初デート2
電車からおりて、モール内の映画館へと到着する。見る映画も一応決めている。こってこてすぎる気もするけど、恋愛映画だ。
現代の学園もので、舞台設定はこの世界そのままのはずだけど、何故か男子が多い学園に入学した女生徒が、男子生徒2人の間で揺れ動く話らしい。正直、話を聞いてもちっとも面白そうじゃない。男子が多いって言っても、半分くらいだし、向こうの普通ってことだ。
それで男子2人と女子1人とか、なんかもう、普通じゃんとしか言いようがない。見たことないけど、そういう映画のCM何本か見たことあるぞ。
でも他に恋愛ものないし。個人的にはスパイアクションものの方が気になるけど。ここは最初なので頑張る。
「ほんとにこれにするの? 評判良くないし、たくちゃん、恋愛もの好きじゃないでしょ?」
「でも他に、恋愛ものないし。これでいいじゃん。あ、でも、かなちゃんがどうしても見たいのが他にあるなら、そっちでもいいよ」
チケットを買う列に並びながらも確認してくるので、そんなに嫌なら変えてもいい。デートって言う形式の為に恋愛映画にしたけど、どうせ見たいものもなくて、選ぶ基準がなかったからだ。いいものがあるならそれでもいい。
「んー、ないしいいけど、後で面白くなかったって苦情はやめてね」
「言わないよ。僕のことなんだと思ってるの?」
「たくちゃん」
「その返しは面白くないよ。30点」
「思ったより点数いいね」
「30点以下だと思ってるのに言ったの? やめてよ、しょーもない」
面白くないって、ダメ出しの突っ込み入れても僕も楽しくないし。会話がぎすぎすしたらどうするんだ。
ちょっと真面目に文句を言う僕に、かなちゃんはくすっと何でもないみたいに笑い飛ばす。
「ごめんごめん。あ、次だ。じゃあほんとにあれ買うね」
「うん」
順番が来た。ポップコーンはMを二人で食べる。ドリンクは一人一つ。
かなちゃんが買ってくれて、指定された元気上に入る。数えるくらいは映画館にも行ったことあるはずだけど、記憶以上にひろくて、わくわくしてきた。席は結構空いてて選べたので、中央よりのいい感じのとこを選んでもらった。
席に着くと、意外と席は狭い。これだとトイレに行く時とか、絶対座ってる人の前とか通れないよ。よかった端っこにしておいて。
かなちゃんが奥に座ったので、僕は本当に端だ。間違いなく一つは手すりを確保できるので好きだ。早速カップを外の左手側の手すりのカップホルダーにセット。
ポップコーンを受け取り、早速ひとくち。うん。美味しい。
「あ、かなちゃん、お金、忘れないうちに払っておくね」
「え? いやいや。払うって言ったでしょ」
「え? 本気だったの? いいって」
「そう言わずに、最初くらい花を持たせてよ。たくちゃんとデートできて嬉しいんだから」
「やだよ。僕だってかなちゃんとデートして嬉しいし……あー、まぁ、それはともかく、無理に付き合ってるわけでもないのに、全部奢られるのはおかしいでしょ」
「うーん、そうはいってもね。じゃあ、今日は私が持って、次回はたくちゃんにお願いしようかな。今日はとにかく、最初なんだから、女子にもたせてよ」
「んー、まぁ、そういう事なら」
どうも奢りたいらしい。悪いけど、でも女子としてデート代を持ちたいっていう願望があるっぽいし、ここまで言うなら、ここは花をもたせてあげてもいいか。しょうがないので、今回は頷く。
かなちゃんの矜持として奢られたくないってのはわかるから、僕が! とは言わないけど、でも向こうの意識もある僕としては奢られるのは抵抗がある。しかもデート初回って。でもまぁ、そこまで言うならしょうがない。
「ありがとう、たくちゃん」
「お礼を言うのは僕の方なんだけど」
不承不承頷く僕に、かなちゃんはにこにこ笑顔になるけど、お礼を言われるのはさすがにおかしい。
「そう? えへへ、でもいいじゃん。あ、予告始まったよ」
