初デート6
机を僕とかなちゃんの間から横へスライドさせる。クッションをベッド横まで移動させて、かなちゃんと直角になるようにして座りなおす。カップは僕の左手側、かなちゃんから右手側の場所に移動したので、これで少しくらい動いても、コップを倒してしまうことはない。
「よし」
「あ、うん……なにがよし?」
「え、いや、その……まあ、とにかく、僕とかなちゃんの間に机は必要ないかなって」
「……いやぁー、ひ、必要じゃないかな。いやもちろん、私は絶対自信を持ってるけど、万が一の盾って言うか」
「ん?」
かなちゃんはいったい何を言っているんだ? 自信持っているけど盾として必要? ぼくとかなちゃんの間に……。
これ、もしかして、かなちゃんって、その、僕に手を出さないって約束を守るために、距離を保とうとしているってこと? えっと、その。……。それは、行き過ぎたら、恐いよ。でも。
「か、かなちゃん」
「ん? なに?」
「……」
僕はそっと、かなちゃんの肩に左手をかけた。前かがみになると、かなちゃんは不思議そうにしながら顔を寄せてくる。
「なに? 内緒話?」
意外と普通の顔で近づいてくる、と思ったらかなちゃんはそんな呑気なことを言う。いや、流れでわかるでしょ!
と思いながらも、口で言うのは恥ずかしい。男は態度で示すんだ! 僕はわかりやすくするため、膝立ちになって右手もかなちゃんの肩にあてがう。これで、両肩をつかんでいる。
そしてそっとかなちゃんを引き寄せるようにしながら、僕はゆっくり顔をよせていく。
「え? た、たくちゃん? え?」
戸惑うかなちゃんの声に、僕は昔の記憶がよみがえる。
無理やり、かなちゃんに口づけたあの日。何度も後悔した。夢に見るほど、後悔した。だけど、それでも僕は心の底では、またこんな日を期待していた。
あの日、無理強いして、彼女を傷つけた。無理やりキスして、顔を離した時の、あの、泣きそうな顔。恐怖にゆがんで、怒りと悲しみをごちゃ混ぜにした嫌悪の顔。
恐い。手が震える。また、嫌われるんじゃないか。また離れてしまうんじゃないか。でも、でも、違う。今は違う。今は、かなちゃんも、僕を好きでいてくれてるんだ。だから、大丈夫。大丈夫だ。
顔を近づけていくと、気づいたみたいで、かなちゃんは真っ赤になって目を見開き、口をパクパクさせだす。なんて、間の抜けた顔だろう。でも、とても嫌そうな顔じゃない。嫌悪もない。なんて、可愛い顔だろう。
「そ、そそそそろそろ! 帰る時間だよね!?」
「へっ!?」
「ひ、ひひ日も暮れてきたしね!」
「わっ」
だと言うのに、ちっとも嫌そうな顔なんてしてなくて、少しにやけた顔になった癖に、かなちゃんはそんな素っ頓狂な声をあげて両手でがっつり僕の手をつかんで軽く引きはがすと、勢いよく立ち上がった。
「ちょ、ちょっとかなちゃん?」
「じゃあたくちゃん、今日は本当にありがとう! またあとで連絡するね!」
拒否をされた。そうわかって、僕の中に芽生えた感情は、けして恐怖じゃなかった。むしろその逆で、怒りだった。
なんでちゅーしないんだよ! 楽しくデートして部屋にきて二人きりで、僕の胸元を凝視までして、僕からしようとしてるのに、なんでしないんだよ!
