初デート5
「ありがとう」
お礼を言ったかなちゃんがグラスをとって飲みだしたので、僕もつられたように飲んだ。
冷たさがしみ込むようで、汗も少し引いた。無駄に上がっていた心拍数も少し落ち着いてきた。大丈夫。僕は全然大丈夫だ。
「えっと、えへへ、なんか、改めてこうして、デートとして二人きりだと、いつもいるたくちゃんの部屋だけど、緊張しちゃうね」
「そ、そうだね」
大丈夫じゃない! またそういう事言う。なに? かなちゃんは全部口で説明しなきゃ気が済まないの? 説明台詞にもほどがあるでしょ! なに、ラジオなの? ここはラジオドラマの世界なの? そんなわけあるかい!
はー、落ち着け、僕。
そもそもなんでかなちゃんを部屋に誘ったかというと、まぁ、あのまますんなり終わるのが名残惜しかったって言うか、普通に楽しかったし、もうちょっと延長したかっただけだ。
でもこう、部屋に入った瞬間から、すごい、意識してしまってる。だってもう、自分でも、ドア閉まった瞬間、あ、しまったって思ったもん。いつものノリで遊びの延長で部屋に呼んだけど、恋人としては部屋はちょっとまずいんじゃないっていうか。
別にかなちゃんを信じてなくてぶるってるとか、そういう訳じゃないけど。はっきり言ってしまうと、僕が勝手に盛り上がって、勝手にドキドキしているって言うか。要は僕自身がこのシチュエーションに期待しているのだ。
だって、仮とは言え恋人だし、二人きりだし、初デートだし、その、ちゅーって言うか、き、キスくらい、しちゃう流れになるかもって言うか。
いやー、でも初デートだし、いきなりそんな、ねぇ? まだ早いと思う。でも僕らの付き合い自体は長いわけだし、やっぱりこう、かなちゃんだしあり得る気もする。と言うか考えたら、僕から部屋に誘ったって、もうこれ僕が誘ってるみたいなものじゃない? 少なくともそう誤解されてるかも!
「……」
ああ、や、やってしまった。でももし本気で誤解されてるなら、それって僕のせいだし、この場合はしょうがないって言うか、えー、まあ、致し方ないこともあるっちゃあるっていうか。と言うかまあ、ぶっちゃけ嫌かそうでないかって言ったら、全然、嫌ではない訳で。
昔みたいに無理やりそれ以上とかは無理だけど、き、キスくらいなら、ありって言うか。今、お互い両想いで恋人なわけだし? 仮だけど。
正直、今日とても楽しかったけど、それとは全然関係なく、今後の展開で別れたり嫌われたりするのは怖いって気持ちは普通の減りもせず増えもせず、依然として僕の中にある。
そしてそれらとは全く関係なく、めっちゃキスしたい。いやそれをしたら、余計恋人ごっこに熱が入って本気で恋人になって恐怖の状態へ近づくかもって危機感はもちろんあるけど、それ以上にキスしたい。ちょっとくらい大丈夫だからキスしたいってすっごい思う。あー、好き。
「あ、あのー、たくちゃん?」
「な!? なななななに?」
「お、落ち着いて。うん、そんな固くならないでよ」
声をかけられて、無意識にうつむき気味になって下にいっていた視線をあげて、慌てて返事をする。かなちゃんは困ったようないつもの笑顔で、そう優しく僕に言う。
きゅう、と胸が締め付けられるようだ。それでも、かなちゃんの声は僕にしみ込むように入ってきて、僕を落ち着かせる。
「う、うん。落ち着くよ」
「うん。言ったでしょ? 私、たくちゃんに無理強いしたりする気はないって」
あ、うん。でも今はそういうので緊張しているわけじゃない。
言いたい言葉が見つからなくて、戸惑う僕に、かなちゃんは優しい笑顔を崩さずに続ける。
「だから、そんな恐がらないで」
「恐がってなんてっ、あ!」
続けられた言葉は見当違い過ぎて、否定しようと手を振るため持ち上げて、机を結構勢いよく下から叩いてしまった。その勢いで揺れた机は、当然のように揺れて僕のコップを倒した。かなちゃんのコップも揺れたけど、如才なくかなちゃんの手によって支えられた。
「ごめ、ああっ、ほんとごめん!」
コップからこぼれたお茶は、その勢いでかなちゃんの元へと向かう。僕は慌てて膝立ちになって、テッシュで拭こうとしたけど、テッシュを越えて机の向こうにまで少しこぼれてしまった。あわわ。か、かなちゃんの服が!
