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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
恋人編
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「かなちゃん……僕は、それでも」


 かなちゃんに付き合ってほしいと言われて、かなちゃんも好きだと言ってくれて、嬉しいよ。状況が状況じゃなきゃ、ガッツポーズしてにやけるよ。小学五年生の僕に言ってあげてほしいよ。

 でも今は、その喜びよりも、恐怖と躊躇いで、身がすくんでしまう。


 だけどそうして拒否しようとする僕に、かなちゃんは机にのりあがって、勢いよく僕の手をとった。びくっとして思わず顔をあげると、すぐそばにかなちゃんの顔がある。


「お願い。もう一度だけ、チャンスをください。もう二度と、たくちゃんを裏切らないと、約束するから。絶対に、たくちゃんを傷つけないし、離れないから。お願い、お願いだよ! 私、本当に、たくちゃんが、大好きなんだっ!」

「っ……」


 そんな、そんなの、ずるいよ。好きだって言ったのに、好きだって知った癖に、どうしてそんなこと言うの? 大好き何て言われたら、心がどうしようもなく動いてしまう。ましてこの距離で、熱を全て伝えるかのように、鬼気迫る勢いで言われて、強い感動を覚えないわけがない。


「……」


 でも、それでも、声が出ない。かなちゃんの言葉に、かたくなに今の関係でいたいって気持ちは、確かに揺らいだ。その強い感情に、うるさい心臓がイエスって言えよって急かす。でも僕の口は、開かない。

 ぎゅっととじた口が、僕の意思を離れて強く震えだす。指先まで力が入っているのかどうかすら、自分でわからなくなる。まるで、わるい夢の中にいるみたいだ。体が動かない。


 沈黙する僕に、かなちゃんはそっと、僕の頬に右手をあてた。その熱に、僕の体はますます熱くなって、かたくなる。もう、ピクリとも動けない。


「たくちゃん、覚えてる? 春、目覚めてすぐの時」

「えっ、な、なにを?」


 震える声で尋ねると、かなちゃんは微笑む。


「やり直そうって、言ってくれたよ。それがすごく、嬉しかった。もう一度、たくちゃんとやり直せるって、私も頑張ろうって、思えたから」

「う、うんっ、言った。覚えてるよ」

「うん。でもね、たくちゃんにとって、やり直すって、なに? 友達って関係を固定して、ずっとそのままが、やり直してるの? 変わらない関係が、やり直しなの?」

「!?」


 静かなくらいの、平坦なトーンで、とても叱責とか怒声じゃない。だけどまるで、僕の体を貫かれたかのような衝撃だった。


 そうだ。僕は、やり直そうと思ったんだ。何もかも。かなちゃんとの関係も含めて、全てを。前向きに生きて、明るく、楽しく生きて行こうって思ったんだ。決めたんだ。

 なのに今の僕は、何をやってるんだ?


 かなちゃんを好きになったんだ。改めて始めた関係で、改めて好きになったんだ。なのに、僕は昔のまま、怖がって後ろ向きになって、今のままでいようって。

 やり直すってのは、一から始めるってことだ。過去を置いて、前を向いていく。僕はそう思ったんだ。それは絶対、今僕がしてることじゃない。


 一から初めて、友達になって、そしてその関係も揺らいだり変わったりする。それがやり直すことだ。無理やり一つの関係に固執して、こだわって、無理に相手も付き合わせる。それは、全然やり直してない。無理やり修復して形作っただけだ。


「……か、かなちゃん、ごめん……僕、間違ってた」


 かなちゃんの言う通りだ。僕が間違っている。

 僕の謝罪に、かなちゃんは手を下ろして、机に乗りあがるのをやめて座りなおした。


「たくちゃん……ううん。わかってくれたなら、いいんだよ」


 でも、じゃあ、付き合うの?

