髪を編む
「かなちゃん、提案があります」
「え? なになに? なにかな?」
おや? 何だか期待しているような嬉しそうな顔をされた。言い出しにくい。
今日の分のノルマである夏休みの課題を済ませて、午後からはデートだ。なので今日こそ、かなちゃんにしっかり話して、僕を妙にディスるのをやめてもらいたい。
なのにそう言う嬉しそうな顔されたら言いにくいに決まっている。いやまぁ、とは言え無意識のことに直接的に言っても効果はあんまりないだろうから、遠回しに気づかせるつもりだし、いいか。
「午後からのデートだけど、人ごみはさけて、あんまり人気のないところがいいんだけど」
「えっ」
「ん? なに?」
「な、なんでもないよ?」
「そう? で、だから、普段あんまり行かないけど、山の方の神社行かない?」
別に神社に行きたいわけじゃないけど、あんまり人ごみでは駄目だ。
僕の計画はこうだ。人気のないところでいい雰囲気になれば、人ごみと違ってかなちゃんが調子に乗ってくるだろう。そこでさりげなくすげなくして、僕がいつでもウェルカムで何でも許しちゃうわけじゃないって思わせるんだ。
考えたら、僕から告白したし、僕からキスしたいって言ったし、僕から正式な恋人になろうとした。全部僕からだ。こんなの、かなちゃんじゃなくても、僕がかなちゃんにべた惚れだと思うだろう。まあそれは事実としても、だからって調子にのって上から目線とか生意気だから。
僕の提案に、かなちゃんはにこって笑う。く、可愛い。でも僕は負けない。
「いいね。初詣くらいでしか行かないけど、せっかくだし神様に報告しようか」
「報告?」
「うん。無事、恋人になれましたって」
無事って、前からなりたかったんですね、はいはい。照れるけどそれは知ってた。でも何で神様に報告なんて。あ、でも確か、お願いするだけじゃなくて本当は叶ったら報告するって聞いたことある。それかな? いや、まぁまさかね。
「なに、もしかして、僕と恋人になりたいとか、お願いしてたの?」
「えへへ、実はね。もう何年もしてたから、神様には特大でお礼言わなきゃ」
「……」
はぁもう、ほんと可愛い。うああ。なんだよこれ。もう、かなちゃん、二人きりの時、いつもの5倍くらい可愛い。
あー、駄目駄目。キスしたいとか考えちゃダメ。これじゃ、神社に行っていい雰囲気になったらそのまま本当にキスしちゃう。何とか僕が有利に立たないと!
「か、神様よりさ、僕じゃない?」
「え? なにが?」
「かなちゃんと僕が恋人になるってお願いを叶えたのは僕なんだから、かなちゃんがお礼するの僕じゃない?」
って、何とか絞り出したけど、結構めちゃくちゃなこと言ってる気がするぞ?
照れくさくて目をそらしたけど、かなちゃんの反応が怖くてちらっと様子を伺う。
かなちゃんは僕のセリフが予想外だったのか、きょとんとしたけど、一瞬だけですぐににこってまた優しく微笑んだ。
「うん、ありがとう、たくちゃん。私のこと好きになってくれて、ありがとう。これからもずっと大好きだよ」
そう言って、そっと右手をのばして僕の頭にのせて、髪をとかすように撫でてきた。
「……」
はっず! なにこれ恥ずかしい! うわああ、もう、う、嬉しいけど、嬉しいし撫でられるのなんか結構気持ちいいし、ドキドキするし、かなちゃんが格好良くすら見えて、もっと好きになっちゃうけど!
でも恥ずかしい。考えたら、自分からお礼言えとかおかしいし、しかも頭撫でられて喜ぶとか子供か! 男なのに、あ、でもそれはおかしくないか。……うー、でもやっぱり恥ずかしい!
しかもよく考えたら、これだと、余計かなちゃんに甘えているみたいで、かなちゃんを僕がリードする展開になんてならないぞ! とりあえず僕もやりかえして、元に戻そう。
「ぼ、僕こそ、ありがとう。その、ずっと好きでいてくれて。僕も、ずっと好きだよ」
つい視線が泳いでしまったけど、なんとかかなちゃんの右手をひいて降ろさせてから、僕がかなちゃんの頭に手を当てる。
あ、かなちゃんの髪めっちゃさらさら! うわ、撫でるの気持ちいい。なんだこれー。
おもわずまじまじと見てしまう。かなちゃんは僕の行動に困惑しているみたいで、眉尻を下げているけど、まんざらでもないみたいでにやけている。
「かなちゃん、髪の毛、さらさらだね」
「あ、そ、そうかな。えへへ、ありがとう。喜んでもらえるなら、もっと、のばそっかな」
「うーん、どっちでもいいけど、今より短くは、しないでほしいかな。あ、もちろんできればだけど」
今のかなちゃんは肩に届くくらいの髪だ。昔からこれより短いショートカットにはなったの見たことないし、可愛いから、このままがかなちゃんらしいし、似合う。
「うん。わかった。そうする。私ショート似合わないしね」
「そうなの?」
「うん。仮想でしたら微妙だった。でもだからって、私結構不器用だから、あんまり伸ばしても、髪の編んだりできないから、このくらいにしてあんまりいじらなかったけど。たくちゃんが髪の毛好きなら、気にしてみようかな」
撫でながらそんな会話をしていたら、興味がわいてきた。今まで女の子の髪の毛って、可愛くて綺麗で、ちょっといい匂いがするくらいで、自分が触ってどうこうするものだと思ってなかった。
でもこうしているとだんだん慣れてきて手に馴染んできたし、かなちゃんも触られるのになれてきたみたいだし、もうちょっと色々と触ってみたくなった。
「ねぇ、ちょっと提案何だけど」
「ん? なに?」
「髪の毛、編んでみていい?」
「………………い、いいよ」
何故か笑顔が固まって、だいぶ間をあけてから返事をされた。でも許可が出ればこっちのものだ。例え、僕が不器用だと不安がっていたとしても、織り込み済みで了承されたんだから関係ない。
「じゃあ、髪ゴムとか用意しなきゃね」
正直自分でもうまくできるか自信はないので、下手に突っ込んだりはせずに話をすすめる。
「あ、うちにあるよ。とってくるね」
「うん、じゃあ、その間にお昼ご飯作っておくね」
「ありがとう」
夏休みもそろそろ二週間となり、お昼時に僕の家にいる時はいつもつくっているので、習慣化してきた。この調子で、かなちゃんの胃袋をつかみたい。
と偉そうに言ってみたものの、そんな手の込んだ料理を昼間からつくるわけがない。今日は焼きそばだ。余っていた竹輪のせいで、ちょっとボリューミーな感じだけど、かなちゃんが食べるでしょ。
「お待たせ―」
かなちゃんが戻ってきた。どうでもいいけど、かなちゃんが僕の家に入るときに、お邪魔します以外で入ってくるの、なんか楽しい気分になるなぁ。
「おかえり」
居間の入り口まできたかなちゃんを振り向いて声をかけると、かなちゃんはにこにこしたまま定位置となりつつある席に着く。
「うんっ。……へへ、なんか照れるなぁ。新婚さんみたいじゃない? ねぇねぇ、ちょっと、玄関まできて、出迎えてくれない?」
「いや、馬鹿なの?」
すでに席についてるくせに、どうしてそういう発想になるのかな。めちゃくちゃ面倒くさいじゃん。また今度してあげるから、黙って座っててよ。
「えー、つめたい」
「はい、できたから、お皿出して」
「はーい。大きさこれでいい?」
「うん」




