かなちゃんの秘密2
現状を冷静に考えよう。
かなちゃんは僕のことが大好きで、でも手を出すわけには絶対に行かなくて、こっそり盗撮をしていた。そして写メをとって、それを見るだけで飽き足らずにわざわざ写真としてしっかり印刷して、それをアルバムにまとめては、片付けなきゃってなってこんなに手近なとこに入れるくらい傍に置いていて、定期的に眺めてにやけていたのだろう。
そして本人がどうにかなっちゃうと言うくらいなんだし、向こうの僕なら夜に見てしまうなってそういう用途を邪推しても、きっと自意識過剰な下種の勘繰りってことはないだろう。
ついでに子供の頃の僕との写真と、恋人になって最初のデートで隠し撮りした写真に至っては写真たてにいれて目につくところに飾っている、と。
まあ最後はともかく、最初の段階は本当に気持ち悪いなぁ。限度があるよね。本当に出来心で一回二回盗撮して、こっそり楽しむくらいならともかく、このいつでもデジタルで見れる現代においてわざわざ印刷してまとめるって言うのが、撮影量の多さも実感させるしちょっと粘着質的って言うか。
「……ふぅ」
まぁそうは思うけど、それはこの行為そのものに対する嫌悪感だ。いざ目の前のかなちゃんを見て、黙る僕に涙目になっているかなちゃんには、可愛さしか感じない。
「本当に、かなちゃんはしょうがないなぁ」
なので、しょうがない。惚れているからしょうがない。これが赤の他人なら、マジで気持ち悪いし通報したいくらいだけど、かなちゃんだからしょうがない。
「た、たくちゃん……? 許してくれるの?」
「その代わり、二度と盗撮はしないで。ちゃんと許可とって。印刷はしたとして報告してほしいし、あくまで思い出用のアルバムとして奥にしまい込んで。頻繁に見ないで」
「ひ、頻繁てほどじゃ……はい。すみません。だって、たくちゃんの顔が、その、好きすぎて、つい見たくなって」
あ、はい。なにそれ。言い訳なの? それともただ本気で言ってるの? て言うか
「僕の顔が見たいなら、会えばいいでしょ」
恋人でしかも超近所なのに、顔が見たいから写真はどうかな。深夜ならともかく、普通に言って? 多少遅い時間とか朝早くても、ちゃんと会うから。テレビ電話と言う手段もあるしね? その機能使ったことないけど。
「た、たくちゃん……! ありがとう、本当に。たくちゃん、愛してる!」
「あ、愛って、もう、調子よくない?」
「だって本当に、私、嫌われたって思ったもん。なのに許してくれて、たくちゃんが優しすぎて、惚れ直したよぉ」
うっうっ、と喉を詰まらせるようにして、本気で泣き出した。
えぇ? そ、そんな泣く? いやいや、逆だったらって考えたら、かなちゃんだって許してくれるでしょ? ……え? もしかして自分だったら許さないから感激してるってこと? だとしたら色々と言いたいことが出てくるんだけど。
とりあえず、ポケットにつっこんでいたポケットティッシュを取り出して、かなちゃんの涙をぬぐう。かなちゃんはティッシュを受け取ってぬぐい、鼻をかんで返してきた。なんでやねん。ハンカチ返すのりで返してくんな。ゴミだろ。てかハンカチでもそのまま返すな。
「かなちゃん、落ち着いた?」
いらっときたけど、しょうがないので受け取って机横のごみ箱に投げた。あ、落ちた。まあ、かなちゃんの部屋だしいいか。
頭をなでてなぐさめていると、ようやく落ち着いたらいいかなちゃんは鼻をすすりつつも笑顔になった。
「うん、ありがとう、たくちゃん」
「いいよ。僕もかなちゃんが好きだから、許してあげる。だからもういつものかなちゃんに戻って」
「うん……ありがとう。もう、ほんとに大好き」
にこりと微笑むかなちゃんに、照れくさくなって頭をかいて、はっとした。
あ、これめっちゃいい雰囲気じゃない? かなちゃんの訳のわからない自爆が切っ掛けなのは置いといて、今確実にいい雰囲気きてる!