「ごめん、ほんとごめん!」
机の上に乗りあがるように、机に手をついてかなちゃんの方へ身を乗り出して、慌てて追加のテッシュを引き出して、かなちゃんのひざをポンポンと叩く。ああ、そんなに濡れてないみたい。机の向こうに行っちゃったって焦ったけど、すぐにカバーしたからか、数滴ですんだみたいだ。あー、よかった。
ほっとしながら顔をあげると、下方を向いてどこかかたまったようなかなちゃんが遅れて僕に気づいて目線を上げ、目が合うとびくっとしたように、慌ててそらされた。
え? あれ、と思ってからはっとする。あ、顔近いから!? い、いつもの距離だと思ってたけど、これよく考えたら、恋人としては近すぎたかも!
さっと後ろ手に手を組んで膝立ちの直立になる。ああ、やばいやばい。ていうか考えたら、普通に太ももを拭いてしまった。拭くって言うか叩くって感じだけど、これもアウトだったかもしれない。セクハラだ。
「ごめん、かなちゃん。その、つい、夢中で」
つい、なんて言ってもすまないのに、どうしようって思いながらも謝る僕に、だけどかなちゃんは、首を傾げて僕を向いて、きょとんとした。
「へ? え? ど、どうしたの? たくちゃんが謝るなんて、あ、お茶、うんだから、大丈夫だって、このくらい」
「え? お茶? あ、まぁ、こぼしたのはごめんだけど、そうじゃなくて、その、いきなり距離つめて太もも触ったから、その、照れちゃったのかなって」
「え。太ももって、そんなの、女の太ももに触れたからって、そんな。しかも拭いてくれて。そんなの謝る必要ないって」
あれ? えっと、あれ? 怒ったり照れてやったわけじゃないの? あれ? じゃあ今の、はっとした感じの顔、なに?
「え? じゃあ、なんで、今顔そらしたの?」
「え、そ、それはその……ご、ごめん、つい、その、前かがみになったから、その、ちょ、ちょっとだけ、胸元、その、見てたから。つい、つい、うっかりして、うん、ごめん」
「え、あ、そ、そうなんだ」
僕の方か! 僕の方がセクハラされてたのか! ていうか、ていうか……。
ぎゅっと、空いている左手で襟元を握って閉めた。そんな、空いてるわけじゃない。普通のシャツだし、前かがみって言っても、どんなに覗き込んでも先まで見えるわけじゃない。そもそも僕は半分向こうの意識だし、そんな、……言われたら、少しはやっぱり恥ずかしいけど。
「ごめん! ほんとにごめん! 信じて何て言って、本当に、ごめん!」
「あ、いや、そんな、それは別に、その、しょうがないって言うか、別に、そのくらい、嫌じゃないし」
かなちゃんが僕を好きだって言うのは信じてるし、好きってことは当然、そう言う、エッチな目で見られているってことだ。それはその、僕だって、そうだ。
「い、嫌じゃないって……そ、そっか……あの、その」
泣きそうなほどの顔で謝っていたけど、僕が否定すると真っ赤になって、もごもごと言葉にならないような声になる。それに僕も視線を泳がせながら、とんとん、と軽く机をたたきながら口をひらく。
「机、あったら、危ないよね。どけよっか」
「え、うん。うん?」
「コップ退けて、持ち上げるよ」
「あ、うん」




