市子ちゃんとデート
「ねぇ、本当についてこないの?」
「えー、あの、決心が鈍るようなこと言わないでよ? と言うかおかしいでしょ。デートに3人目がついて行ったら」
今日は市子ちゃんとデートすることになった。勢いであの場では別れたけど、とりあえず恋人前段階と言っても、距離感がつかめない。今まで意識してない相手なわけだし、ちゃんと落ち着いて話してみようと言うことになった。
なのでかなちゃんにも話してスケジュールを決めてもらった。なんかおかしい気がしないでもないけど、ぼくの夏休みのスケジュールはかなちゃんが管理していたので、しょうがない。
かなちゃんからは、気を付けてね。市子ちゃんとも話しているから大丈夫だと思うけど、自分でも気を付けてね。とか言われた。子供のような扱いだけど、それよりもかなちゃん無しになると言うことに今更不安になってきた。
だってずっと外出時はかなちゃんと一緒だったんだよ? 一人でも大丈夫じゃない? なんて血迷ったこともあるけど、すっかり馴染んだ現状、不安感しかない。
待ち合わせの駅前まではこうして送ってもらうけど、着いたら市子ちゃんと二人きりだ。急に二人きりはハードルが高いので、そっちの意味でも緊張する。
話をするって言っても、まずは三人での方がよかったかな? でも今更だし、それにかなちゃん(恋人)を前にして市子ちゃん(恋人候補)と、色っぽくなるかもしれない会話をするなんてできない。ついかなちゃんに話を振ったりしても変だし。しょうがない。腹を決めよう。
そう考えていると、あっさり待ち合わせ場所が見えてきた。
「おはよう、市子ちゃん。お待たせ」
「お、おはよう、加南子。今日はありがとう。その、た、卓也君も、おはよう」
「う、うん。おはよう、市子ちゃん」
待ち合わせ場所について最初に挨拶したのは能天気なかなちゃんだ。でもそれがありがたい。そうじゃなきゃ、きっと僕から声はかけられなかった。
だってなんか、市子ちゃんいつもと格好違うし。普段学校外で会う時、スカートはいてるの見たことなかったのに、今日はスカートで、全然雰囲気が違う。おのれ。スカートめ。いつも制服ではスカートなのに、すらっとした足だとか思ってしまう。裾がひらひらなのが悪い。動いていると目が追ってしまうのは生物の本能だ。
「じゃあ、私はもう行くね。また迎えに来るから、連絡ちょうだいね」
「うん。ありがとう」
「たくちゃんをよろしくね。たくちゃんも、私に遠慮せず、思うように楽しんできてね」
「う、うん。ありがとう」
拍子抜けするほどあっさりと、かなちゃんは帰って行った。愛人があったほうが安心だけど、嫉妬はするみたいに言ってたのはなんなの? と言いたいくらいあっさりだ。
まあ今更言われても困るけどさぁ。まあ、まあ。今はいい。うん。この前も言われた通り、その時その時目の前の相手に集中しよう。僕にできるのはそれぐらいだ。
「た、卓也君。その、今日はありがとう」
「う、ううん。その、僕も、話したいと思ってたから」
「う、うん……歩こうか」
「うん」
デートと言っても、目的があるわけでもない。とりあえず、緊張しすぎないよう、いつも来る駅前のショッピングモールをぶらぶらしながら話そうか、くらいの予定だ。
駅前広場の、ベンチの一つに居たので、ショッピングモールの入り口に向かって歩き出す。
「ん? 市子ちゃん?」
二歩進んでから、市子ちゃんが歩き出さないので止まって振り向く。市子ちゃんはなんだかそわそわして視線をあちこちへと泳がせている。
「どうかした? どこか行く場所決めてるとか?」
「そ、そういう訳じゃなくて……その、もちろん、まだ、ちゃんとした恋人じゃないって言うのは、わかってるし、そんな、う、己惚れてるわけじゃないんだけど……その、て、ててて……ご、ごめんっ。ほんとなんでもない、ほんとごめん!」
いや、そんな、てててって、そこまで言われたら、さすがにわかる。真っ赤な顔で、緊張したみたいにちょっと震えた右手を動かしながら言われて気づかないほど、僕だって市子ちゃんに無関心ではない。
「て、手、つなごっか?」
「ええっ!?」
めっちゃくちゃ驚かれた。肩をびくつかせて、文字通り一歩引くくらい驚かれて、僕まで驚いてしまう。得意げに上から提案したけど、もしかして違った!?
