恋人になって
「……」
かなちゃんがやってきた。特にどこに行こうとも決めていないので、部屋に上げた。そうしてドアを閉めた瞬間、しまったと思った。またやってしまった。
学習能力がないのか僕は。いつものこと過ぎて、最初に目が合って照れていたくせに、当然のように部屋に上げてしまった。こんなの、昨日のキスを思い出してしまうに決まっている。
「たくちゃん、緊張してるの?」
「ん。な、なに笑ってるの。変な顔してるよ」
「ぐ。変な顔って、こ、恋人に、そういう言い方はないんじゃない?」
「う」
恋人って、それはそうだけど……って、僕らは何をやってるんだ。意味もなくお互いにダメージをあたえてどうする。固くなってしまう僕をからかうようににやにやしているかなちゃんが悪いけど、むやみに争うことはない。
だいたい、恋人なのにそう言う風に意地を張りあったりする必要はない。素直に行動しても許されるんだから。とは思うけど、でもやっぱり恥ずかしいし。
うう。いや、でも、恥ずかしいって言うので、開き直るのもよくないよね。こうやって意地を張って、今はお互いに両思いだって確信している。だから何を言っても、疑ったりしない。でももしかしたら、このまま続けたら、いつか勘違いしたりすれ違ったりして、仲がこじれてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。それだけは、死んでも嫌だ。付き合って、恋人になった以上、もう別れるなんて絶対にない。これからずっと付き合って結婚して一生を共にするしか、かなちゃんと離れない道はない。
「かなちゃん」
「え、あれ、お、怒った? ガチめに怒った? あれ、ご、ごめんね?」
「お、怒ってないよ」
真面目な顔になったからか、必要以上に戸惑われてしまった。さっそく誤解が発生するとは、不覚!
どうどう、と手をかざしてかなちゃんを落ち着ける。かなちゃんは首を傾げた。
「そう? えっと、ごめんね。急に雰囲気変わったからてっきり。でもじゃあ。なに?」
「何ってほどじゃないけど、その……つい、かなちゃんを意識して、緊張してしまうんだ。だから、変にからかわないで。僕も、つい、頑なになったり、かなちゃんを粗末に扱うようなこと、言うかもだけど、その、勝手なことを言うけど、それはかなちゃんを好きだからそうなっているわけだから、誤解はしないでほしい」
って言うか、言いながら思ったけど、僕、結構恥ずかしいこと言ってない? めっちゃかなちゃんのこと好きじゃん。好きだけど、こんな大好き感アピールするみたいに言ったら普通に恥ずかしい。墓穴をほった。
案の定、と言うか、かなちゃんも驚いたみたいに一度瞬きしてから、にやーっと、とても嬉しそうに口の端をあげた。う。素直か。
「え、えへへ。そ、そっか。うん、ごめんね、つい、私も、嬉しくて、可愛くて、ついつい。でも、控えるよ」
「うん、そうして」
余計な部分に突っ込み入れない。入れたらたぶん余計に藪蛇だ。
「えっと、とりあえず、予定をたてよう。ぼんやりしてたら、夏休みがおわっちゃうよ」
そしてぼんやりしてたら、また恋人になったと言うドキドキにのまれてしまう。
「そうだね。じゃあ、夏休みの宿題しようか」
「……え? 宿題? 持ってきてるの?」
「う、うん。何も決めてないし、手持無沙汰になったらあれだから」
「うーん。まぁ、じゃあ、しようか」
個人的にも多少はしているけど、当然まだまだ終わっていない。コツコツするタイプなので、言いたいことはわかる。わかるけど、今日はその気持ちには全くなってなかった。だってもう、かなちゃんに会うってことで頭がいっぱいで。うん、まあ。
とりあえず始める。始めて見れば、勉強ほど煩悩から程遠いものもない。机を挟んだ程よい距離感もあって、午前中いっぱいは真面目に勉強した。
