へたれ
「い、いくね?」
「うん」
意気地なしのかなちゃんは、僕が相槌をうってからさらに二回確認をしてから、ようやく僕に顔を寄せてきた。
そして口づけた。ゆっくりとした口付けは、前振りを何度もしたからか、前よりもっと気持ちいい。
て言うか、キスの気持ちよさに目が眩んだだけあって、本当に気持ちいい。普通に死にそうなくらい気持ちいい。もうずっとこうしてたい。
少し苦しくなってきてから、自分が息を止めていたことに気が付いて、ちょっと冷静になった頭でそっと鼻呼吸をした。すると、途端にかなちゃんの激しい鼻息が伝わってきて、少し笑いそうになる。
かなちゃんも呼吸を忘れていたな。
落ち着けてお互いにゆっくりと鼻呼吸しながらも、唇はずっとくっつけたままだ。鼻息が顔に当たって、少しくすぐったい。だけどそれ以上に、かなちゃんの呼吸で、かなちゃんの唇を僕がふさいでいるのだと実感させられて、余計に興奮する。
もっと、かなちゃんの唇を感じていたい。気持ちいいし、ずっとこのままでいたい。と思っていると、ふいにかなちゃんの唇が震えだす。ぴくぴくって言うか、むにむにって言うか。なんか、触れているって言うより、唇で触られているみたいになってきた。
自分の唇が自分以外の意思によって動くことは、何とも言えないくすぐったさとむず痒い感じで、体の力が抜けてしまいそうだ。
ぐっと自分の手を握りしめているけど、なんだか頭がぼーっとしてきて、唇が開く。
「っ」
「!?」
その時、かなちゃんがぺろりと、僕の上唇を舐めたものだから、反射的に歯をくいしばった。もちろんかなちゃんの舌は唇に触れているだけだから、噛んだりはしない。
だけどかなちゃんの下唇を僕の唇で挟み込んだ。
「……」
時が止まったような気さえした。僕はかなちゃんの下唇を、かなちゃんは僕の上唇を挟むようになっている。なんだこの体勢。
「っ」
しばらくお互い固まっていたけど、かなちゃんがゆっくりと、また僕の上唇を舐めた。おずおずと触れたかと思うと、撫でるように舐めだした。
まるで、神経そのものを撫でられてるような、飛びあがりそうな感覚だ。足の指が制御から外れて勝手に動く。前屈みになってかなちゃんの唇に体重をかけるようになってしまう。
自分の膝の上の、左手の握りこぶしを握りしめながら、右手で思わずかなちゃんの左手首をつかんだ。
そうしながら、自分でもよくわからないまま、僕は応えるようにかなちゃんの下唇に舌をあてた。
「っ!?」
その瞬間、僕はかなちゃんに物凄い力で押さえられて、たまらず背中から倒れた。その横から乗り上がるようにして、かなちゃんは僕の両肩を押さえたまま、改めてキスをした。
そうかと思うと、すぐに舌を入れてきた。
「んん!?」
一瞬、熱い鉄でも入れられたかと思った。そのくらいの衝撃で、かなちゃんの舌は僕のなかに入ってきた。
押さえられた肩も、上から見下ろすかなちゃんも、力強さもその熱も、何もかもが恐ろしくてたまらない。なのに、それらすべてを忘れるくらい、気持ちいい!
なんだこれ、なんだこれ!! さっきまでしていたキスの気持ちよさなんて、嘘だ。頭がおかしい。もう何も考えられない。
掴んだままだったかなちゃんの左手首を、ぎゅうっと強く握る。すると、ぱっとかなちゃんが離れた。
「ぇ?」
空気が漏れるような声を出しながら目を開けると、かなちゃんは起き上がっていて、僕の両肩は掴んだままなものだから、体重がかかってちょっと痛い。
「ご、ごめん。ごめんねっ! あの、そ、そんなつもりじゃなくて!」
「え?」
なに? え?
