その後
その後、かなちゃんと僕はベッドの上でもつれるようにキスをしたけど、結局かなちゃんがヘタレでロマンチストで、もうちょっと場を整えてから、とか言い出して、解散になった。
正直僕としては、恋人同士の夏休み、初めて行った彼女の部屋で家に誰もいない昼過ぎって、もう他に邪魔が入らないこれ以上いいタイミングあるのってくらいだ。僕の家だと万が一、お姉ちゃんがってことあり得るし。
納得できなくて、じゃあいつするのと問い詰めると、あ、明日。とか間の抜けた返事が返ってきた。
そして明日、という名の今日がやってきた。
迎えに来てもらったかなちゃんと共に、お昼過ぎにかなちゃんの部屋に行くと、かなちゃんなりにロマンチックにしたらしい。音楽を鳴らして、カーテンを閉めて、ろうそく風ライトが点灯していた。
「……」
「……」
そしてベッドの上で向かい合っている。なんだ、この状況は。馬鹿馬鹿しすぎる、と自分でも思うけど、緊張してどうしていいのかわからない。
昨日こそ切れ気味に詰め寄ったけど、いざ、というかこんなに冷静になって向き合って、はいどうぞ、みたいになっても、じゃあ、なんてすぐその気になれるわけがない。ましてお互い初めてで、始め方だってわからない。
こういう時こそ、女の子のかなちゃんがリードしてくれなきゃいけないのに、かなちゃんと来たら血走った眼を泳がせては僕をちらちら見ている。
さては昨日、あんまり眠れなかったな?
ここでこうしていても、話が進まない。僕は意を決して口をひらいた。
「か、かかなちゃん」
「はいっ」
はいじゃない。僕も噛んだけども。
「その、ど、どうする? あ、ていうか……えっと、一応、朝、シャワーは浴びたんだけど」
「あ、わ、私も、ちゃんと、迎えに行く直前に行ったから、あ、安心してください」
「あ、うん」
「えっと、その」
かなちゃんは言葉を濁してから、ぶんぶんと頭をふる不審な挙動をして、それからきっと顔をあげた。そのきりっとした顔つきにどきっとする。
「そ、それじゃあ、し、しよう!」
「う、うん……」
「……」
いやだから、そこで止まられると困るんですけど!
もうやってられない。だいたい、かなちゃんだって寝不足かも知れないけど、こっちだってそうだ。かなちゃん都合で人を寝不足にしておいて、何だその態度は!
だいたい、これが向こうの世界でかなちゃんが怖くて物おじしてて、とかならいくらでその気持ちを汲んであげたい。でも違うじゃん! むしろかなちゃんの方が野獣な訳じゃん? 僕よりよっぽど性欲強いわけじゃん? なのになんでそんなに奥手なのさ!
あああ、同じ野獣側だっただけに何だか余計にヘタレかよっていらいらするぅ。
「もう!」
僕はもうこのじりじりした状況にも、微妙な恥ずかしさにも耐えられなくて、勢いよくシャツを脱いだ。
「え、ちょ、た、たくちゃん!?」
「かなちゃん、目を隠さない! ていうか、僕も恥ずかしいんだから。話が進まないでしょ!」
「は、はいぃ……」
一度は自分の目を隠しかけたかなちゃんだけど、僕の言葉に手を膝の上に下した。そしてゆっくりとそらしていた目を僕にむけ、すぐに胸元へと移動した。わかりやすい! そして、わかっていても恥ずかしい!
「かなちゃん」
「う、うん……ほ、本当にいいんだね? もう、今更遅いよ?」
「今更だよ。ていうか逆に、ここまでした僕に服を着させて、今からどういう態度をとる気なの?」
「だ、だよね……じゃ、じゃあ」
かなちゃんはそっと僕の肩に手を伸ばした。
○
それから色々あったけど、僕らは色々なことを済ませた。あの日からの数日はまるで光のように日が過ぎたけど、少し落ち着いた。
最初はかなちゃんにいい加減にしろよって感じのこともあったけど、なんとなく僕らの関係も落ち着いたと思う。少なくとも、僕の過剰防衛な恐怖心も出なくなったし、かなちゃんが過剰にヘタレることもなくなった。
それからずぶずぶの夏休みを過ごした、とかだと目も当てられないけど、幸い家族に怪しまれない程度には僕らは平静を整えられた、はずだし、今日だってちゃんと友人との約束をドタキャンすることなく普通に楽しみに迎えた。
「あれ? なんか、雰囲気変わった?」
「そ、そうかな?」
僕らは至ってごく普通の、真っ当な関係の恋人、のはずだ。我ながらちょっとは恋人になってからの進展が早い気がしなくはないけど、まあ元々長い付き合いだし。普通の恋人の範疇だ。だから別に、後ろめたいことなんてないし、隠したいこととかないし。うん。いつも通りだし。平常心だし。
「そんなことないと思うよー?」
「そ、そう。と、とりあえず、行こうか」
「チケットはとっておきましたから」
「え。予約しててくれたってこと?」
「はい」
「わー、ありがとう、歩ちゃん」
今日はいつもの四人で映画を見に行く日だ。僕が好きな漫画が、満を持して映画化する。有名な奴でみんなも知っていたので、初回の今日、見に行く約束になっていたのだ。
「楽しみだね」
「うん」
「卓也君は少女漫画好きですけど、少年漫画はあまり読まないんですか?」
「んー、全然読まないってことはないよ」
元々、幼いころはかなちゃんと漫画の貸し借りをしていたこともあって、どっちの漫画も平等に呼んでいた。どっちの僕も志向として少女漫画(向こうの少年漫画的なやつ)の方が好きだから、そっちの方が多いけど、なくはない。
「私は少年漫画って呼んだことないんですけど、おすすめとかあります?」
「んー、少年漫画でも、そんな変わらないのもあるよ。ギャグマンガもあるし。あ、ビートキックとかおすすめ。主人公成長物だし、万人向けだと思う」
「あ、聞いたことあるかもしれません」
「あ、本当に? アニメ化もしてるもんね」
「あれは私も読んだけどおすすめだよ」
話しながら映画館に向かい、ふと、何やら市子ちゃんの口数が少ないことに気づく。
ちら、と見ると目が合ってそらされた。んん? え? そんなにわかるくらい僕、なんかこう、変わった? もしかして、ただならぬ色気が出てしまっている!? でも歩ちゃんは普通だしなぁ。と言うか、前回あった時もちょい挙動不審なとこあったし、もしかして続いてるとか? 悩み事?
気にしていると、歩ちゃんが僕らの視線を受けて代表して声をかけることになった。
「市子、どうしたんですか? まだ生理には早いですよ」
ぼ!? な、なに聞いてるんだ! いや、うーん、いや、男の前でそういう事聞かないでよ。ほんと、反応に困るから。
「は!? ちげーよ馬鹿! 卓也君の前で変なこと言うな! ち、違うからね、卓也君!」
「う、うん。大丈夫。何も聞こえなかったよ」
「それ絶対聞こえてた人の反応!」
「とりあえず、何か悩みあります? 市子の癖に。相談にのってあげなくもないですよ? 有料で」
「ないし、あとちょいちょい言わなくていい黒い本音出さないでくれる? ごめんね二人とも。別に悩みとかないし。映画楽しみだね!」
うーん、ちょっと心配だけど、まあ強がりでも大丈夫って言うのを無理に聞き出すのは無理だし、ここは引くか。そのうち市子ちゃんの方から言ってくれるでしょ。そう言えばこの前も、何か言いかけてたし。
じゃ、そういう事で、それまでは気をつかわせないよう、全力で楽しもう!




