大切な友達
「ねぇ、本当にどうしたの? 私、何かした?」
「何にもしてないってば」
ついに夏休みを迎えた。なんとか普通に戻れて、他の人には仲直りできたんだねーって言ってもらえたのに、肝心のかなちゃんだけは疑いを持ったままだ。
今日は終業式で、やっと終わったのに、帰宅して二人きりになるや否や、またそう詰問してきた。何でもないって言うのに、家の中までついてくる。普通に入ってくるの何なの?
「何でもなくないよ! このまま、夏休みになんてなれないよ!」
家の前でも部屋の前でも、ばいばい、って言ったのに僕の部屋の中にまでついてきたかなちゃんは、とうとう人目が0になったからかそう声を荒げた。
「そ、そんなこと言われても、もう夏休みは始まってるよ」
「そういう問題じゃないよ!」
「わっ」
その勢いに引きながらも、そういう問題じゃないのはわかっていたけど、でも何でもないとしか言えないから答えたら、さらに怒らせてしまった。
かなちゃんがカッと眉をいからせて、僕の肩をつかんだから、及び腰だった僕はそのまま後ろのベッドに尻餅をついてしまった。
「とっ」
そんな僕の肩をつかんでいたものだから、引っ張られる形になったかなちゃんは、前かがみになった勢いでさらに僕を押してきた。慌てたかなちゃんは、なんとか左手と右ひざをベッドについて僕にのっかかるのは避けてくれたけど、ベッドに転がる僕の上に乗りあがるような形になった。
う。距離近いし、嫌でも正面から見つめあうし、かなちゃんから落ちてくる髪が揺れて、いい匂いした。やば。そうでなくても、かなちゃんと二人きりになってと思ってどきどきしてたのに、さらに心臓が早くなってきた。
「か、かなちゃん……」
「たくちゃん、ご、ごめん。その、私、暴力振るおうとか、そういうつもり、全然なくて」
「わかってるよ、大丈夫、落ち着いて。かなちゃんのこと、信じてるから」
どきどきするのと同時に、だけどのこの覆いかぶさられる姿勢は、なんだかちょっと恐くて背筋がぞくっとする。でも、大丈夫。かなちゃんは前と違うし、僕だって、前と違うんだから。
「たくちゃん、あ、ありがとう……ねぇ、たくちゃん、でも、じゃあ、なんで、話してくれないの?」
「え?」
「私になにかあるから、避けてるんでしょ? ねぇ、お願い。教えて。私、治せることなら治すし、困ってるなら、何だって力になるから」
「……確かに、その、ちょっと困ってる。でも、かなちゃんに言って解決することじゃないんだ」
と言うか、言ったら今の関係が壊れるし、解決どころかご破算だよ。解決するのは、とにかく僕が落ち着けってそれだけだ。
どうにかかなちゃんを説得して、もう少し時間が欲しい。なのにかなちゃんは、眉尻をおとして、悲し気な顔をする。
うぅ。そんな顔しないでよ。僕のせいでかなちゃんを困らせて、悲しませてるのはわかってる。申し訳ない。でも、かなちゃんを見ると、どきどきしちゃって、何もない前と同じ顔が難しいんだから、しょうがないじゃないか。
「じゃあ、ずっとこのままなの? 嫌だよ、そんなの。私、私は……今だけでいいから、卓ちゃんの一番傍に、いたいんだよ」
「え、そ、そんなぁ」
今だけなんて、何でそういう事言うの? 僕は今だけじゃなくて、ずっとかなちゃんと一緒がいいのに。大人になっても、年をとっても、どれだけたくさん友達をつくれても、ずっと一緒にいてほしいのに。
それでも、あんなことがあって、めちゃくちゃになった僕らの関係は、友達にはなれても、きっともう、特別な関係に何かなれっこない。
だって、元がかなちゃんが悪くて、それで本人も納得してたとして、誰が自分を犬と呼んで意味なく罵ったり蹴ったりしてくる人に、恋愛感情をもてる? それで気持ちを持続できる人がいたら、完全にただのドМのド変態だよ。そんな人、いるわけない。
かなちゃんが今も僕を好きなんて、そんな都合のいいことあるわけない。だから、好きなんて言ったって困らせてしまうだけだ。気まずくなって、関係がぎくしゃくして、今の家族に近いほどの心地よい関係がなくなってしまう。
そして、もし、万が一かなちゃんが度し難いほどのド変態で僕を今も好きでいてくれて、恋人になれたとして、そんなの不安すぎる。すでに僕らは、恋愛感情をこじらせて関係をこじらせたんだ。なのにどうして、また同じ道を選ぼうなんて、そんな無謀を選べるだろうか。
どう転んだって、僕とかなちゃんの今の関係はなくなるんだ。そんなのは絶対に嫌だ。それだけは嫌だ。だから友達のままでいたいのに、どうして、今だけとか言うの?
