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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
恋人編
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勇気を振り絞って 市子視点

 卓也君と、加南子が恋人になった。正直、最初から秒読み段階だと思っていた。それ自体にはそう驚くほどじゃない。

 だけど私の中には焦燥が生まれた。


 今のところ、卓也君は告白されたりはしていないらしい。でもクラスのほかの人も言っていたし、私も思っていたのは、加南子と付き合っていないからだ。

 考えてみてほしい。本命の本妻がいて、その関係がはっきりしてない状況で、よそ見をする人がいるだろうか。いるわけがない。まして半端に告白して、二人が付き合うきっかけになったりなんてしたら、もう目も当てられない。友人関係すら無理だ。告白なんかできるわけない。


 でも付き合ったなら? 正式に二人の関係が決まったからこそ、2番目にしてくれとお願いができる。どうしたって一番が決まりきっている相手だからこそ、一番がちゃんと決まらないうちに2番目にしてくれと言えないし、かと言って一番にと言っても意味がないのはわかっていた。


 もちろん、2番目にしてくれと言えるようになったから、じゃあなれるというわけじゃない。あれだけ加南子一筋の卓也君だ。2番目にと言っても、断られるだろう。断られるのが目に見えている。だいたい愛人をつくる男なんて、政府の支援金目当てかそうじゃなくても相手のお金めあてくらいしか考えつかない。優しく可愛い卓也君が、そんなことを考えつくはずもない。

 でもだからって、諦めきれるはずがない。出会ってしまったら、もう、好きになるしかない。こんな人は他にいない。


 一瞬一瞬が好きで好きでたまらない。私がこんなに思っているのだ。きっと、他の多くの女子がそう思っているだろう。学校に2人が付き合っていると知れたら、じゃあ自分もと告白する人はきっと出てくる。

 そうなったとき、もし万が一、卓也君に加南子以外も受け入れるつもりがあったら? もしあったら、言い方はあれだけど早い者勝ちみたいなものだ。なんせ、加南子にべったりの卓也君に、それ以外の女子への恋愛点数何て明確な差はないだろうし。


 それなら、ほんのわずかでも可能性があるなら、それに賭けずにはいられない。だって本当に、好きだ。男の子を本気で好きになるってことが、どういうことか全然わかってなかった。苦しいくらいで、でもけして、嫌ではない。これを知らなかった頃に戻りたいとは思わない。


 すぐにでも、告白したいと思った。加南子とさえ恋人になったなら、他に遠慮するものはない。万が一、ほんのわずかでも可能性が上がるなら、すぐに告白したい。

 でも、何故か私は、後回しにしてしまった。いや、何故なんてことはない。今すぐ伝えたいのに、関係が変わるのが怖くて、ビビってるだけだ。自分が情けない。何度も言おうとして、でも言えないヘタレな私に、千載一遇のチャンスがやってきた。まさかの卓也君からお膳立てしてくれた。でもやっぱり言いにくいし、最悪フラれても、加南子とまで疎遠になったらダメージより深いし、できれば友達の位置はキープしたいので、ぎりぎりに加南子に先に話を通すことにした。

 そしたら思いのほか普通に受け入れられた。器がでかすぎる。なんだこれ。こんなん、加南子が正妻になるの納得しかない。男子に惚れられる女子ってこんなか。って感じだ。元から嫉妬する余地ないくらいの二人だから、あまり気にしてなかったけど、加南子が相手なら、自分が愛人でも仕方ない。そう素直に思えた。


 まあとにかく、告白した。


「ごめん、待たせて」

「う、うん」


 愛人すら知らないとか言う卓也君のピュアっぷりにさらに惚れつつ、何だか不安そうだったので加南子にいったん任せた。そしたら落ち着いたらしい。

 考えたら、恋人を前にいうことじゃなかったかも知れない。ピュアな卓也君だけにちょっと申し訳ないけど、でも無事に話をしてくれたらいい。加南子様々すぎる。どこの世界に、愛人になるのを協力してくれる正妻がいるの? 神じゃん。まじで加南子についていこう、と思った。


「あの、市子ちゃん、さっきの、あ、愛人の話だけど……」


 呼ばれて二人の元に戻ると、卓也君が照れたようにもじもじしながら、私にそう切り出した。はぁ、可愛い。でもそれ以上に緊張でドキドキする。あー、くそっ。膝ががくがくする。こえー。なんでさっき告白できたんだろ。自分で自分が怖いくらいだ。

 でも、卓也君の前で座り込んだり逃げたりするわけにはいかない。ここで女を見せずにどうする! 気合でなんとか平静を装う。


「う、うん。なに? 遠慮なく言って。フラれても、ちゃんと友達に戻るし、安心して」

「あ、うん……あの、僕、市子ちゃんのこと、そう言う風に考えたことなかったんだ」

「うん……」


 あああ、ですよね! だって加南子のことばっか見てたし! 知ってた!


「だから、その……て、手を繋ぐところからお願いします!」

「!?」


 卓也君が頭を下げて、手を出してきた! え!? どういうこと!?


