初デート7
熱い。熱くて、柔らかくて、何だか世界の全てが蕩けてしまいそうだ。そうして、ちゅーをして、僕らは顔を離した。
目を開けると、すぐ近くにかなちゃんの瞳がある。真っ暗で、でもキラキラしていて、なんだか吸い込まれてしまいそうだった。
かなちゃんが僕の顔から手を離す。離された頬がひんやりと感じられて、僕はとっさにかなちゃんの手をとった。
ぎゅっと握ると、かなちゃんも握り返してくる。
「……」
痛いくらい手を握り合いながら、僕はそっと、今度は僕からかなちゃんにちゅーをした。
「……本当に、恋人に、なってくれるの?」
そう言われて、とろけそうな頭で少しだけ考える。
僕はずっと、怖かったから、どんなにかなちゃんの気持ちが嬉しくても、大好きでも、恋人にならないと意地をはっていた。でも、ちゅーできる流れになった時、完全に、したくてたまらなくて、他のことはどうでもいいと思った。
つまり僕は、下心に負けたのだ。
「……かなちゃんとちゅーできるなら、なる」
つまり、そういう事だ。めちゃくちゃな話だ。最低すぎる。
だけどそんな僕の言葉に、かなちゃんはくすっと、いつもしょうがないなって言うみたいに笑った。
「なんか、体目当ての女の子みたいな言い方だね」
「ご、ごめん……」
「いいよ。どんなきっかけでも、私と恋人になってくれるなら」
そう、とても嬉しそうに微笑むかなちゃんに、一瞬だけ、やっぱり、キスする恋人かっこ仮とか駄目かな? と提案しそうになったけど耐える。さすがに怒られるやつだ。するだけしてからやっぱなしとか、さすがにない。
でもいい。もうあきらめる。覚悟を決めよう。だって、ちゅ、き、キスするの、めっちゃくちゃ気持ちよかったもん。無理やり一瞬だけした時と違って、お互いに心を通じ合わせてしたキスは、あまりに気持ち良すぎた。
正直、もう一回どころかもう何回もしたい。恐いって気持ちが0にはなってないけど、それでもそれを抑えてでもしたいって言う欲求が抑えきれない。
自分でもかなり最低って言うか、僕、こっちに馴染んだけど、でも性欲って言うかそういうとこ本当、男のままだなって言うか。こういう言い方すると、男でひとくくりにするなって怒られるか。とにかく、結局一時の感情に流されてやっちゃった僕のままだなって言うか、うん。
まあ、すげー幸せだから、いいか。
「かなちゃん、その、振り回して、ごめん。なんか、遠回りして」
「ううん、いいよ。男の子から告白させた時点から、正当の感じではないし、このめちゃくちゃな感じが、私たちにはちょうどいいんだよ」
「そっか、そうだね。ありがとう……ありがとうついでに、もう一回、キスしてもいい?」
「いいけど、なんでちゅーって言わないの? もちろんキスでもいいけど、さっきからちょいちょい言いかけて訂正してるよね?」
「……ちゅーって言い方は、なんか子供っぽいって言うか、何となく、発音が恥ずかしいから」
頭の中でも、ついちゅーって言ってしまうけど、なんか、すごい直接的な感じがして、恥ずかしいんだよ。だから普段は基本的にキスって考えてるのに、なんか、いざかなちゃんとするってなると勝手にちゅーって言葉が出てしまう。なんだこれ。
自分でも恥ずかしいし、こんな癖があるなんて知らなかった。意識もしたことない。だから自分としては本意ではないんだけど、かなちゃんはへへとからかうような顔で笑う。
「でも、キスより、ちゅーって言うたくちゃんの方が、可愛いよ」
「う、うるさいな。今からちゅー禁止だから」
「えー、もったいない。言ってよ」
「嫌だって。いいから、キスするよ」
「ちゅーしてって、おねだりしてくれたら、してあげる」
「は、はあ!?」
うっわ、めっちゃ調子に乗り出したぞ! なんだ、してあげるって! いつからかなちゃんが僕に施すものになったんだよ! にやにやするんじゃない! ああもう、これだからかなちゃんは!
「ちゅ、ちゅー……して。はやく」
「うん、よくできました」
かなちゃんは照れくさそうにはにかみながら、僕にそっと顔を寄せた。
うぅ。死ぬほど気持ちよくて幸せだぁ。もう、何もかもどうでもいい。はぁ。もう死んでもいい。僕の人生悔いないよ。これが事故で死ぬまでに見てる夢だとしても許せるくらい幸せだ。二度と覚めてほしくないけど。
○
その後、数えられないくらいキスをしていると、唐突に帰ってきたお姉ちゃんの帰宅音であわただしく離れた。別に、お姉ちゃんが部屋に入ってくるわけじゃないけど、同じ家に居て落ち着けるはずもない。
意味もなく慌てふためいて、誰に隠すでもなく平静を装ってから、お互いの姿の滑稽さに我を取り戻した。
「そろそろ帰るね」
「う、うん。そうだね」
すでに時間は夕方を過ぎようとしている。初デートにしては、遅いくらいだ。幸いにも、キスだけでかなちゃんも暴走しなかったし、上出来な終わりだと思われる。
照れ合いながらもかなちゃんを家に帰し、手早く夕食をつくってしまう。お姉ちゃんに少々怪しまれつつも、片付けてお風呂も済ませ、部屋に戻ってきた。
「はぁー」
ベッドに転がってぼんやりすると、いやでも数時間前のこの部屋でのことを思い出してしまう。いや、嫌ではないけど、照れるって言うか。
かなちゃんの唇の柔らかさ、体の熱、それら全てが、まるで幸福そのままのようだ。胸の奥から爆発しそうなほどの幸せな気持ちでいっぱいになって、にやけてしまう。我慢できなくなって、ごろごろとベッドの上で転がる。
「あぁぁぁ」
今更恥ずかしくなってきた。かなちゃんが、僕の彼女なんだ。仮とかそんな別れ前提の誤魔化しじゃなくて、ちゃんとした、恋人。チューしてとか言ってしまった。死ぬほど恥ずかしい。
あんなに自分勝手に、好きだけど付き合わないとか言い張っていたくせに、自分から折れた。折れたどころか、下心でねだってしまった。恥ずか死ぬ。
自分でもどうかしていると思う。なんだこの展開。あんなにシリアスぶって臆病になって、怖い怖いと駄々をこねていたのに、いざキスできる雰囲気だと思ったら、もうそれしか考えられなくなった。キスできるなら何でもいいとすら思った。
でもなにがひどいって、その考えを恥ずかしいと思っているのに、今も全然その思考が変わっていないことだ。今も、恋人としてキスしたいと思うし、キスできるなら恐いって気持ちはぐっと少なくなって、恋人って言う響きだけでどきどきしていて、恐怖はどこかへいってしまう。
なんて、単純なんだ、僕は。下心の塊か。いくらかなちゃんが僕を好きだと言ってくれたと言っても、今回のこれは、ちょっと幻滅されたよね。応えてくれたし、嫌いにはなってないだろうけど、絶対好感度減ったよ。あー、ほんとに、恥ずかしい。
だいたいキスだって、もっと落ち着いてすればいいのに、めちゃくちゃがっついて。なんだ僕はケダモノか。
「はぁ」
なんて、こんな風に自分を責めた風に考えても、すぐにかなちゃんのことばかりが頭に浮かんできて、ずっとにやけっぱなしだ。
形だけ反省したことにしようとしてる。と思うのにやっぱり、僕の心は浮き上がったみたいにずっと、幸せな心地で溢れていた。




