カミングアウト?
「あ、あの、さ」
「ん? どうかした?」
帰り際、市子ちゃんが言いずらそうにしながらも口を開いた。なので僕は平静を装いつつも返事をする。
さあ、いつでも重要な相談事をされる心の準備はできているよ! なんたって僕たち、友達だもんね!
「えーっと、その、あー……、ごめんなんでもない」
「あえっ!? えー? いや、絶対何でもあるでしょ」
今にも言うか、と思ったのに言わないから思わず突っ込んで聞いてしまった。
言ってから、いやでも、まだここ駅前だし、人ごみって程じゃないけど人気がないわけじゃないし、場所が悪いよね。こんなに言いにくそうな話だ。もっとちゃんと場所を整えてあげよう。
「ごめんごめん、なんでもなかったね。ところで、この近くにこの時間なら人が少なくなりそうな公園があったと思うんだけど、ちょっと寄って行かない?」
「あー。うーん……うん。悪いんだけど、寄ってもらえる?」
「もちろん!」
追及されて困り顔になった市子ちゃんに慌ててフォローを入れると、市子ちゃんは目線をそらしながらも頷いた。
これで下準備はばっちりだ。はー、なんだろう。いったいどんな相談をされるのか。僕だけだと力になれないかもだけど、かなちゃんも歩ちゃんもいるんだからなんとかなるだろうけど、ちょっと不安だなぁ。
はっ、いや! そんなの、相談する方が不安に決まってる。今人にすぐ話せないような大変なことで困っていて、人に相談して心の内を打ち明けるなんて、相当な覚悟と信頼がないとできないはずだ。なら聞く方は自信満々なくらいじゃないと、とても言えないよ! 絶対解決してやるくらいの気持ちでいなきゃ。
公園まで移動する。思ったより人はいる感じだけど、公園自体がかなり広めなので、隅の方の誰もいないベンチに移動すれば聞かれる心配はない。
「あ、と……まあ、私がなんか言おうとしてるのは、うん、察してると思うんだけど、えーっと、みんなの前で言う前に、先に加南子にちょっと話したいんだけど、いい?」
「え? 私? いいけど」
「お願い。じゃあ、歩、絶対こっちくんなよ」
「釘さすなし」
あ、あれれ? ベンチの前に円陣を組むようにたって準備万端だったのに、市子ちゃんはかなちゃんだけ連れて離れた。
意気込んでいただけにがっくりしそうなのを耐えていると、釘をさされた歩ちゃんはちぇーとわかりやすく唇を尖らせてから、背を向けている二人を横目に口を開いた。
「卓也君、こっそり近づいて聞き耳たてませんか?」
「歩ちゃん、結構真面目な相談っぽいのに、そういうのは駄目だと思うな」
「う、すみません……っても、市子だし、絶対そんな深刻な悩みとかじゃないと思いますよ。てか、相談じゃない可能性あります」
「ん? 相談じゃないって? あんなに言いかけてやめたり気まずそうになることなんて他にないでしょ?」
「うーん、そう言われたらそうなんですけど……だとしたら、一応、私に一番に言ってくれると思うんで。あ、別にそういうあれじゃないですけど、幼馴染だし」
ん。そう言われたら確かに? 僕だって、二人のことは友達だし何かあったら相談するかもだけど、一番最初に話すって言われたらやっぱりかなちゃんだ。恋人になったからだけじゃなくて、元々、やっぱり距離感とかも違う。同じ友達って立場に差はないけど、やっぱり付き合いの長さからくる距離感とかはやっぱ違うし。
あえて歩ちゃんに言わない。しかもかなちゃんに一番に話す? 明らかに僕が言わせようとセッティングしているのにものってきたくらいだし、口が重いことで言いたいことがあるのは間違いないだろうに。相談じゃなくて……?
え? 全然想像がつかない。何を言われるんだろう。とりあえず、何を言われても驚かない準備をしておこう。もしかして歩ちゃんはもう知っていることとか……相談じゃなくて報告? カミングアウト? ………は! 実は男とか? でもだとしたら、あえてかなちゃんと僕に分ける必要ないだろうし。むしろ同性の僕に先に言ってくれてもよくない?
いや、ていうか、そんなわけないか。学校の制服も女子だし。仮に学校の理解得られてたとして、こんなに可愛い男なんていないだろうし、ていうか同じクラスになるのおかしいし? いやそうでもないのか? あ、声も可愛いし?
ていうか、どっちかと言わずとも、一番あり得ないようなことから考えてるけど、本当は何なんだろう。まだかなー?
二人の背中を見ながら、市子ちゃんの言うことを考えていると、急に市子ちゃんがかなちゃんに抱き着いた。んん?
「ありがとう! 加南子!」
そしてこっちまで聞こえる声でお礼を言った。え? いったい何が……。ほんとに何?
何だかちょっとわけのわからない恐怖感を感じていると、話がまとまったらしく、二人が神妙な顔でこっちにやってきた。
「ごめん、二人とも。お待たせ」
「あ、ううん。それはいいけど」
「それで、何だったんですか? 実は市子が女色家だったとかですか? さすがの私も引きますが」
「違うわ! すぐおちゃらけんなって」
「え、あ、はい。……ガチで真面目系?」
低めのトーンでの指摘に、いつものおちゃらけ感の歩ちゃんは身を引き締めるようにちょっと頭を下げた。
「ガチで。てか、そこは空気読め」
「はい、ごめんなさい。茶化さないし、余計な口も挟まないから。どうぞ」
「ん」
咳払いするように喉をならして場を整えた市子ちゃんは、かなちゃんを一度見てから、何故か僕に一歩近づいた。手を伸ばせば届く距離で、あれ? もしかして僕に言うのかなと気づいた。
となると、やっぱり相談じゃなくて、報告って言うかカミングアウトみたいなこと? まさか?
「すっ、好きです!」
「へ?」
馬鹿なことを考えていたせいで、一瞬意味が分からなかった。失礼にも馬鹿みたいな声を上げてしまった僕に、市子ちゃんは気づいたらなっていた真っ赤な顔で、まるで睨むような顔でもう一回口を開いた。
「好きです! 卓也君が、好きです!」
「あ……あ。そ、その」
意味が頭に追いつく。でも、意味が分かっても、どう反応していいのかわからない。告白何て、されたことがない。かなちゃんにも僕からみたいなものだし。でも、いままでかなちゃんしか見てなかったけど、僕を好きになる人なんて他にいたのか。ていうか意識してみたら、市子ちゃんって結構可愛いかも。っていやいや、僕は何を考えてるんだ。ちょろいな。と言うか落ち着け。かなちゃんの前だ。同じ断るにしても、もうちょっと冷静に言わなきゃ。えーっと。
困惑する僕が言葉を考えていると、畳みかけるように市子ちゃんは続けた。
「だから私を、愛人にしてくださいっ」
「は……はぁ?」
え、いや、ちょっと……い、意味が分からないぞ!? あいじんって、愛人!? は? え? う、浮気相手でいいってこと? え? だとしても、それ、かなちゃんの前で言うこと!? は? てか、いまかなちゃんと話してたのは!?
おもわずぎょっとしてかなちゃんを見ると、何故か頷かれた。
え? え? えっ!!? 公認? 公認ってことは、え? 二股かけろってことなの? え? い、意味が分からないぞ! かなちゃん僕のことどう思ってるの!? この世界の倫理観おかしくない!?




