前と今 加南子視点
たくちゃんが、段々と積極的に人と話せるようになってきた。それは喜ばしいことだし、普段はよかったねと普通に見守っていられる。だけど、ふいに胸がざわざわする時がある。
たくちゃんが私から離れて行ってしまうような、そんな気持ちになる。そんなことはないって思いたいけど、そんな保証はどこにもない。一か月前までと違って、今のたくちゃんは私以外の人と交友を深めようとしている。だけどそれでもいいんだ。私が勝手にたくちゃんを好きで、勝手に傍にいて勝手に守っている顔をしているだけなんだから。それもしょうがないと、自分に言い聞かせている。
だけど、だからこそ、変に期待を持たせるの、ほんとやめてほしい。
児童館へのボランティア活動で、子供たちとお花見をする時とか、普通に前後に並んで歩いているんだから、多少距離があっても会話とか余裕で聞こえるんだから、好きとか普通に言わないでほしい。
会話の流れから他意はないとわかっていても、嬉しすぎて涙でそうだったし。そのくせ、その後で普通に先輩とも個人的に連絡できる関係になったとか、報告してくるし。
報告するってことは純粋に友達関係と思ってるんだろうけど、相手が明らかに好意もってるし。それまで普通だったのに、結構牽制する感じの目になってたし。
あー、もう、好きすぎる。木村さんみたいな感じの大人っぽい美人系が好きなのかと思ったら、そうでもないって言ってるし。
最近はもうすっかり普通の、普通? 普通の男の子ではないけど、でもとにかく、普通に人と話せるわけだし、気が早いかもだけど、こう、その内やっぱり恋愛方面にも意識が出てくる気がする。どうなの? どんな子がタイプなの? めっちゃ気になる。
圧力鍋借りる時も、普通に私にも作ってくれる気だったし、素直に受け取って、喜んでもいいものか、悩む。
「酒井君、あれからどう?」
「え、なんですか、部長。馴れ馴れしいんですけど」
「またまた、そう連れないことを言わずに」
「えー? ……いや、本気で何ですか?」
「この間、おススメの漫画教えたじゃない。見た?」
「あ、すみません。忘れてました。なんてタイトルでしたっけ?」
「えー、だから漫画を貸すって言ったのに」
「ありがたいですけど、巻数多いんで申し訳ないですよ」
「そう言わずに、男子と好きな漫画で語りたいんだよ!」
「あ、まぁ、そう言うことなら、……じゃあ、家まで運んでください」
「お! お家にお呼ばれかな! 是非!」
「えぇ。ポジティブですね」
これね。ボランティア部に入ったのはいい。みんないい人ばっかりだと思う。でもなんていうか、さりげなくみんなたくちゃんを狙っている気がする!
今もほらー、めっちゃ仲良しな感じだし。するっと隣に座られても気にしてないし。冗談で運んでって言ったのはわかるし、ノリノリで言われて引いてるけど、そんなの女子が言われたら嬉しいに決まってるじゃん! と言うか、部長相手に冗談とか言ってしまうくらいにはすでに身近な存在ってことだよね。うう。複雑だ。
「あ、てか週末ゴールデンウィークだし、運ぶついでにほんとに遊ばない?」
「ちょ、ちょっと部長! 黙って聞いてれば、なにうらやましいこと言ってるんですか! 私も遊びたいです!」
「みんなで遊びません? そうだ、そうしよう! 酒井君、どう? みんなでカラオケとかしない?」
「あ、いいですね。予定ないんで。市子ちゃんたちはどう?」
「いいね」
「賛成です」
ほらほらぁ。二人はいいとして、他の先輩も狙っている気までしている。さすがに全員はうがちすぎにしても、ほんと、こっちは気が気じゃないんだから。それならそれで、完全に諦めてたら、たくちゃんの相手を見極めるって開き直れるけど、そこまで言ってないし。普通に、私も希望持ってるし。あー、複雑だ。
「かなちゃんも、今度はちゃんと一人で歌ってよ? 僕が採点してあげる」
「あはは……ほどほどに、お願い」
まあこうして、自分も一緒である前提ではいてくれている。それでよしとするしかないのだけれど。
クラスのみんなとも遊ぼうかーって約束軽くしてるし、忙しくなりそうだ。
毎年、と言うか連休じゃなくても基本的にずっと、たくちゃんと居たし、たくちゃんの部屋でじっとするのも少なくなかった。
去年のゴールデンウィークは何してたっけ? 確か、たくちゃんの好きなRPGの最新作が出るとかって朝からゲーム買いに行ったっけ。そうそう。思い出してきた。そのまま何となく部屋に入って、漫画読ませてもらってたけど飽きて、ベッドに仰向けに寝転がって携帯ゲームしてるたくちゃんのことじっと見ていると、きもっとか言われて、ベッドにもたれるように床に座っていた位置関係から頭蹴られたんだった。
不意打ちだったし、思いのほか足先で勢いよく蹴られて、普通に転がったんだよね。起き上がると、たくちゃんも起き上がってて、やべっ、みたいな不安そうな顔していた。咄嗟にフォローしなきゃと思って、ありがとうございます! って言ったら、は? 死ね! きもっ! ってまた蹴られたんだった。
「……」
別に実際にはそういう趣味はないし、蹴られた嬉しいことはないし、今の方が昔に戻ったみたいで、ほんと嬉しいし、以前より愛しいし大好きだけど。でも、あの頃も二人きりだから悪くはなかった。
「かなちゃん? なにぼーっとしてるの? 体調悪い?」
「ん、なんでもないよ、ごめんごめん」
「謝らなくてもいいけど」
帰り道、思い出してついついぼーっとしてしまった。たくちゃんと一緒にいるんだから、気を引き締めないと!