 そう考えて、でもやっぱり僕の中に二つの思いがあるままだ。うれしい。かなちゃんと恋人になりたいって気持ち。恐い。かなちゃんとこのままでいたいって気持ち。


 僕の考えが間違っているってわかっても、僕の望む生き方じゃないってわかっても、でも、この臆病な心を急に変えることなんてできない。恐い。一歩踏み出すことが、恐い。


「か、かなちゃん……僕は、あの……」

「たくちゃん、ここまで言ったけど、やっぱり私は、無理をしてほしいわけじゃないんだ」

「え?」

「だから、すぐに変わるのが恐いなら、少しだけにしよう。恋人じゃなくて、その一つ前、恋人ごっこを、しよう。それで、私を信じられるって思ったなら、改めて、恋人にしてほしい。それじゃ、駄目? 全部は無理でも、少しだけ、信じてくれない?」


 そう言いながら、かなちゃんは机に手を置いた。無理やりじゃなくて、少し距離のあるその手。差し出すようなその手に、意味が分からないほど鈍くない。

 心臓がゆっくりと落ち着いていく。距離があり、そして優しいその声に、その言葉に、僕はゆっくりと口を開く。


「す、少し、なら」


 そっと、かなちゃんの右手に、僕の右手を重ねておいた。

 ここまで言われて、納得もして、それでもわずかの勇気もでないんじゃ、それじゃ本当になにも、変わらない。僕は変わりたいし、何より、かなちゃんが、大好きだから。だから、変わろう。

 関係変えていく勇気をもとう。大丈夫。かなちゃんが、一緒なら。大丈夫。


「! ありがとう、たくちゃん。私、頑張るから。これから、今までよりもう少し、仲良くしてね」

「う、うん……こちらこそ、ありがとう、かなちゃん。その……へへ、大好きだよ」

「! 私もっ、私も、大好きっ」


 かなちゃんが手を返して、ぎゅっと僕の手を握った。その手を僕も強く握り返す。

 それでお互い、立ち上がったりしない。机を挟んだままだ。何の無理強いもない。大きな進展もない。ただの握手。それでも、どうしようもなく、どきどきした。喜びと幸せで、涙がでそうだった。









 名残惜しいけど、時間はすぐにたってしまう。かなちゃんは家を出る時にもう一度僕と握手してから、帰って行った。

 手を繋ぐくらい、なんてことない気もするけど、でも、恋人ごっこをしてるんだと思うと、ただ好きな相手だからだけじゃなくて、もっと胸があつくなる。


「ただいまー。ん? 卓也? 何してるんだ? 玄関で?」

「あ、お、おかえり! なんでもないよ、かなちゃんを見送っていただけ」

「ふぅん? そうか」

「う、うん」


 見送ったまま、かなちゃんの熱が残っているようでその場でぼんやりしていると、お姉ちゃんが帰ってきてしまった。恥ずかしい。

 すぐに部屋に戻ろうとして、でもはっとして、足をとめる。


 この間、お姉ちゃんには、バスケ部の、えっと、大森先輩とのことを断って、かなちゃんとも付き合わないし、誰とも付き合わないって言った。その必要があったのか今となっては、なんであんなこと言ったのかわからないけど、言った。よく考えたら、元々漠然とは誰かと結婚する気持ちだったはずなのに、何でそんなこと言ったのかはマジで不明。

 でも言った以上、今状況変わったし、嘘ついて断ったみたいになっても嫌だし、一応言った方がいいのかな。うーん、普通に言うのは恥ずかしいんだけど、でも本当に付き合う訳じゃなくて、あくまで第一歩として前段階の恋人ごっことして付き合うふりみたいなことだし。


「ん? どうした?」

「んー、あのさ、この間、誰とも付き合わないみたいに言ったけどさ、あれ、なしになったから」

「ん? ……ん? なし、とは? 忍と会ってみるということか?」

「そうじゃなくて、とりあえずかなちゃんと付き合う方向で話を進めていくことにしたから、あ、まだ付き合っていないけど。だから一応、言っておこうかと」

「な、なに!? ど、どういうことだ!?」

「そういう事だよ」


 恥ずかしくなってきたので、話はこれで終わりだ。僕は自分の部屋に駆け足で戻った。


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