圧力鍋
今週末の金曜日から月曜日はゴールデンウィークだ。ゴールデンウィークはもちろん嬉しいんだけど、土日と完全にかぶっているので、ちょっとテンション下がるよね。土曜日はどうして代休がないのか、不思議でならない。
それはともかく、先日のクラスの交流会でお話しした、ちょっと不良っぽい女の子、木村さんからちょっと渡すものがあるからと屋上に呼び出されている。
と、こういうとちょっと恐いけど、ちゃんと内容は聞いている。交流会で話していた、圧力鍋をガチで貸してくれることになったのだ。ちょっとあわただしいけど、荷物になるだろうから早めに受け取ろうと、朝に会う約束をした。
と言う訳で、僕とかなちゃんはいつもより早めに家を出た。
「圧力鍋、楽しみだね」
「何つくるの?」
「やっぱ最初は角煮かな。木村さんおすすめだし」
「いいねぇ。って、私、完全にわけてもらう気でいたけど、その、期待してもいいのかな?」
笑顔で相槌をうってから、かなちゃんは急に不安そうに僕の顔色をうかがってきた。その様子がおかしくて、僕はくすっと笑ってしまう。
「もちろん。やだなぁ、ちゃんとかなちゃんの分も考えているって。いつもお世話になってるもんね」
「そ、そう、うーん、嬉しいんだけど、お世話になってるって言う言い方は、なんか違う気がする」
「え? なにが? だって、かなちゃん僕にずっとついててくれるでしょ」
「それは私がしたいからだよ。だから、お礼を言われるのは違うって言うか。なんだろう」
いつも一緒にいてくれて、フォローしてくれて、さりげなく庇ってくれたりして、嬉しいし、頼もしいし、かなちゃんが傍にいないことは考えたくない。傍にいてくれるのが当たり前だ。でもだからって、感謝の気持ちがないことはない。
当たり前にしてしまっているけど、ちゃんと感謝しているし、こういう折々にはちゃんと表明するよってことなんだけど、なんだか、かなちゃんは妙なことを言いだした。
「いや、それはでも、かなちゃんが嫌々でも自主的にでも、やってもらってありがたいんだから、ありがとうは言うでしょ。例えるなら、かなちゃんが転んで、僕が立ち上がるのに手を貸すとするでしょ? その時僕が、かなちゃんホントどんくさくてめんどくさいなぁって思ってるか、かなちゃんの手に触れて嬉しいって思ってるかで、別に何も変わらないでしょ? お礼言ってくれるでしょ?」
「う、うーん、すごい微妙な例えするね」
「うるさいな」
かなちゃんがわからずやだから、わかりやすく僕なりに頑張ったのに、なんなのそのダメだし。
僕が文句を言うと、かなちゃんは肩をすくめて、それからにこっと誤魔化すように笑う。
「ごめんごめん。でも、ありがと。そういう事ならありがたく、その気持ちも受け取っておくよ」
よろしい。
かなちゃんも納得したのでよしとして、足早に学校へ向かう。クラスについて席に鞄を置いて、屋上へ向かう。屋上は一般に開放されているけど、一回校舎を見て回るときに来たきりだ。
朝早く、と言っても、部活の朝練で来ている生徒はたくさんいて、校舎内には人の姿はないけど、グラウンドとかからの声とか結構聞こえる。
「早い時間も、なんとなくちょっと楽しいね」
「そうだね。木村さんもう来てるかな?」
「まさかー、約束まで五分以上あるし、まだでしょ」
「たくちゃんって結構失礼だよね」
「え、なんで?」
普通に時間前だし、約束の時間の前から律儀に待っているタイプに見えないし、金髪だし絶対そんなわけないからそう言っただけなのに。なんで失礼なの?
とにかく向かう。屋上に続くドアを開けると、右側の柵にもたれる形で誰かいた。ていうか、木村さんだった。あ、いたわ。
「木村さん、おはよう。ごめん、待った?」
「あ、ああ、いや、今きたとこだよ」
「おはよう、木村さん。それが圧力鍋? 大きいね」
近寄りながら挨拶し、木村さんの返事にほっとしていると、かなちゃんの言葉にはっとする。
木村さんの足元には、割と大きい箱があった。は、箱! 箱で持ってきたのか。てか、普通に店で売っている時に入っているような箱だ。圧力鍋って書いてあるし。
こんなの、残してるんだ。マメだなぁ。意外だ。
「ああ。うち、家族多いから。これでも小さいほうで、5人家族用だよ」
「へえ! 木村さんの家、5人家族なの?」
「あ、いや。6人。祖父母と、母と、三人姉妹だから」
「え、おじいちゃんもいるんだ。いいなぁ」
我が家は、おばあちゃんもすでに亡くなっていていないのだ。こっちでは存在からいないおじいちゃんも、向こうではすでに亡くなっていた。
おじいちゃんおばあちゃんがいるのって、うらやましい。父方の祖父母は確か存命だったらしいけど、飛行機じゃないと行き来できない距離だったから、子供の頃は何回か会った記憶がぼんやりあるけど、ここ数年は全く記憶にない。でも今思うと、申し訳ない……いやそうでもないか。確かお父さんが兄弟多くて孫も他に多いって言ってたし。
それはともかく、そんな感じなので、僕には適度に近い祖父母と言う存在がないので、普通にうらやましい。
「まぁ、そんなわけで、育ち盛り三人だし、もう一台圧力鍋あるから、それ、貸すよ」
僕の反応に、木村さんはちょっと困惑したように一度視線をそらしたけど、すぐにまた僕をみて、そっけない感じにそう言った。
言い方とかは不愛想だけど、わざわざこんな大きなものを、朝早くに来てまで持ってきてくれているのだ。これは相当いい人だ。
「中に、説明書もあるし、ちゃんと読んでよ」
「そうなんだ」
「そっちの、小林も、絶対確認してよ。慣れたら簡単だけど、ちゃんとロックしないと、危ないから」
「わかった。ありがとう、木村さん。いい人だね」
「……うるさい、そういう事、ふつうわざわざ言う? ほんと、あんた変な人だよね」
「え、そ、そうかな? たくちゃんならともかく、私に言ってる?」
「おい。おいちょっと。かなちゃん?」
なに言ってるの? 僕が変なことは当たり前だけど、みたいな反応してるんじゃない。自分が言われてるのに、僕に押し付けようとは。だいたい、かなちゃん普通に変だと思うよ?
いくら最初は僕が好きで、自業自得だったとはいえ、あんな扱い受けて今も普通に友達関係って、よく考えたら相当おかしいし。Mじゃん。
「そういう、まぁ、いいけど。とにかく貸したから。返す時も、できれば事前に連絡くれて、屋上でやり取りしたいんだけど」
「わかった。今夜早速つくって、写真送るね」
「ああ。わかった。楽しみにしておく」
はい、とかなちゃんに箱が渡された。30センチくらいの大きさだ。後ろのロッカーに入るかな?
物の貸し借りまでしたんだから、もう完璧に木村さんとは友達だよね! やったぜ!




