たくちゃんには勝てなかったよ… 加南子視点
「かなちゃん、まず、僕はかなちゃんが好きだよ。一番大好き。それはいい?」
「あ、うん……」
たくちゃんの部屋にあがって、隣り合って座ってすぐに、正面から見つめて言われた。かっと体が熱くなって、すごく嬉しくて、にやけそうになる。
たくちゃんは真面目にやってるんだ。幸せなのは当然だけど、浮かれるな私!
「だから、かなちゃんには幸せになってほしいんだ。かなちゃんが僕にそう思ってくれてるみたいにね」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。だからね、一方的にかなちゃんが我慢するのは嫌なんだ。ここまではいい?」
「うん。それはわかるよ」
「僕が愛人をつくるのは絶対だけど、それに対して、何もかも我慢して口を閉ざすのは、やり過ぎだよ。もっとちゃんと嫉妬して、文句を言っていいんだよ」
たくちゃんの言いたいこと、わからない訳じゃない。だけど、それを選ぶのは私だ。
「それは……あのね、そりゃあ嫉妬するよ。でも、それを口に出して、格好悪い私を見せたくない。卓ちゃんに相応しい自分でいたいって言うのは、間違いなく自分の意思だよ。それも駄目だって言うの? カッコつけることを許さないって? それは本当に恋人? 対等な関係なら、それもまた、私の自由じゃない?」
「う……」
少し、大人げなかったかもしれない。たくちゃんが私を思って言ってくれているのはわかっているのに、強く否定してしまった。でも、これは譲れない。
だってこれは、私の意地だ。女の私が、格好つけて意地を張らずにどうする。たくちゃんに弱みがあるとか関係ない。例えばれていたって、張りぼてだって、格好つけるのが、女ってものだ。
私の反論に、たくちゃんはひるんだようで、でも気持ちとしては言い返したいみたいで足の上の両手をぎゅっと握っている。可愛い手だ。
「格好つけたくてつけるって言うなら、それは、僕が強制することじゃないかもしれないけど、でも、もしかなちゃんが僕の為に過剰に我慢してストレスためられるくらいなら、はっきり言ってほしいって言うか……うーん、違うな」
「えっと、まあ、言いたいことがあるなら、待つから考えてみて。私も、たくちゃんが気持ち悪いなら納得してもらえるまで話し合うから」
私とたくちゃんは幼馴染で、誰より長い付き合いで、でもだからって言わなくてもわかるなんてことは絶対にない。それを私たちは誰よりわかってる。だからこそ、話し合おう。お互いに納得するまで話し合おう。もうすれ違って暴走してしまわないように。
私の言葉に、たくちゃんはうーんと腕を組んで考え始めた。
「あのさー、僕が心配してるのは……いや、違うな。うん。じゃあこう言うよ」
話し出しながら、考えがまとまったらしい。たくちゃんは一度区切って、私を正面からじっと見ながら改めて口を開いた。
「僕は嫌なんだ。かなちゃんが気にしてるんじゃないかって気遣って気まずく思うのが嫌なんだ。かなちゃんが全く嫉妬しないとか無理でしょ? だからこそ、どの程度気にして嫉妬してるのかはっきりわかったほうが、僕は気が楽だし、はっきり言われたら僕なりに、かなちゃんにフォロー、じゃないけどその分甘えさせて埋め合わせって言うか、そんな感じのことして自分はかなちゃんに精一杯愛情を示してるってことをやって自分を満足させたいんだ。それと、僕がかなちゃんに嫉妬されて、かなちゃんの可愛い姿を見たいんだ」
「……」
今度は、私が黙る番だった。だって、こんなのどう言えばいい?
