卓也君と私 市子視点
卓也君に告白して、まさかの受け入れてもらって有頂天になっていたら、卓也君の方からデートのお誘いをしてくれた! と言っても、加南子経由だけど。まあ全面的に協力してくれるのは本当みたいだし、ちょっと気まずい気がしないでもないけど、加南子が気にしていないのに、愛人予定の私が気にしてもしょうがない。なので普通に喜んでおく。
緊張していたけど、手もつなげた。ていうか、卓也君の方から言ってくれた。めちゃくちゃ嬉しい。加南子と慣れているのかなって、ちょっと妬けなくもないけど、加南子がいての卓也君を好きになったわけだし、そこは考えないことにする。
むしろ加南子を除いて最初だとすると、もはや卓也君のファースト手つなぎ相手ではないかと興奮する。とても順調に楽しくデートできていて、今まで聞けなかった突っ込んだことも聞けて、すごい。告白してよかった!
と浮かれていると、ふいに卓也君から質問された。
「ねぇ市子ちゃん、僕のこと、いつから気にしてくれたのかとか、聞いていい?」
「え? 全然いいけど、いつからって言うか……最初から?」
「えっ!?」
え? え、そ、そんな驚く? え? 私変なこと言ったか!?
普通にさらっと答えたのに、卓也君が私を二度見してきたから、思わず少しのけぞってしまう。
「え? そ、そんな驚く事?」
「え、う、うん……だって、普通に友達だと思ってたし……うーん、何ていうか、今となっては嬉しい気もするけど、その、最初の友達ができたと思って喜んでたから」
うっ。た、確かに、友達できたって、喜んでたもんなぁ。正直、あー、今まで友達いなかったんだなってすぐわかった。言われなくても一喜一憂している感じや、人なれしてない感じがすごいしてて、すごい可愛かった。
そしてそこに余計に惚れてた! でも、そうだよな。純粋に友達だと思ってたら、恋愛感情って言うか、下心込みで接していられてたって知ったら、ショックだよね。う。やってしまった。
ど、どうフォローしよう。でも、下手に嘘ついてもあれだし。えーっと。
「え、えっと、そのぉ……べ、別にそんな、最初からめっちゃがつがつしていたわけじゃないよ? 私別に、男の子なら誰でも恋愛感情持つわけじゃないし」
彼氏が欲しかったのは、まあ本当だ。そして卓也君を見た瞬間から、めっちゃ優しそうだし可愛いし最高じゃん、と思ったのも事実だ。
だけど別に、だから即恋人になりたい、と思ったわけでは……まぁ思ってたわ。うん。でも、それは男が近くに現れたからじゃない。卓也君だからだ。他でもない卓也君だからだ。
そりゃあ、最初は顔に一目ぼれって感じだったけど、両想いになれるわけないし、傍にいれるだけの片思いでいいと思っていた。だから友達と思われるだけで十分嬉しかった。
でも一緒に過ごして、友達として過ごして接して、もっともっと好きになった。そしていつしか、本気で愛人になりたいと思うようになった。最初は恋人、と思ったけどすぐ加南子がいるしなとそこはあきらめた。
そして少しは考えた。愛人でも納得できるのか。こんなに大好きな卓也君を、人と共有する状況でも我慢できるのか。苦しい思いをするくらいなら諦めた方がいいんじゃないか。そんな風に少しは考えた。
でもやっぱり、それでもいい。と結論はすぐに出た。こんなに好きになることなんてたぶんもうない。青春をただ隣にいることにささげてもいいと思ったのは本当だ。ならそれより好きな今、ほんの少しでも報われるなら、人生を捧げてもいいと、本気で思えた。卓也君が一時でも私を見て、愛してくれて、その子を授かれるなら、愛人でも十分だ。
そう素直に思った。それが本音だ。だから、最初から恋人目当てで友達をしていたわけじゃない。それは本当だ。最初から異性として意識はしていたけど、結ばれたいとまで高望みをしたのは最初からじゃない。
私の返答に、卓也君はうーん、と口元に手をあてた。う、可愛い。嘘ではないけど、後ろめたさがなくはないのでちょっと嘘っぽい態度になってしまったかもしれない。
でも卓也君は納得してくれたみたいだ。少し考えるみたいなポーズをとったけど、うん、と頷いた。
「そっか、じゃあ、もういっこ、ちょっと恥ずかしいけど質問してもいい?」
「なに? 何でも聞いて」
と答えつつ、恥ずかしい質問、というフレーズに急に脳内がピンク色になるのは止められない。
ええ? 恥ずかしい質問? な、なにそれ。もしかして、好きな体位とか? 加南子とはもう一線超えてるのかな? だとしても大胆過ぎる!
