デートのその後
一生懸命僕の好きなところを説明しようとする市子ちゃんを見てると、何だか可愛くて、胸が温かくなるような感じがして、くすぐったくて笑ってしまった。
なのに怒るでもなく、期待してもいい? とか可愛く聞かれて、なんだか冷静にドキドキする。かなちゃんにはひたすら、切羽詰まるほどドキドキして堪らないのに、なんだか市子ちゃんには、地に足がついた感じだ。でも、悪くない。優しく抱きしめてあげたいなって気になる。
こういうのも、好きってことになるんだろうか。まだわからない。かなちゃんと比べたら、やっぱりかなちゃんが一番だって思う。でも、比べてはいけない。目の前の相手だけを見るんだ。
そう思うと、素直に愛おしく感じられた。だから、頬にキスをした。うん、キスって感じだ。ものすごく驚かれて、何だか悪戯が成功したみたいで、楽しい。
ドキドキもした。近づくとかなちゃんとは全然違う匂いで、全然違う。でもそれはそれで、ドキドキした。
大げさなくらいに反応して、死ぬとか言っちゃう市子ちゃんが、馬鹿みたいで、本当に可愛い。
かなちゃんのことは考えないって言っても、どうしたって僕の中からかなちゃんが消えるわけがない。ずっと、少しの罪悪感のようなものがある。でもそれと同時に、何故か妙に興奮する。市子ちゃんをいいなと思うほど、頭の片隅にかなちゃんへの罪悪感が少しだけ現れて、僕の背筋を逆なでして妙な心地よさを与える。
なんだろう、これは。優越感にも似た、妙な恍惚としたこの感覚。だけど、悪くない。それも含めて、笑みがこみ上げてくる。
「市子ちゃん、そろそろ戻ろうか」
「あ、う、うん」
人が少ないし、暑さもあってついテンション上がったけど、そろそろ本当に暑い。戻ろう。これ以上ここに居たら、いろんな意味でヒートアップしてしまう。
促しながら立ち上がる。市子ちゃんも立ち上がって、一歩歩き出す。そうしてから、あ、市子ちゃんの手が空いてるな、とふいに思った。
かなちゃんとだって、四六時中繋いだりとかしなかった。でも市子ちゃんはさっき会った時に手を繋いだし、なんとなく、そんな気になった。
さりげなく追い抜かすように歩く速度をあげつつ、さっと右手で市子ちゃんの左手を掴んだ。
「ふぇっ」
一度落ち着いたと思ったらまた真っ赤になっている市子ちゃんに笑いながら、誤魔化すように声をかける。
「さ、暑いし早くいこ」
「う、うん!」
○
駅前のショッピングモールに戻って、ぶらぶらして行く。大したことはなかったけど、手を繋いでおしゃべりして、市子ちゃんが焦ったり笑ったり照れたりしているのを見ていると楽しくて、時間はすぐに過ぎて行った。
もうじき、かなちゃんと待ち合わせたお迎えの時間だ。最初の待ち合わせ場所に戻りつつも、市子ちゃんは名残惜しそうにちらちら見てくる。可愛い。
「そんなにがっかりしないで。またデートしようよ」
「! べ、別にがっかりしてるわけじゃ、ただ、その、なんだか、夢みたいに幸せで、覚めるのが嘘見たいって言うか」
「ふふ、夢じゃないよ」
「わ、わかってるよ……あの、さ、卓也君」
「なに?」
「その……今度こそ、私から、誘うから。なんか、今日は、全部卓也君からで、その、情けないとこ見せたけど。でも、私も、ちゃんと女らしくリードできるよう、頑張るから」
きりっとした表情で、必死な感じでそう宣言された。格好いいけど、必死さが可愛くもあって、僕は笑いだすのをこらえつつ、軽く答える。
「えー、リードって、僕になにするつもりー?」
「え、な、何って、いや別に! そそっ、そんなつもりじゃ。し、下心とかないしっ」
途端に狼狽えだす市子ちゃん。ほんと可愛い。めっちゃからかいたくなる。仕方ない。可愛いんだもん。
「全然? じゃあ次回は、手も繋がない清いデートだって、宣言できる?」
「う、それはその……で、できれば、次は私からキスしたいかなって。あ、も、もちろん頬に!」
「えー、どーしよっかなー」
「ちょ、た、卓也くぅん」
鼻にかけたような、情けない声。でも何だか、きゅんとする。とは言え、お安くキスを許しては面白くない。
「まぁ、その時の頑張り次第と言うことで」
「う、うん! 頑張るよ、へへ」
ピュアか。微笑ましいなぁ。
話していると、いつもよりさらにすぐについてしまった。夕方で、駅前は結構混雑していた。まだ時間は少し早いけど、来てるかな?