嫉妬していること自体は隠せない。それはしょうがない。でもそれを気をつかうし、自分を満足させるために私を甘やかしたいとか、嫉妬する姿を見たいとか。そういう風に言われるとは思ってなかった。
いや、確かに多少気をつかわせる、か。たくちゃんだし、そこまで気遣ってくれると思ってなかった。私を好きとか嫌いじゃなくて、こう、鈍感だし。
でも、何というか、本当に明け透けに言われてしまった。まあこうまで自分主観で自己満足の為にしてって言われると、いっそ気持ちいいって言うか、たくちゃんがそう言うなら逆に、してなくても嫉妬している体で接した方がいいかな、とか思える。
いやでももうそうなったら本末転倒って言うか。でもたくちゃんがそう言う、情けない系の方が父性本能くすぐられて好きって言うなら、なんなら赤ちゃんプレイくらいでも全然いけるって感じだけど。
……ありか? いや、真面目に。本心から以上に嫉妬した感じを、あくまでたくちゃんリクエストに応えるって体でしたなら、私の中のプライドは保てるし、ありっちゃあり。って言うか、正直、甘えさせるって言うのは興味なくはないって言うか、津々だ。
いったい何をさせてくれると言うのか。その内容によっては、そもそもそんな体裁なくても普通にプライドくらい捨てれるって言うか。ぶっちゃけ、春までの私にプライドとか、常に捨ててたし。
「……」
いやちょっと待て私? え、色々言い訳してるけど、たくちゃんの甘えさせて、の一言でだいぶ気持ち変わってない? え、だめだめ。それはさすがにマジでプライドなさすぎでしょ。女としてって言うか、もう人間として最低限の尊厳は持とうよ。
「か、かなちゃん。何とか言ってよ。自分でも、結構勝手なこと言ってるって思うよ? でも、正面から話し合うために、あえてこういうぶっちゃけた言い方したのに」
「あ、ご、ごめん。その、別に、たくちゃんが変なこと言ったとか、自己中発言とかそう思って黙ってたわけじゃなくて、その……し、質問してもいい?」
不安にさせてしまったたくちゃんに慌てて言い訳してから、なんとかこのまま会話は維持しておかないと、と口を開くと、自然と私の口は勝手に発音していた。
「なにさ」
「その……あま、っていうか、う、埋め合わせって、例えばどんな風に?」
「え、そんな具体的に考えてるわけじゃないけど。えっと、まあその日のデートの分、かなちゃんが嫉妬した分だけ、同じ回数キスしたりするとか? かなちゃんが満足する埋め合わせだから、その倍とかでもいいけど」
「!? そ、それって、例えば、キス以外の手を繋ぐ、みたいな身体的接触もあり?」
「え、そりゃあ、まあそうだけど。やっ」
「嫉妬してました」
「ぱ、って早!? え、早くない?」
しまった。つい食い気味に言ってしまった。
「そ、そんなことないよ。たくちゃんがそこまで私を思って言ってくれてると思うと、もう、我慢できなくて」
でもだって、しょうがない。だってこれ、ようは他の子とした分だけ色々してくれるってことじゃん。なにそれご褒美過ぎる。もし今後たくちゃんが100人の愛人をつくったとして、私は一人だけ最低でも101人分愛してもらえるってことじゃん。最高すぎる。
「えー、いや、いいんだけど、何というか、シリアスぶってたわりに、急に身体接触でのってきたね、変態」
「ち、違うって。全然、そういうんじゃないです。私はあくまでそこまで言ってくれるたくちゃんの愛の深さに感動して、もう我慢しているのが馬鹿らしくなっただけだよ」
「へー」
あ、全然信じてない。めっちゃジト目だ。
実際に、たくちゃんが私にそこまで私を優遇してくれるって言うこと自体にも、気持ちは動いてるんだよ? それにそのシステムなら、私を忘れたり私との時間が減って、他の子を私より好きになるかもって憂いもぐんと減るし。
まあぶっちゃけ、それより下心の方が多いのも否定しないけども。
「まぁいいや。かなちゃんを素直にするって目的は達成なわけだし」
う。そう言われると、一瞬で性欲に負けて捨てたプライドがまたちらちら自己主張してくるんだけども。
「じゃあ、今日のデートのこと、話してあげようかな。まず、手を繋いだよ」
上から目線で、たくちゃんはそう言いながら私の手をとった。
その言葉に、え、解説されながら同じことされるの? と驚いたけど、何というか、変な話なんだけど、その時の市子ちゃんが可愛かったとか普通に言われるとものすごい嫉妬しつつそのたくちゃんの感触に、妙に燃えた。
頬にキスしたと言うくだりで我慢できなくなって、そのままベッドに上がり込んだけど、たくちゃんはいつもよりも色気のある感じで全然拒否しなくて、小悪魔かよと思いながらも、胸の痛みはいつのまにか高揚感へと変わっていた。