まだ照明も明るいので、予告を見ながら軽く話したりポップコーンを食べたりしてると、すぐに暗くなった。ポップコーンは結構おいしい。
真っ暗になった中、スクリーンにはまだ予告が映っている。僕の膝の上のポップコーンにかなちゃんの手が伸びてくる。さっきから目にしていた何気ない動きだけど、なんとなく目で追うと、かなちゃんの横顔が目に入り、指先は口元に吸い込まれるようにポップコーンを運ぶ。
暗い中、浮かび上がるようなかなちゃんの横顔は、笑うでもない真顔で、見慣れなくて、なんだか全然別に世界に着てしまったみたいな気になって、少しドキドキする。
「ん? どうかした?」
まじまじ見ていると、かなちゃんが気づいた。首を傾げて微笑んだかなちゃんの笑顔に、途端に現実に戻ってきたような、ほっとした気持ちになる。
「ううん、なんでもない」
僕がいるのは、ここだ。今かなちゃんが笑っている、その隣が、僕のいる世界なんだ。それがとても嬉しくて、だけどなんだか照れくさくて、隠すように僕はポップコーンを頬張った。
スクリーンを見ていると、ようやく映画が始まった。
見たことのない女優が出てきた。主人公のようだ。見たことないけど、結構可愛い。でも芸能人としては普通なのかな? あんまり僕、アイドルとかは興味ないんだよね。
そうこうしていると、今度は男子生徒だ。相手役みたいだけど、顔は格好いいのに、結構、その、棒読みだな。うーん、主人公は結構オーバーリアクション気味だけど演技ができてるだけに、なんか残念感が。
男子生徒は幼馴染らしい。口喧嘩をしながら学校に行くと、転校生が紹介される。転校生だ。これが三人目の主役だろう。系統の違う格好良さだ。演技力もまぁまぁ、と言うか三人並ぶとマシに感じる。
「……」
つ、つまらない……ごめん、なんだろう。別に僕、ラブコメ駄目じゃないよ? 恋愛もの嫌いじゃないし、普通に向こうでも少女漫画読んでたよ。でもこれは、何というか、男の着替え見ちゃったドキっとかされても白けるって言うか、ていうか漫画なら本当に脱いでるから流せるけど、これ映画だからか着替え中って言っても普通に服着てるし全然慌てて隠す必要ないレベルだ。しかも若干の棒演技が、よけいに白けを加速させる。
男から言い寄られてるのも、男の顔ばっかりアップにされてもって感じだ。これ、男の人がアイドルとかで、そういうファン向けなのかな?
「……っ!?」
不意打ちに、声が出るかと思った。ぼんやりしている僕の右手が、何か熱いものに掴まれた。
ぎょっとして右側を見ると、かなちゃんはスクリーンを見ていた。必死な顔で前を向いて、だけどその手は、僕の手に重ねている。
「……」
かなちゃんに、手を握られている。大したことはしてないはずなのに、握手だってこの間したのに、なんだか妙に心拍数があがってしまう。
じわじわと、かなちゃんの指先に力が込められて僕の親指を握りこむようになる。間違いなく、かなちゃんの手だ。言葉が出なくて、じっと見ていると、かなちゃんは顔はそのままに視線だけをぎょろっと僕に向けた。
びくりと、思わず肩をすくめるように反応してしまった。そんな僕にかなちゃんもびくっと指先を反応させて視線をまたはずしてから、ゆっくりと指先の力を抜いていく。
あ、手を離すんだ。瞬間的にそう理解して、僕は反射的に手のひらを返してかなちゃんの手を握っていた。
「ぇ」
ぱっと、かなちゃんが顔ごとこっちを向こうとしたので、僕はさっと顔をそらした。俯く。もう、スクリーン何て気にしてられない。
「……」
かなちゃんは何も言わずに、ぎゅっと僕の手を握り返した。
それだけで、顔も合わせず、ただ隣に座って手を握っているだけなのに、恋人仮になっただけなのに、とてつもなく凄いことをしているような気になる。
かなちゃんの手の熱さや、予想外の力強さや、変に手汗が出てないかとか、いろんなことが気になって、僕はもうかなちゃんの手のことしか意識できなくて、そのままずっと、明るくなるまでそうしていた。




