家族の考え方2
「詩織ちゃん、落ち着いて。物騒なことを言わないでよ。私たちを犯罪者の家族にするつもり?」
「う、それはそうだが……」
突然のお姉ちゃんの殺害宣言に驚いたけど、お母さんが普通に宥めると気まずそうに肩をすくめたので、さすがに本気ではないらしい。よかった。そうだろうとは思ったけど、まさか本気で殺意があるんじゃないかと思ってしまったよ。
と言うか、本当に実行しないにしろ、なんでそんな話になるのさ。
「ちょ、ちょっと、なんでそんな話になるの? 言ったでしょ。かなちゃんが僕に愛人を強制したわけじゃないんだよ?」
「だが、お前が愛人を受け入れるような下地を作ったのは、その、あいつじゃないか?」
「んん?」
え、何の話してるの? 下地? 愛人を受け入れる下地って何。僕が愛人を受け入れるかどうかって性格じゃない? 僕の性格形成は、そりゃまあ幼馴染のかなちゃんの影響がゼロでないけど、それ言ったらお母さんやお姉ちゃんの影響もあるし。
「僕の性格は、僕が作ったと思うんだけど、どういうこと?」
「……卓也、ちょっと、突っ込んだ話とかしても、平気か?」
「え、な、なに?」
なに、突っ込んだ話って。こわ。え? もしかしてどこまで進んだとか聞かれるの? それはちょっと嫌なんだけど。察したとしても口に出されたくない。異性の家族にそんな話したくない。
戸惑いつつも促す僕に、お姉ちゃんは言いにくそう視線を泳がせながらも口をひらく。
「その……お前は、加南子と小学校の時、その、揉めただろ? それが原因で、女と言うものへの感じ方が歪んだんじゃないかと思ったんだが、それは関係ないか?」
あー、なるほど? お姉ちゃんが言いたいのは、つまり、普通に愛人を受け入れるとか結構な女好きだから、僕がそもそも女好きになったのはその時のせいで性癖おかしくなったんじゃないか。みたいなことか。
「えーっとね、それは関係ないね」
「本当か?」
「うーん、心配してくれているから、恥ずかしいけど、ちゃんと話すね。僕もそんな、愛人作る気なんて全然なかったし、そもそも女の子への恐怖はあったからあんまり女の子と付き合う自体、する気はなかったんだ」
そう、それが本音だ。そしてそれこそが、恐怖で躊躇っていたことこそが、かなちゃんで歪んだ僕の性格だ。
ここからは、言うのは恥ずかしい。だけど、お姉ちゃんもお母さんも、僕を心配して聞いてるんだ。ならちゃんと答えないといけない。なにも、悪いことなんてしてないんだから。
「でも、何だかんだかなちゃんは独占したいからとりあえず恋人にはなったんだけど、その、一回キスしたら、めっちゃ気持ちよかったし、なんかもう、怖くなくなったんだ。それで、すごい気持ちいいから、他の女の子としたらどうかなってのもあって、とりあえず愛人候補ってことで受け入れたから、だからまあかなちゃんきっかけではあるんだけど、かなちゃん原因ではないかな」
「……そ、そうか」
あれ、なんかお姉ちゃん照れてる? そりゃ僕も、まして家族にこんなこと言うの恥ずかしいけど、キスのことしか言ってないのに、そんな顔赤くする?
「お姉ちゃん、そんな照れないでよ。き、キスくらいで」
「て、照れてない」
「えー、もうキスとかしてるの? 早くない? たくちゃんは男の子なんだから、もっと大事にしないと駄目よっ」
う。お姉ちゃんはともかく、お母さんの言葉には、まあ、うん。だって、男の子だからこそ、そんなの、我慢できなかったわけだし。しょうがない。ちゃんと避妊はしてるから。
「そ、そんなことないって。キスくらい。挨拶みたいなものだし。なんならお母さんにもしてあげるよ」
「え、ほんとに!? してして!」
思いのほか食いつかれてしまった。冗談だったのに。でも目を輝かせているお母さんは、どう見てもかなちゃんとは違って、女の目みたいな感じじゃないから、嫌悪はないけど。でも、言いだしてなんだけど、恥ずかしい。と言うかさすがに口に要求はされてないよね?
「あー、ほ、ほっぺでもいいよね?」
「え、その言い方、もう唇にしてるの?」
あ。しまった。と言うか、僕、お母さんの中でそんなにピュアだと思われてたの? 親ばかにもほどがある。最近、かなちゃんのことばっか考えて、若干家事を手抜きなこともあったけど、夏休みだしできるだけのことをしよう。
「……し、してるけど、でも、お母さんにはさすがにしないからね?」
「そこまではさすがに求めないわよ、でもキスはして」
「いいけど……やっぱり恥ずかしいから、お母さんからしてよ」
別に、知らない人ならともかくお母さんだ。お母さんのことは、まあ時に邪険にしてしまったりすることもあるっちゃあるけど、でもお母さんだ。普通に大好きだ。だから全然いいけど、やっぱりなんか、恥ずかしい。
だって、この年で自分からお母さんにほっぺにチューするとか、めっちゃマザコンじゃん?