「い、一応デートだし、こ、恋人じゃなくても、手を繋ぐ関係ではあるわけだしっ……だ、だめだった?」
思わず視線をそらして言い訳してから、市子ちゃんの様子を伺う。市子ちゃんは、はっとしたように両手をごしごしとスカートにこすりつけた。
ああっ、そんなに勢いよくしたらスカート結構めくれてる! って気が気じゃないのにまわり誰も気にしてないっぽいし、本人も気にしてないのか!
「こ、こちらこそお願いします!!」
慌てていると市子ちゃんが大声でいいながら両手をだしてきた。その大声に、周りから視線が集まる。元々、男ってだけで多少周囲から見られているのはもう慣れたけど、さすがにぱっと全方位から見られると落ち着かない。
「わ、あ、う、うん。わかったから、早く行こう」
市子ちゃんの手をとって歩き出す。
う、勢いで取ったけど、やっぱ女の子の手だなぁ。とちょっとドキッとしたけど、その手は熱いくらいで、それだけ市子ちゃんが緊張してると思うと逆に僕は少し冷静になる。
くすっと思わずもれた笑いを隠さずに、市子ちゃんを振り向く。
「行きたいお店ある?」
「え、あ、と、特にないって言うか、卓也君が行きたいとこならどこでもいいよ!」
「もー、声大きい。恥ずかしいよ」
「う、ご、ごめん」
首をすくめるように、恥ずかしそうに真っ赤になって謝られた。その必死さに、何だか胸がくすぐったくなる。
「ふふ。市子ちゃん、可愛いね」
「えっ。あ、その……た、卓也君も可愛いね!」
「だから声大きいって」
「ご、ごめ、うう。ごめん。その、緊張して。ごめん、格好悪いよね」
確かにいつもと全然違うし、テンパってるのが丸わかりだ。デート相手として、格好いいとはとても言えない。でも、決して悪い印象ではない。今日初めて会ったわけじゃない。春からずっと、毎日のように顔を合わせていたんだ。
市子ちゃんのいいところはたくさん知ってる。細身で運動神経がよくて、割としっかりしたきびきびしたタイプだ、そんな市子ちゃんが、こんなにテンパっているのは、僕とデートしてるからで、それは僕のことがそれだけ好きってことだ。そう思うから、全然嫌じゃない。むしろ嬉しくなる。
「大丈夫だよ。ちゃんと、市子ちゃんと出会ってから今日までで、格好いいところもあったから」
「え、ホント?」
「うん」
嘘じゃない。実際、スポーツしている時の市子ちゃんは様になっていて格好いい。まぁ、言ってもクラスみんな僕に比べたら運動神経はいいし、その中で市子ちゃんが飛びぬけているわけじゃないんだけどね。
でも、市子ちゃんは割と姿勢もいいし、四人の中では一番様になっているから、そう思っていた。もちろん今までそれで、いいなぁ、格好いいなぁとは思っても、意識したりはしなかったけど。次に見たら、見る目が変わりそうな自分に気づく。
告白されただけで、単純だ。我ながら現金だけど、まぁいっか。
「ぇへへ、そっか。じゃあいいや。ね、ねぇ卓也君。今日は色々、質問とかしてもいい?」
「もちろん。でも、市子ちゃんのことも教えてね」
「うんっ」
不安だったけど、今日は楽しめそうだ。