「かなちゃん……」
「え、え? な、なにその反応? え? もしかして、すでに一番傍じゃなかった? え? 自意識過剰だったの? え?」
え? 何をそんなに混乱してるの?
と言うか、いつまで上にいるの? 気もそぞろになって、頭もうまくまわんないよ。早く退いて。
「かなちゃん、とにかく、一回どいてよ」
「え、ちょっと、ちょっと本当に、待って? え? 誰? 誰のこと、特別に見てるの?」
「お、落ち着いて、痛いよ」
「! ご、ごめん!」
目をしばたかせて混乱したかなちゃんは僕の左肩をつかんだ右手に力をこめてきたから、さすがに痛くて苦情を言うと、慌てて飛び上がるように退いてくれた。
ふぅ。さすがに今のは、恐怖のどきどきがうわまわった。うん。
「ごめん、たくちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だけど、落ち着いてよ。かなちゃん以外の人が、目に入るわけないでしょ? ずっと一緒にいたんだから」
「う……そ、そっか、えっと、そ、ごめんね? つい、興奮しちゃって」
「ううん。大丈夫」
かなちゃんが退いてベッドから一歩離れたところに立っているので、僕も起き上がる。ベッドに座ったままかなちゃんを見ると、なんだかかなちゃんは妙にもじもじしている。
「あのね、かなちゃん、変な態度とって、本当に、わるかったよ。でも他の人がどうとかじゃなくて、僕の問題なんだ。それで、かなちゃんにはずっと、僕の一番傍にいてほしいんだ」
「た、たくちゃん、それって……」
「ん? あ、いや、変な意味じゃないんだけど、その」
うわあ、ずっと一番傍にいてほしいとか、その気持ちは事実だけど、でもそんなの真面目に言ったらそんなの告白よりひどい! もうプロポーズじゃん!
僕は手を意味もなく動かしてジェスチャーを交えながら、なんとか説明をする。
「一番大切な友達として、今の関係のまま、ずっとそばに居てほしいんだ。だから、今だけとか、そういうのは言わないでほしい」
「い、今の関係のまま?」
「え、うん」
あれ? なんだろう。かなちゃんが、話しした時のお姉ちゃんみたいな顔になった。
「そ、そうなんだ……ああ、う、うん。もちろん、たくちゃんがそうしたいなら、そうするよ!」
と思ったら、すぐに笑顔になってそう高らかに宣言してくれた。
「かなちゃん……! ありがとう! 僕も、ずっと今まで通りでいられるよう、頑張るから、もうちょっと、待ってね」
「うん。……うん? あれ? ちょっと待って。そもそも、なんであんな変な態度とってたの? 私結構傷ついたんだけど。それでたくちゃんが私のこと嫌いになったのかと思って、ちょっと暴走してしまったんだけど」
「そんなの全然いいよ。許すよ」
「ありがとう、でもそうじゃなくてね?」
あれ?
なんでかなちゃんは呆れた顔をしているのかな?




