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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
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正妻?

 市子ちゃんから愛人志望を告白されて、とりあえずそんな本格的な恋人じゃなくて、でもすでに友達なのに友達からってのもおかしいので、お試し的な感じでってことで手を繋ぐとこから、みたいな返事をしてしまった。

 我ながら、ちょっと意味が分からない返事だった気もするけど、市子ちゃんは笑顔で手を取ってくれた。


 その力強い手は、かなちゃんよりも少し大きい感じで、力の伝わり方とか、何ていうか、手を一つとっても女の子って一人ひとり違うんだなって思った。

 それはつまり、他のいろんなこともやっぱりみんな全然違うんだろうなって、ドキドキした。


「たくちゃん」

「はぁい! な、なに?」


 二人と別れて、帰り道を歩きながら、さっきのことを思い返していると、かなちゃんに声をかけられた。想定外で思わず肩をびくつかせながら返事をしてしまった。恥ずかしい。


「いや、テンション高いね……別に何ってことはないけどさ。さっきから黙ってるから」

「あ、う、うん。ごめん、ぼーっとしてた」

「……市子ちゃんのこと考えてたでしょ」


 ちょっと悪戯っぽいような、責めるような笑顔で言われた。ぐぐ。


「う。そ、そうだけど。悪い?」

「悪くないし、私も共犯で言い出したみたいなものだけどさぁ……今は私と2人なのに」

「う、ご、ごめん……嫉妬した?」

「してる」


 当たり前だ。自分だって逆ならする。馬鹿なことを聞いてしまった。しかもちょっと、嫉妬されるのを喜びながら聞いてしまった。


「うー、ごめんって。ほんと、ごめん」

「ふふ。嘘だよ。いや、嫉妬してるのは本当だけど、責めるつもりはないよ。言ったでしょ? たくちゃんが幸せならいいって」

「……僕だって、かなちゃんに幸せになってほしいよ」

「たくちゃんが私を一番だと思ってくれれば、それで幸せだよ」


 ……僕は、幸せになりたい。ならなきゃいけない、とすら思う。それが向こうの世界のせめてもの供養でもあるし、単純に死にかけたからこそ、もう後悔したくないし、幸せになりたいって強く思う。

 そしてもちろん、かなちゃんにも幸せになってほしい。と言うか、幸せにしたい。二度と、彼女を泣かせたくない。かなちゃんだけじゃない。誰のことも傷つけたくない。みんな幸せになってほしい。


 正直に言って単純に他の女の子って存在に興味はある。でもそれだけじゃなくて、断って市子ちゃんが傷つくならそれも嫌だ。だから、かなちゃんがいいと言うなら断ると言う発想はない。

 でもそれはあくまで、かなちゃんが本心からいいと言ってくれている前提だ。かなちゃんが無理したり、本当は嫌なら、断る。自分の性欲だってどうでもいいし、一番大事な女の子がかなちゃんなのは間違いないんだから、そこは他の女の子に泣かれても、かなちゃんがの涙を止めるのが優先だ。


「本当に?」

「あんまり聞かないでよ。たくちゃんに愛人ができて、嬉しいわけじゃない。でも、その方が安心できるから。それに、その分たくちゃんがより幸せになれるなら、愛人が何人いたってかまわないよ。私が正妻なら、ね」

「……」


 う、うーん。言いたいことはわかる。でも、正妻、ね。

 と言うか、確かに大好きでぼんやり一生一緒に居たいと思っているけど、でも結婚とか具体的にイメージしてないし。あんまり正妻とか言われると、なんかちょっと複雑な気持ちだ。

 でもこれを言うと、結婚するつもりないのとか言われたら、それはそれで。あるっちゃあるけど、その、それはいずれ、僕が大人になって、プロポーズをするかされるかするものであって、付き合いたての学生でそういうの言うのってどうかと思うな。


「あ、あれ? たくちゃん?」


 あ、黙ってたのも不審に思われたらしい。


「わかった。とりあえず、僕は僕なりに、市子ちゃんと向き合うよ。でも忘れないでね。あくまでかなちゃんが一番で、大切に思ってるってことは」

「たくちゃん……うん。わかってる」


 僕の露骨なフォローに、でもかなちゃんは納得してくれたらしい。よかった。


 咄嗟に言ったけど、でも口から出まかせってわけじゃない。

 もうすでに、市子ちゃんにはイエス方向で応えたんだ。なら今更、かなちゃんのOKまでもらってうだうだ言う訳にはいかない。


 それに、こうして冷静になって考えてみよう。かなちゃんのことは大好きだ。でも、ぶっちゃけもろもろの色んな面倒くさいことを抜きに、市子ちゃんと恋人になることをどう思うかというと、満更ではない。