「かなちゃん!」
僕は立ち上がって背中を見せようとするかなちゃんに怒鳴りつけるように呼びかけた。かなちゃんはわずかに飛び上がるほどびくっとして、それからぎぎぎとブリキ人形が音をたてて動くみたいにぎこちなく振り向いた。
「な、なにかな?」
「なんで逃げるの? ひどくない?」
「に、逃げてなんて、ないよ。やだなー」
あははーと頭をかいて誤魔化そうとするかなちゃんに、イライラがとまらない。こっちが勇気をだしているのに、なんてテキトーな態度をとるんだ。
「誤魔化さないで! 僕のこと好きなのに、なんでちゅ、き、キスしないんだよ! 嫌なの!?」
「い、嫌じゃないよ!」
「じゃあなんで!?」
「ま、まだ恋人ごっこなんでしょ? ならほら」
「ごっこでも、僕がいいって言ったらセーフなんだよ!」
「えぇ、それはちょっとずるいって言うか」
「いいの! ……そりゃ、かなちゃんが嫌なら、やめるよ。でも、嫌じゃないなら、なんで? そりゃ、その、付き合うのを拒否したのは僕だけど、でも、その、好きだよ。両思いなのは間違いないのに、なんで、キスしないの? デートしたのに」
「……その、だって、ごめん。勇気、いったよね。ごめんね。でも、その……私はその、女な訳で……」
「……うん、で?」
かなちゃんは言い訳をしながらも、声が小さくなってとまってしまった。女だからなんだと言うのか。そこまで言ったんだから、肝心な部分をちゃんと言ってほしい。なので促す。かなちゃんはごにょごにょと口元を動かしてから、雰囲気を改めるようにわざとらしく咳払いした。
「ごほん。あのね、男の子にはわからないと思うけど、その、キスとかしたらね、もっといろんな愛情表現がしたくなるからね? だからその、今はたくちゃんと信頼関係をつくるための、試験期間だからね? 危ない橋はわたりたくないって言うかね?」
……いや、理性弱くない? 言いたいことはわかった。キスして我慢できなくなって襲ったら困るからしないってことね。極端すぎじゃない? そりゃ僕だって、襲われるのはさすがに、そこまで心の準備できてないよ。
いやー、したいって欲もあるっちゃあるけど、実際に想像したら普通にトラウマプレイバックで結構背筋ぞくぞくしてこわって思うし、性欲飛ぶけど。
それと全然別枠でキスしたいんだよ。そこはさすがに分けようよ。って言うか、こっちの世界の女子、絶対向こうより性欲強すぎだと思うんだけど。普段クラスメイトとかの女子は、ちょっと積極的なくらいでそんな性欲とか意識することはない。当たり前だけど。
でも少なくとも、あの事件のぼくとかなちゃんのやっちゃったことの比較だけでも、結構な差なんだよね。あんな直結して人の下半身に手を出してくるとか、今考えても本当に犯罪だし。
「それは、我慢して」
「え、ええっ」
「とにかく、初めてデートしたんだよ? いい雰囲気になったし、キスしようよ」
「え、この状況で続けるの? もう雰囲気なくなったよね?」
「う、うるさい! むしろもう、あそこまでして引き下がれるわけないでしょ!」
あんなにわかりやすくキスを迫って、拒否されてそのままなんて、恥ずかしくて次にかなちゃんと顔をあわせられないよ! せめてちゅーしないと割に合わない! ていうか関係なくちゅーしたいよ!
「ええっ。いや、ちょっと、真面目な話、私たくちゃんを傷つけたくないんだ。本当に。信じてほしいんだ。だから、キスをするのはやめておくよ。それだけ、たくちゃんに本気なんだ。大事にしてるんだ。わかって。ちゃんと恋人になるまで、キスはとっておこう。ね?」」
あああああ、なんか正論言ってくる。大事にって、もう、もうそんなこと言われたら余計好きになるし! もうちゅーしたい!
「じゃあもう、恋人でいいから、ちゅーしよう!」
「えっ!? え、自分で言ってる事わかってる?」
「もうなんでもいい! とにかく今、かなちゃんとちゅーしたいんだよ!」
こわい。色んな事が怖くてたまらない。だけど今、そんな思いよりも何よりも、ただ、いま、かなちゃんとちゅーがしたい。したくてたまらない。かなちゃんが好きすぎて、愛おしすぎて、くっつきたい。
ドキドキして、苦しいくらいで、もう何も考えられない。かなちゃんを求める気持ちだけで、僕の全てが構成されているかのようだ。
「……たく、ちゃん……そんなこと言われたら、私、ほ、本気にしちゃうよ?」
「本気じゃなきゃ、言えないよ」
僕がそう言うと、かなちゃんは少しふらつくようにしながら振り向いて、そっと僕に歩み寄る。僕もまた、一歩かなちゃんに近寄る。
かなちゃんは黙って手をのばしてきた。その手に、恐怖は感じなかった。手が僕の頬に触れる。その熱が、どこか心地よい。
「……」
お互い無言のまま、僕らの距離は0になった。