……あ、そう言えば、変な意味じゃないけどとかって無駄な前置きしてキスしたっけ。うん。で、そんなつもりじゃないのに舌をいれてきたと? ていうか、冷静になると押し倒されて頭は打ってないけど背中が地味に痛い。
うん、そういうのもういいから。
かなちゃんは一歩引いて、土下座しそうな勢いで床に手をついて謝ってきた。仕方がないので僕も手をついて起き上がる。あいてて。姿勢固まってたから、ちょっと痛い。両手を上げて伸びをする。
「ほ、ほんとに、ごめんね。もう、無理強いしないから、ほんとに、ゆ、ゆるして」
この、僕ののんびりした対応を見てもまだ同じテンションで謝罪をつづけるってところがもうね。僕のこと見えてる? 怒って見える? だとしたら節穴過ぎて呆れるんだけど。
仕方ない。はっきり言ってやろう。
「駄目だよ。許さない」
「えっ!?」
「驚くねぇ」
100%許されると思っていた反応だ。僕の態度から許されると思っていた上で、でもちょっとは怒られるかもだからわざと大げさに殊勝な態度とったな。
その辺、若干いらっとしなくもないけど、でも、もう僕の中に最初の計算とか、そういうのはない。
ていうか、もうどうでもいい。なんださっきの。めちゃくちゃ気持ちよかった。冷静になっても全然収まらないくらいドキドキしてる。
あの、唇をあわせるキスだって、あんなに気持ちよくて、もうどうでもよくなってたのに。舌をあわせたら、もう死ぬほど気持ちいいなんて。
じゃあ、もっといろんなことをしたら? どんなに気持ちいいだろう。考えるだけで、ドキドキして、息がつまりそうだ。
前かがみになって、自然と僕を上目遣いで見ているかなちゃんに、殆ど無意識に唾をのみこんだ自分に気づいて、ゆっくりと息を吐く。
この言葉を言ったら、僕は何もかも、変わってしまうかも知れない。
それでも、恐怖やためらいや戸惑い、それら全てを塗りつぶしてしまうほど、気持ちよかった。どんな世界の、どんな僕も結局は、かなちゃんのことが大好きで、そして男なんだと、わかってしまった。
「もう一回」
「え?」
「もう一回、してくれなきゃ、許さない」
僕の言葉に、かなちゃんは一瞬ぽかんとしたように口を開けてから、目を見開いて口元に手を当てて、がっとその手を力いっぱい開いてから、あわわわと口で言いながら両手を振り出した。
「あわわ、あわ、あわわ。え、ええ? あ、あの、え? だって、そんな、えと、あの、そ、その……き、気持ちは嬉しいし、その、の、望むとこだけど、あの……ご、ごめんね。私は、その、女だから、が、我慢できなくなっちゃうよ。今度こそ、本当に」
落ち着いたのか途中から手を下ろして、目をそらして頬をかきながら、かなちゃんはそう言った。
もう、全く、何にもわかってない。と言うか、僕のことを何だと思っているのか。かなちゃんは、男と言うのに夢を見すぎじゃないのか。
「いいよ」
「……えっ!!?」
「う、うるさい。何回も言わせないでよ! いいよって言ったの!」
めっちゃくちゃ大きな声で聞きかえされて、途端に羞恥心の針が限界突破して、僕まで大きな声で返してしまった。
「え、ええええっ!? な、なんで、え、だって、でも、そんな。わ、私、だって。た、たくちゃんにあんなこと、したわけだし」
「そんなこと知ってるよ。忘れるわけないでしょ。その上で、今僕らは恋人なんだよ」
色々とこじれた僕たちだったけど、その上で、今一緒にいる。
恐かった。今も残るほどで、今大好きだと思いあうかなちゃん相手でも、強くされるとまず恐いと恐怖がわいてくる。だけどそれを覆す、いや、だからこそ、めちゃくちゃ気持ちよかった。
僕の答えに、かなちゃんは何故か正座をした。
「ほ、本当にいいの?」
「もう一回しないと、許さないって、言ったよ」
かなちゃんはごくりと、唾を飲み込んだ。




