整備に戻った。


 か、格好いいなあ。普段あんな感じだけど、いざ僕と二人きりになっても全然普通だし、さりげなくフォローしてくれて、めちゃくちゃイケメンだなぁ。


「あのー、すみません。木村です」

「あ、はい。って、木村さん」

「お姉ちゃん、迷子になって駄目だよー」


 顔を出した人を振り向くと、そこにはクラスメイトの木村さんが小さな子供を肩車した状態で現れた。明子ちゃんが大人ぶって文句を言いながら、わーいと言わんばかりに木村さんに抱き着いた。

 か、可愛い。えー、さっきまでめっちゃ余裕ぶってて、全然平気で慣れっこみたいに振る舞ってたのに、お姉ちゃんが現れた途端に抱き着くとか、可愛すぎか。


「あ、お前な。ちゃんと服掴んどけって言っただろ」

「つかんでましたー。せけんのあらなみにもまれてはぐれた妹に、こくなしうちー」

「黙ってろよ。えーと、その、お世話になりました。その、酒井君も」

「気にしないで。一応名前、確認させてもらってもいい?」

「あ、はい。木村智子です」


 部長が、迷子一覧の欄に記入する。間違いないだろうけど、一応ちゃんと確認して引き渡したことを記録することになっている。その為、引き取り手の名前は放送しない。

 ていうか、そう言えば智子って名前だっけ。見た目に似合わず知的な名前って言うか、そう言えば姉妹がいるって言ってたけど、こんな児童館のお祭りの監督役までするなんて、結構面倒見いいんだな。


「はい、いいですよ。お祭り、楽しんでね」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。木村さんの妹さん、二人とも可愛いね」


 下の妹ちゃんは恥ずかしそうに木村さんの頭に抱き着いてはにかんだ。明子ちゃんは木村さんに抱き着くのをやめて、笑いながらスカートの裾を掴んでくるっと一回転する。可愛い。


「えへへ、お兄ちゃんありがと。うちのお姉ちゃんと結婚させてあげてもいいよ」

「お、おい、変なこと言うな、馬鹿。悪いな。じゃあ、まぁ、また、学校でな」

「うん。またね」


 木村さんは明子ちゃんを小脇に抱えて出て行った。

 いくら小さい子とは言え肩車した上で、小学校上がってるだろう子を普通に小脇に抱えて行った。でも不思議と木村さんには違和感がない。さすが不良系だなー。……あれ、むしろ、肝っ玉オカン系?


「卓也君の友達?」

「はい。クラスメイトです」

「ふーん。卓也君って、意外とストライクゾーン広い感じ?」

「なんですか、ストライクゾーンって。友達になるのにストライクもアウトもありませんよ」


 いやまぁ、気が合うかとかはあるだろうし、ぶっちゃけ僕も初対面で不良じゃんって敬遠しかけたけども。

 でもなんか、にやっとからかう感じがいらっとしたので、きつめに反論しておく。先輩だけど、部長なのでこんな感じでも大丈夫だ。あれ、もしかしてこれもある種の信頼感で、無意識に部長も友達枠にいれてたのかな?


「ふーん。まあ、せっかく加南子ちゃんと恋人になったんだし、大事にしてあげなよ」

「そりゃ、って、何で知ってるんですか。え? 言ってませんよね?」

「えー? そりゃ、見てればわかるけど?」

「……」

「あれ? 照れてる? かわいー」

「うるさいですよ。仕事しましょう」

「はいはい」


 く。別に隠してるとかじゃないけど、部長からでも見たらわかるって、それ、クラスメイトも多分みんなわかるよね。ううん。さすがに、それは恥ずかしい。気を付けよう。


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