「あ、いた。たくちゃん! 市子ちゃん!」
「あ、いたいた」
先に向こうが見つけてくれた。大声を出してくれたので、そちらに駆け寄る。携帯電話を取り出すまでもなかった。
「お待たせ―」
「あっ、う、うん。全然大丈夫だよ」
声をかけるよ笑顔を向けられてから、一瞬、はっとしたような妙な反応をしたかなちゃんだけど、すぐに笑顔になった、不思議に思って一度振り向いたけど、特に不審なものはない。
ともう一度かなちゃんを向いてから、右手の感触にはっとする。手を繋いだままだった! いや駄目ってことはないだろうけど。その、ねえ?
「それじゃあ、市子ちゃん、今日はありがとうね」
いきなり離しても、市子ちゃんにも悪いので、声をかけながらさりげなく離す。市子ちゃんはにこっと笑う。
「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ。加南子も、ありがとう。また、誘わせてもらうから、悪いけど、その時はよろしくね」
「うん。全然いいよ。気にしないで」
「じゃあまたね、市子ちゃん」
「うん。またね、二人とも」
「またね」
市子ちゃんと別れて、歩き出す。
かなちゃんと隣で並んでいると、さっきまでと人が変わったのが、何故かとても違和感として感じられた。ちらりと隣を覗き見る。
当たり前だけど、歩くペースも距離感も雰囲気も、何もかもが違う。今更それが、新鮮に感じられた。かなちゃんじゃなくなって、市子ちゃんと二人きりになった時は、緊張もあって変わるのが当然で、そこまでおかしな感じじゃなかった。
でも改めてかなちゃんになると、やっぱり全然違い過ぎて、なんだか女の子ってすごいなーって何故か感心した。
「今日、楽しかった?」
「え? うん。楽しかったよ」
答えながら、変な感じだと思った。かなちゃんに他の子とのデートの感想を言うなんて。悪い冗談みたいな気さえする。でも現実だし、かなちゃんから聞いてきたんだ。
「そう……よかった。心配してたんだ。なんにもなかったみたいでよかった」
その言い方に、何だかむっとした。心配してたとか、何だか、ただ子供を心配してたみたいに言う。僕はかなちゃんの恋人で、他の子とデートして、言うことはそれだけ?
そりゃあ過剰に言われたら困るけど、ちょっとくらい嫉妬してくれてもいいのに。
「ねぇ、嫉妬した?」
「え、なに、急に」
「した?」
「……あのさ、だからね、感情的にはそうでも、居た方が安心だって、このやり取り何回するの?」
それはもうわかった。だから疑ってない。だからこそ、僕はかなちゃんが嫉妬したって怒ったって、愛人をつくらないと言うつもりはない。あの時のかなちゃんの決断を、僕は尊重しようと思う。
でもだからって、かなちゃんが自分の思いを押し殺しているのは違うと思う。それじゃあストレスになるだろう。気をつかわれて、猫かぶられても僕だって嬉しくない。それに、わかっていても、あんまり平然とされると、やっぱり嬉しくない。
何というか、かなちゃんに我慢させたままじゃ、健全で対等な恋人とは言えないと思う。まあ愛人がいる健全な関係って? って個人的には思うけど、でもそれは僕の常識がこの世界的におかしいわけだし、それはそれで置いておく。
何ていえば、わかってもらえるだろうか。