 市子ちゃんのことを恋人にするなんて考えたこともないけど、友達として付き合っていて楽しいし、面白いし、見た目も結構可愛いし。


 ……ていうか、今までは本当に、そういうのが恐いから男女ってことを意識しないようにしてきたけど、冷静にかなちゃんと一線超えてそういうのもうそんな恐くないし有りだしって言う頭で思うと、結構みんな可愛いよね。いけるかいけないかで言うと、絶対無理って人は今のとこ友達どころか知り合いにもいないな。

 いびつな男女比の人口推移によって、多少容姿の自然淘汰がされていった的なことなのだろうか。知らないけど。


「ねぇたくちゃん」

「なに? かなちゃん」

「たくちゃんが私を一番にしてくれるって、信じてる。だから、他にも好きな人ができたら愛人をつくったらいいよ。たくちゃんが幸せならいいよ。でもね、私と二人の時は私だけど、市子ちゃんと二人の時は市子ちゃんだけを、そういう風に相手だけを見てくれないと……それは、拗ねるからね?」

「う、ご、ごめんって。でもじゃあ、何か話してよ」


 それさっき聞いたのに。めっちゃ念押ししてくる。でも確かに、さっき注意されたのに、またぼーっと他の子のことを考えてたのは事実だけども。と言うかするどいな。

 いつもだって、ずーっとおしゃべりしっぱなしって訳じゃないのに、なんで今日は他の子のこと考えるってわかるかな。


「まあ、たくちゃん素直だし、見てたらだいたい何考えてるかわかるよ」

「えっ、ちょ、こ、恐いんだけど」

「大丈夫。女の子のこと考えてるかどうかしかわからないから」

「いや、十分恐いから」


 なにそれ。女の勘ってやつ? ていうか確かに、考えちゃった僕が悪いかもだけど、それならそれで話をふってよ。会話してれば、僕だってかなちゃんから意識外したりしない。でも何にもないから、あんまりに急展開で衝撃的だった愛人について考えちゃうのは、しょうがないでしょ。


「とにかく、かなちゃんのこと見てるけど、もっとじっと見てほしかったら、ちょっとくらい気をひく話題振るとかしてよ」


 あ、なんかすごい上から目線なこと言ってしまった。

 内容的に、いくら合法のかなちゃん了承済みとは言え、恋人を前に他の女の子のこと考えておいて、見てほしかったらとか上から過ぎる。


 怒ったかな? 口に出してすぐに一瞬目をそらして、そっとかなちゃんの様子を伺ってみる。だけど意外にもかなちゃんは、はっとした顔をしていた。


「た、確かに、そうだよね。ごめん。私も、正妻の座に胡坐をかいてないで、たくちゃんの寵愛をうけられるよう、努力するよ」

「僕はアラブの王様かよ」


 めっちゃくちゃ真顔で真剣に言われた。なんだ、寵愛って。そんで正妻やめて。口に出してないけど、僕の考えてる事わかるならやめて。


「と言うか、愛人が法的なのはわかったけど、その時奥さんのこと正妻って言うものなの? 漫画だと、正妻の次は第二夫人とか、そういう王様ので使ってた気がするけど」

「え? あー……どうだろ。でも正妻って、正式な妻の略っぽいし、じゃあ、普通に? 法的な妻ってことで、合ってはいると思うよ」

「そう言われるとそうかも? でも、何ていうか、確かに市子ちゃんからは告白されたし、愛人も前向きに考えるわけだけど、そんな寵愛とか言われると困るんだけど。何ていうか、大奥みたいって言うか、変な勘違いしそうだし、恥ずかしいからやめて」

「あ……う、うん。わかった。でも勘違いでもない気もするんだけどなぁ」


 いやどこが。変なこと言わないでよ。

 にこっと笑ってからぼそっと続けられた言葉は、マジっぽくて怖いのでスルーして、僕はこの話をしめてしまうことにする。他の話題にしようじゃないか。


「とりあえず、かなちゃんの気持ちも分かったし、僕は僕なりに、みんなが幸せになれるように頑張るから、そう言う変な言い方は止めて。わかった?」

「うん。わかった。たくちゃん、愛してるよ」

「ぐ……よ、よく素面で言えるね」

「お酒なんて飲んだことないでしょ」


 そういう意味じゃない。普通に、よく恥ずかしくないな。好き、くらいならまぁ、恥ずかしいけど言えるけど。でも、愛してるは……さすがに、外でよく言えるな。恥ずかしい。もちろん嫌じゃないけども。


「う、うるさい。もう、先に帰るからねっ」

「え、ちょ、そんなに照れないでよ。ごめんって」


 早足で家まで帰った。


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