「今度、クラスの人と遊ぶのって、何にも決まってないよね? かなちゃんは何か希望とかある?」
「えー? うーん、スケボーは楽しかったけど」
「楽しくないです」
「ごめん。でもちゃんと助けたじゃん。それにそうじゃなくて、体動かすのって楽しいなってこと」
「ん、それはそうだね。鬼ごっこも楽しかったし」
「全然 走ってなかった気がするけど」
「もう。変なちゃちゃいれないでよ」
え、全然変なちゃちゃじゃなくて、普通の指摘なんだけど。だって、運動楽しいとか言って、そういうのにして、全然できなかったら面白くないだろうし。あ、ボーリングとかなら、体力とか関係ないし、いいんじゃない? 私もしたことないし、たくちゃんと一緒に楽しめるかも。
「ボーリングは?」
「お、かなちゃんにしてはいいね! じゃあさっそく、提案してみる」
上から目線で言われた。でも褒められてちょっと嬉しい。と言うか、たくちゃんって改善するって言って、確かに態度は軟化してるんだけど、ちょいちょい私のこと下に見るって言うか、犬時代の癖が抜けてないよね。
まあ、私もそれに慣れてるし甘んじてるし、むしろ今のたくちゃんが塩対応するの私だけだし、逆に特別感あっていいかなとか思わなくもないけど。
たくちゃんは携帯電話を取り出してぽちぽちと操作し始めた。ゲームの操作は早くてうまいけど、携帯電話での文章入力とか慣れてなくて、若干たどたどしいのが可愛い。操作に関して人のことは言えないけど。
「たくちゃん、歩きながら操作したら危ないよ。止まろ?」
「ん、かなちゃんいるから大丈夫でしょ? 危なくなったら言ってね」
「そりゃ、言うけどさぁ」
言うし、何なら抱きとめるし、何なら身代わりにだってなるけどさぁ。うー。信頼されてて嬉しすぎてちょっとドキドキしちゃうけど、でも肝心な時に逆になっちゃった経験が、非常に気まずくさせる。
たくちゃんはよく平然としてるよね。もしかしてもう忘れてる? たくちゃんって時々馬鹿みたいに物忘れ激しいし。
「お! みんなの反応もすごくいいよ! へへ。あ、ごめん、かなちゃん」
「え? どうかした?」
はっとしたたくちゃんは、どこか気まずそうにそっとうかがうように私を見る。上目遣いになってて可愛いんだけど狙ってるのかな? 最近ますますあざといくらい可愛いし。でも仮に狙ってても許せる可愛い。
「うん、その……かなちゃんの意見なのに、僕が手柄をとったみたいになったから」
「ふっ。ご、ごめ、ふふ。手柄って」
そんなのどうでもよすぎる。この意見一つでどれだけ重要なことだと思ってるの? もう。友達欲しい欲しい言って、みんなからの好感度とか気にしすぎ。そこまで気にしなくても、今のたくちゃんにとっての普通にしてるだけで、みんなからの好感度とかどんどんあがっていくのに。
「わ、笑わないでよ。悪いと思って謝ったのに」
「ごめんごめん。可愛くて」
「……嬉しくない」
「そう? でも可愛いよ」
たくちゃんは眉をよせつつも、少しだけ頬を赤くして、わざとらしくそっぽを向いて足を早めた。それに追いついて並んで歩きながら、一か月前なら怒鳴って鞄でばんばん叩かれてただろうな、と思うと、やっぱり今のほうがいいかな、と自己完結した。
うん。色々あるけど、たくちゃんがこんなに楽しみにしてるんだから、私も一緒に楽しもう。引きこもり風味の犬生活も嫌いじゃないけど、体を動かして騒ぐのだって嫌いじゃない。ゴールデンウィークが、楽しみになってきた。
この後、時間が少し飛びます。