はぁ、いや落ち着け。まだ付き合いだして一か月もたってないはずだし、さすがにそれはない。純真な卓也君が、そんなエロ質問のはずない。自重しろ私。
「僕のこと、どこが好きなの?」
う、可愛い。上目遣いで照れながら言われた。質問の言い方も可愛いし、内容も可愛い。どこが好きなのって、何それ! めっちゃ恋人みたいじゃん! はー、たまらん。勇気出して告白して、本当によかった。
って、興奮している場合じゃない。どこが好きって……全部、は無しだよなぁ? さすがにわかる。
めっちゃ期待した目で見られている。ここは正直に、誠実に答えないと。まだ自分が、正式に愛人になれる恋人になれたわけじゃない。お試し期間で、いわばずっとテスト中みたいなものだ。
「卓也君のことは、正直最初は顔が好きだと思った。一目見て、めっちゃ好みだった。それから、控えめな優しい態度にも引かれた。守ってあげたいなって思った。でも、何ていうか、加南子との遠慮のないやり取りとかみてて、結構内弁慶なのかなとか、我儘系なのかなとか思って、自分が言われたいって言う風に思ったし、えっと」
え、何を言いたいんだ私は。着地点が見えなくなってきた。思いついたことをそのまま言っても駄目だ。ただ私は、もう、卓也君の全部好きって言うか。だからそうじゃなくて。
「ふふ」
「!」
口ごもってしまう私に、笑い声が向けられた。思わず泳がせていた視線を、卓也君に戻す。卓也君は私と目が合うと、にっと悪戯っぽく目元を緩めた。
「もう、可愛いね」
「ぐ」
可愛い、と言われて、卓也君の方がずっとかわいい。と思うけど、からかわれてると思うけど、でも、好意的な優しい目が、凄い嬉しいって感じる。
何だその目! そんな目されたら、卓也君も私のこと好きなんじゃないかって、己惚れるじゃないか!
「……た、卓也君は、私のこと、どう、思ってる? その、優しいから、考えてくれてるんだって、わかってるけど、その、本気で、どのくらい目はある? 期待しても、いいの?」
「うーん……ねぇ、ちょっと、目、閉じて。いいって言うまで開けちゃだめだよ」
「えっ」
え、なに? キス? と咄嗟に思ったけど、そんなわけない。でも目を閉じてとかそれしか考えられない。でもそんなわけない。期待してもいいのって、その質問に、目を閉じて?
もしかして、手を握ってくれてその強さとか? 考えたら、言葉で言い表すのって難しいことだし。そもそも告白したばっかで、それまで意識されてなかった論外の私が、ちょっとデートしただけで、どのくらいとか聞くのもおこがましい! 調子に乗り過ぎだ! も、もしかして論外だってデコピンされるとか?
ドキドキしつつ、戦々恐々としつつも、言われた通り目を閉じた。
目を閉じると、まるで時間が止まったみたいに、どれくらい時間がたっているのかが分からなくなる。数秒か、数分かと言うくらい心臓がばくばくしていると、ふいに頬に柔らかくて暖かいものがあたった。
「!?」
目を開けると、すぐ近くに卓也君の顔があった。目を閉じていて、睫毛ながっと思うと同時に頬の柔らかさが離れて、でも距離は近いまま、卓也君の目が開いた。
「目、空けちゃ駄目って言ったのに」
「た、たたた卓也君!?」
「これくらい、だよ」
「へ!?」
「頬っぺたなら、いいかなってくらいには、期待してもいいよ」
言っておくけど、誰にでもするわけじゃないんだからね、と言う卓也君の言葉に、私は相槌をうちながらも、言葉が出なかった。
卓也君に、頬ちゅーされた! なん、な、うわああああ、柔らかかった!! て、天使か! いや悪魔だ! 小悪魔! まだ決まってないのに頬にチューしてくるとか、期待持たせすぎでしょ! ビッチか! まだ初デートだぞ!? はあああああっ。最高すぎる! 愛してる!
「あ、あれ? 市子ちゃん? 大丈夫?」
「う、し、死にそう」
「ええっ!? ちょ、ちょっと、え? ぼ、僕のせい?」
「責任とって、愛人にしてくれないと、死ぬ」
「えー……恐いから、普通にして」
ちょっと引かれてるのはわかってけど、でもこんなの、どうやってテンション下げればいいのかわからない! こんなの、自室で人の目がなかったら完全に床に転がって端から端まで往復し続けてるし! それかブリッジして部屋中動き回る!
あああ、何を考えてるんだ私は、変態か! ていうか頬だし、ホント落ち着けよ私! そう、こんなのさらっとしちゃうってことは、完全に卓也君の経験値は私以上ってことで、加南子とはもうずっと先に言ってるってことだから、落ち着け。冷静になれ。
「はー、はー……ふー」
「い、市子ちゃん。真面目にちょっとキモイから、落ち着いて?」
「う、うん」
キモイとか言われた。ショックな反面、でも加南子レベルの暴言吐くくらいには気を許す範囲にいれてもらったってことで、嬉しくもある。顔がにやける。って、さっきからにやけっぱなしだけども。
「はぁ……うん。卓也君」
「なに? 落ち着いた?」
「落ち着くけど、とりあえず、不意打ちやめて。分かってると思うけど、こちとら処女だし、手加減して」
「しょ……そ、そういうの、大きな声で言わないでよ」
いや別に大きな声ではなかった。でも、言葉だけで照れてる卓也君が可愛すぎて、さらに惚れた。絶対もう一線超えてるくせに、なんなのその清純派。
まじで。卓也君、友達できて喜んでたのはほんとわかるし、それはそれで微笑ましいけど、でも、こんなの絶対、本気で友達に思っててもすぐ惚れるわ! もう惚れるしか選択肢ないわ! 卓也君が受け入れたら全人口が愛人になるわ!
もう、ここまで来たら、多分卓也君のこと諦めるとか忘れるとか不可能だし、もう、死ぬまでこの命捧げるしかないじゃん! 絶対みんな卓也君の愛人になりたがるし、多分めっちゃ狭き門だろうけど、頑張るしかない! 2番目、じゃなくてもなんとか、10番目以内に入りたい!