お昼を用意して、いつものことなのに恋人につくるとまたちょっと緊張したり、かなちゃんもいつもより大げさに喜んでくれたりしたけど、特に問題なく済ませた。
「せっかくだし、夏休みの予定たてようよ」
さすがに午後まで宿題をする気はない。部屋に戻った僕らは何となく手持無沙汰になっていると、かなちゃんがそう言った。
夏休みの予定については、色々とやりたいことはある。まだ日付は遠いけど、ボランティア部の活動もあるし、市子ちゃんたちはもちろん、クラスメイトとも遊ぼうねって不確定だけど約束はしている。
「そうだね、せっかくの夏休みだし、もっともっとみんなと仲良くなれるよう、びっちり予定をたてようか」
「ん? ああ、そうだね、みんなとね……あの、できればその、恋人的予定も入れてほしいんだけど」
「はいはい、心配しないでも、全部は埋まらないし……僕も、したいから、安心して」
「う、うん!」
う、笑顔が可愛い! はぁ、可愛い。かなちゃん可愛い。って、僕は何を考えてるんだ。駄目駄目。こんなこと考えてたら、またキスしたくなってしまう。
恋人になったとはいえ、また下心にまみれたら、今度はどんなことが起きてしまうのか。考えるのも不安になる。かなちゃんには悪いけど、まだまだしばらくは清い関係でいてもらうつもりだ。心の準備ができるまでは、自分の下心も自制しなきゃ。
日ごろ、そんなに使わないけど、何だかんだ約束したりしたらやっぱりあると便利なスケジュール手帳を取り出す。
まずは決まっている予定だ。児童館の手伝いの夏祭り当日と前日、事前の打ち合わせの日。そして定期の清掃の日。と言っても清掃は必須じゃないから、とりあえず目安だ。あと、家族でも出かける予定があるので書き込む。
「あれ? そこ旅行行くの?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「家族で出かける予定はあるってことだったけど、泊まりなんだ?」
「うん。いいとこが取れたって。出だし遅れて、なかなか宿がなかったみたいなんだけど、なんとかなったみたい」
「へー、どこ行くの?」
「そんな遠くないよ。温泉」
「へー、いいね。私もいきたーい」
「かなちゃんの家は旅行行かないの?」
「うーん……まぁ、うちはねぇ。女所帯だし」
どう考えても、女同士で温泉行くって自然にしか感じないんだけど、駄目なのか。と言うか、じゃあ行きたいって僕の方についていきたいってこと? 家族旅行についてくるとか、今もお姉ちゃんとの関係微妙な癖に、面の皮厚すぎない?
まぁ、かなちゃんの家のことについて口をはさむことはしない。と言うか正直、おばさんからどう思われているのかとか、わからなさ過ぎて恐い。まぁ、いずれは結婚するし、その辺を考慮する必要があるのはわかっているけど、今はさすがに、そこまで考えなくてもいいでしょ。付き合いたてほやほやなんだし。……この表現はないわ、自分でもさすがに。
「この辺で、誰かと遊びたいよね」
「そうだね。あの二人、誘ってみよっかー」
マスを埋めていくように、スケジュール帳を埋めるべく、僕らは話し合ってはあちこち連絡をとったりしていった。文明の利器の活躍もあって、まるで大企業の社長のように予定が決まって行った。
「……なんだこれ。過密スケジュールすぎない?」
「まぁ、でも、週に2日は休みがあるし、ね?」
「仕事かっ」
電話を掛けた先で、向こうからさらに別の日も他の人と遊ぶ予定あって一緒にどうか、と誘われたりもして、倍にと予定が増えていき、週の半分は以上は予定が埋まっている。
決めている間はわくわくしていたけど、冷静に考えたら、結構、うっ。って感じだ。うーん、まあ、遊ぶだけだし、大丈夫でしょ。よーし、最高の夏休みにするぞ!