「えー? 昔はたくちゃんからしてくれてたのにー」
「昔は昔でしょ。嫌なら別にしなくていいよ」
「するするっ」
お母さんはいそいそと席をたち、律儀にキッチンの水道で口をすすいでから僕の隣に着て、横から抱き着いてきてから頬にチューしてきた。
う。やっぱり恥ずかしい。なんか生暖かい感じだ。かなちゃんとかとそんなどこが違って駄目ってことはないはずだけど、やっぱり全然違うな。まあ、これで変にドキドキしたらさすがに自分を疑う。誰にでも反応するほど、僕の感覚壊れてなかった。
「ん。たくちゃん大好き。昔となんにもかわってない、本当にいい子ね」
「……ん」
変わってない、なんてこと、ない。もう何年も、お母さんとお姉ちゃんには酷いことをしたのに。ぎゅっと抱きしめられて、恥ずかしいけど、でもすごく安心する。愛されていることを実感する。
「僕も大好きだよ」
「ありがとう」
「んんっ! 母さん、もういいだろう? 食事中だぞ」
「あら、詩織ちゃんもキスしたいの?」
「そ、そんなわけあるか。変なことを言うな。だいたい、私の話はまだ途中だぞ」
「はーい」
お母さんが席に戻る。なんだか名残惜しい気もしたけど、お姉ちゃんの前だし自重する。後で、久しぶりに耳かきしてほしいな。
「えっと、で、じゃあお姉ちゃん、まだ話ってなに? かなちゃんが僕のこと無理強いしたわけじゃないし、かなちゃんのあれが原因じゃないってことは理化してもらったよね?」
「うーん。まあ、正直私としては、お前がそう思っているだけで、加南子の影響は大きいと思うんだが」
「それはでも、証明できなくない?」
そんな風に言われたら、僕だって無自覚にあの影響ないって言い切れないけど、逆に絶対あるとも言い切れない訳で。
「そうだが……まあ、それはいいとしよう。だとしても、愛人をつくるのはなぁ。加南子がお前に、居た方が安心だと言ったのはわかったし、その心意気は評価しないでもないが、愛人何ていなくても、いざとなればいつでも私が味方になってやる。それじゃあ駄目なのか?」
「え、駄目ってことはないけど、それはあくまでかなちゃんの心情的に、いてもOKであって、いてほしいとかでもないし、強制されてないって」
「そうか? ……じゃあ、本当にお前の意思だけで、愛人をつくろうとしていると、それでいいのか?」
う。そう真正面から聞かれると、そうだよとは言いにくい。悪いことじゃないはずなのに、責められている雰囲気だ。と言うか世間的にはそんなに愛人もつってイメージ悪いの?
でもじゃあ、愛人何てつくらない、とは、言えない。市子ちゃんとは、まだ手を繋いで、頬にキスしただけの関係だ。だけど、正直な気持ちを言おう。もう今更、友達に戻って他の人と付き合ってね、なんて気持ちにはなれない。かなり市子ちゃんのことは恋愛的に気になっている。
どっちかを選べと言うならかなちゃんなのは間違いないけど、正直、愛人に心揺れている。
「そ、そうだよ。僕は、市子ちゃんなら、愛人にしてもいいかなって思ってるよ」
「……そうか。わかった。お前が本気で、それがお前の幸せにつながると言うなら、それでいい。正直に言えば、何人も好きになると言うのは理解できないが、お前は私の可愛い弟だ。もしそれで変に言われたり、嫌なことがあれば私に言え。いつでも味方をしよう」
「お姉ちゃん……! ありがとう。でもそんなに悪いことなの?」
一瞬感動しかけたけど、あれ? 僕別に違法なことしようとしてるわけじゃないよね? おかしい。はめられた。これは罠だっ。
僕の問いかけに、お姉ちゃんは、うっと視線をそらした。
「悪い、ということはないが……まあ、何というか、ふしだらなイメージはあるな」
「そんな言い方しないで。たくちゃんは優しくて、愛情深いから、きっと一人では収まらないだけよ。ね? もちろんお母さんは、たくちゃんが幸せならそれを応援するからね」
「ありがとう、お母さん」
さっすがお母さん! お姉ちゃんのような差別に凝り固まった偏見なんか持ってないね。ちょっと安心した。お姉ちゃんがあんまり言うから、段々、本気で世間の風当たり強いのかなって不安になってきたけど、お母さんはこんな感じなんだし、まあお姉ちゃん見たいな偏見を持つ人が一握りはいるって程度でしょ。
お礼を言うと、お母さんはにっこり笑顔のまま、うんうんと頷きつつさらに言葉を続けた。
「でももちろん、順番は守ってね」
え、なんだろ、順番って。あ、正妻と愛人の優先順位は守って、そこはちゃんと線引きさせなきゃ、かなちゃんを傷つけちゃうってことかな?
「うん、もちろんわかってるよ。大丈夫。ちゃんとするよ」
何だかちょっと、気恥ずかしい真面目な話をしてしまったけど、でも二人のスタンスも聞けたし、今後に対する不安もない。
二人のためにも、って言ったら変だけど、うん。いっぱい幸せになれるよう、もっともっと努力しよう。
ストックが切れたので、しばらく書き溜めたいと思います。