「お願いします!」


 全然頭はついていってないけど、ほとんど反射的に卓也君の言葉を繰り返しながら、その手を握った。

 ってうわあああ、卓也君の手、握ってる! や、柔らかい。でも奥にちょっと硬い感じもあって、手の甲の骨の感じとか、ザ・男子って感じで、あ、ああああっ!

 な、なにが起こってるんだ!?


 混乱する私に、卓也君が顔を上げて、上気した顔でにこりと笑った。


「ありがとう、これからよろしくね!」

「よろしくね!」


 っしゃあああああ!


「市子? いつまでぼーっとしてんですか?」

「は!? あ、歩!? え……ゆ、夢?」

「え? 何言ってんですか? 恐いんですけど。酒井君と握手してから、放心状態でしたけど、記憶あります?」

「……だ、大丈夫」


 お、落ち着け、私。これは現実だ。私は卓也君に告白して、とりあえず手を繋ぐところからって言う、よくわかんないけど、多分前向きな返事をもらって握手した。そしてあまりの感動に震えあがった私は、不自然でない程度にその場で二人と別れて、こうしてベンチで座っている。


「……本当に現実? 途中から、記憶がだいぶ曖昧なんだけど」

「めっちゃ舞い上がってましたしね」

「そう……」


 とりあえず頬をひねってみたけど、普通に痛い。現実だ。そして今が現実なら歩が私の妄想に沿った会話をするわけないし、やっぱり現実なんだろう。そうか……。

 ふ、ふふふふ! やばい。すっごいにやける! だって、断られなかった! 握手からってのが、友達状態なのか恋人候補状態なのか、すでに一応恋人なのか、まだよくわからないけど、前向きな返事だったんだ!


「にやけてますね」

「そりゃ、そうでしょ。ぐふふ」

「……ねぇ、市子。なんで、私に言ってくれなかったの?」

「……悪いとは思う。でも、わかってるでしょ?」


 今まで、歩とは何でも話せる間柄だった。お互い、卓也君が好きになったことはわかっていたし、今日も可愛かったとか、何度も会話に上がっていた。

 でも私は告白することだけは言わなかった。だって、言ったらどうなる? 歩もするって言うに決まってる。どっちが先に言うかなんてなったら、歩の方が思い切りがいい。先に言われてしまう。同時に言うとか? そんな、小学生じゃあるまいし。

 加南子は元々卓也君の特別だし、気にならない。でも歩は、私の幼馴染で親友で、ライバルだ。歩には負けたくなかった。歩は積極的で、何度か負けたと思ったことがあるけど、歩だからと気にしてなかった。でも、卓也君だけは、負けたくない。


 私のこの考えを、歩ならわかるはずだ。でも、それでもどうして一言言ってくれなかったのかって、そう考える歩の思いもまた、わかる。言いたくなる気持ちだってわかる。逆の立場なら、私も口に出していた。


「わかるけど……わかりますけども! でも、こんなの見せられて、私いつ告白すればいいんですか!? 私だってめちゃくちゃ好きなのに! 思わず私も! はい私も愛人希望します! って途中口挟みそうになりましたよ!」

「ありがとう、歩」


 我慢して、空気読んで黙っててくれて、ほんとありがとう。最初に黙っててって言ったけど、途中から混ざってくるかなとかちょっと不安だったけど、ほんとにありがとう。


「……いくら私でも、市子の本気の告白には割り込めませんよ」

「ありがとう、信じてた」

「嘘ばっかり。……まじで、はぁ。絶対、私が先に、恋人になりたかったです」

「……それは私もだよ」

「はあ、私だって、夏休みがチャンスとは思ってましたよ。でも、もうちょっと二人が落ち着くまでって思ってました。まさか、市子が告白をするとは」

「結構露骨に言いかけてたけど」

「いやそりゃ、卓也君ですら気づくレベルでしたけど、だからこそ、まさか聞いたその場で告白しようとすると思わないし、予想外すぎます。ちょっとは恋人なりたての二人に気をつかいましょうよ」

「う」


 それはその……ちょっとは、思ったけど? でもどっちかと言うと後回しにする言い訳としてであって、あんまり考えてなかった。だって。あの二人、もう生まれてから恋人でもいいくらいだし。付き合ったならもういいかなって言うか。


「2人が落ち着いて、でも夏休みが終わる前くらいにって私も考えてました……でも、この流れで私が告白したら微妙じゃないですか? 便乗感ありません?」

「私としては、私と卓也君の関係が恋人として落ち着いてからって思ってるんですけど」

「なに敬語つかってるんですか。抜け駆けされて、しかも一言もないしマジむかつくけど一応、少しは気をつかうつもりでしたけど、やる気なくなるんですけど」

「マジ頼むって」

「いや急に軽くされても……まあ、いいですよ。市子の為じゃありませんけど、卓也君を連続して困らせたり混乱させたりしたくありませんから」

「ありがとう。歩が告白する時は、私がフォローするから」

「は? すでに恋人になっている体で話すすめんなし。フラれても慰めねーぞ」


 あ、はい。

 いやフラれるつもりはないけど、うん。まだ確定じゃないし、調子に乗らずに行こう。

 ……ふふ。やべ。にやけるのはとまらないわ。


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