うー、やばいな。計算で作った雰囲気じゃないから、普通にドキドキする。ここで作戦を実行するべきか否か。いや、もうなかったことにしてもいいんだけど、でも、何ていうか、普通に許したからますます調子にのられる気もする。
だって、もうこれ僕のせいじゃないでしょ? こんなのかなちゃんの性癖だし、さすがにかなちゃんの変態性は僕のせいじゃないでしょ。殺風景な部屋も、他にも色々隠してるだけなら、全然遠慮する必要ないわけだし。
「ね、ねぇたくちゃん、その、へ、変な意味じゃないんだけど、その、抱きしめてもいい?」
「……いいよ」
言われた瞬間、もう葛藤とかなくて、そんなの聞かずに抱きしめてくれればいいのに、と思ってしまって、悔しく思いながら了承する。
だって、かなちゃんからしたら、僕が受け入れて感動してのハグだろうし? 下心がないなら当然セーフだしね。と自分の中で言い訳する。
頷く僕に、かなちゃんはぱっと嬉しそうに顔をにやけさせて、じりじりとにじりよるように膝を動かして僕に寄ってくる。そして両手をそっと伸ばしてきた。
かなちゃんの膝頭が僕の胡坐を組んでいる足の中央、足首あたりにあたる。かなちゃんの手がそっと僕の両肩をそれぞれつかむ。緊張しているらしく、力強く、どきっとする。
ゆっくりと、かなちゃんの肘が曲がって近づいてくる。あれ? って、ちょっと思った。ハグって、こんな風に肩掴むっけ? って、思った。
でも言葉が出なくて、僕はじっと体を固くした。
「……」
かなちゃんは段々膝立ちになって、僕を引き寄せてまるで僕を胸に押し付けるみたいにして、ぎゅっと密着した。
な、なんだこれ。まじで、めっちゃ顔が胸にはまってるって言うか、え? なにこれ。思ってた以上にかなちゃんって胸があるんだって言うか。え? 抱きしめていいってこういうこと?
やばい、なんか、すごい、こ、興奮してきた。向こうにいた時ほどじゃないし、女の子にトラウマあるって言っても、その、だって、ねぇ? 好きな女の子にこんなことされたら、そりゃあ動揺するって言うか。
「たくちゃん」
「!」
かなちゃんが僕を呼び、さっきまでも十分しっかりつかんでいた僕の肩を、さらに僕の姿勢を強制するかのように力強くつかんで、ぐっと僕の前傾になっていた体を起こした。
その強さに、強引で、予想外のその動きに、僕はさっきまでの興奮が飛んで一瞬で冷静になる。背筋が、かなちゃんにされただけじゃなくて伸びる。
今、かなちゃんの胸の中であんなにもっと強く抱きしめてほしいし、凄い好きだし、興奮もしていたのに、それでも今、恐怖を感じた。
じわじわと変な汗が出そうだ。それでも、僕の目には、かなちゃんは昔のような恐ろしい無法者には映っていない。
ちょっと赤くて、目を見開いていて、緊張から固くなっているのが丸わかりで、僕のことが大好きなのが丸わかりの、いつものかなちゃんだ。
「……なに?」
僕の体から、恐怖が抜ける。
女の人は恐い。力が強くて、どんなに嫌でも敵わなくて、どうしたって抗えない。無理強いをしようとされたら、拒否できない。だから恐い。どんなに嫌でも泣いても叫んでも、どうにもならないから、女の人は怖い。
だけどかなちゃんは? かなちゃんは、もう僕にそんなことはしない。嫌がることをしない。それは、かなちゃんを信じてるとかじゃない。
ただ僕が、かなちゃんを大好きだから。例え何かされても、それを嫌じゃないから。キスだって、何だって、僕が嫌じゃない。だからかなちゃんは何をしたって、僕に嫌がることをしようがないんだ。
かなちゃんの力がどんなに強くても、例え強引だとしても、全然、恐がる必要はないんだ。
「変な意味じゃないんだけど、その、き、キスしてもいいかな?」
「ふっ」
真剣な、ちょっと血走った感じの必死な顔で、かなちゃんはそんなことを言う。思わず笑ってしまった。
だって、おかしいでしょ、そりゃ。そんなの、わざわざ聞く事? ていうか、変な意味じゃないキスってどういうことなの?
「な、なに笑ってるの? いま、そう言う雰囲気じゃなくない?」
「変な意味じゃない雰囲気なんでしょ?」
「そ、それはそうだけど」
ちょっとむっとしたようなかなちゃんだけど、僕の指摘に視線を泳がせる。もう、本当に可愛いんだから。
「いいよ」
「え?」
「何度も言わせないで。いいよ、キスしても。変な意味でも、いいよ」
「たくちゃん……い、いくね」
「うん」
あんまり大げさに口に出されると、逆に恥ずかしい。でもそこまで言うのは無粋だろうし、僕は黙って相槌だけうった。




