交流会2
喫茶店に入ると、右側にはカウンター席、左側にはテーブル席が並んでいる。オレンジ系の明かりで、全体的に落ち着いた雰囲気だ。テーブル席の向こうの壁は地図が描かれていて、奥の方にある棚には古めかしい地球儀なんかが飾ってある。
「みんな、いらっしゃーい。金山ゆかりの母です。みんなよろしくね」
カウンターの中には女の人がニコニコしながら立っていた。金山さんのお母さんらしい。少し緊張していると、山田さんがすっと代表するように前に出て答える。
「こんにちは、まゆみさん。今日は改めて、お世話になります。よろしくお願いします」
「はい、こんにちは、委員長さん。みんなも遠慮せず、座って座って。今飲み物用意するからねー。ゆかりと、お手伝いしてくれる子、手伝って」
「はーい」
金山さんが手をあげて、それと数人の女の子が同時に動き出す。事前に決まっていたみたいだ。
「じゃ、みんなは邪魔にならないよう座ってー、あ、酒井君と小林さんは悪いけど、席は決まっているから。こっちね」
「あ、うん」
山田さんに促されたのは、カウンター席の一番端っこだった。確かにここなら、席替えがしやすいよね、あ、と言うことは僕、端っこじゃなくてその隣か。僕の片側はかなちゃんなんだから、空けとかないと。
端から二番目に座る。さらっと座ったけど、カウンター席ってちょっと、わくわくするな。席が高いから、足がぶらぶらする。あ、ここに足のせるのか。
カウンターの向こうは、金山さんのお母さんがいるスペースで、グラスとかコーヒーメーカーっぽいのが色々おいてあるのが見える。こう内部が見えてるってだけで、プレミア感があって楽しい。これいいなぁ。
あんまり外食自体しないけど、する機会があったらまたカウンターに、って、カウンターのある店ってどんなの? ファミレスとかはないし。ラーメン屋くらいしか思い浮かばない。
「酒井君は、何か飲みたいものはある?」
「あ、えっと、お、お茶で」
「ほうじ茶? ウーロン茶? 紅茶?」
「あ、えっと、ほ、ほうじ茶でお願いします」
お母さんににっこり聞かれて、思わず答えたけど、え、ほうじ茶ってどんなお茶だっけ? 紅茶じゃなくて日本茶なのはわかるけど、まぁ、大丈夫だよね。
「そっちの女の子は?」
「私も同じものでお願いします」
かなちゃんも応えて、お母さんは、って、お母さんお母さんって呼ぶの変だよね。今は心の中だからいいとして、実際に呼びかけるとしたら、それ以外にした方がいいはず。なんて呼ぼう。山田さんは何て呼んでたっけ?
「かなちゃん、金山さんのお母さんのこと、なんて呼ぶ?」
「え? 呼ぶ? え、えー? 金山さんのお母さんじゃ駄目なの? あ、それか喫茶店だし、マスターとか?」
「あ、それ格好いいかも」
「うーん、それでもいいけど、普段はあんまりそう呼ばれないわね。名前でいいわ。さっき、委員長さんもそう呼んでいたでしょ? まゆみです、よろしくね」
「あ、は、はい。まゆみさん」
かなちゃんとこっそり話していたつもりだったけど聞こえていたみたいで、お母さん、もといまゆみさんはそう言いながら僕らの前にお茶のはいったカップを置いた。
喫茶店と言う客商売の人だけあって、結構明るいぐいぐい来る人みたいだ。でも不思議と、押してくるって感じはしない。柔らかい雰囲気の人だ。ニコッと正面から笑われると、つられて笑顔をつくってしまう。
と、そこで僕の肩を叩きながら委員長が僕の隣に座った。
「ちょっとまゆみさーん、あなたの娘のクラス交流会なんですから、黒一点の男子にこなかけないでくださいよー」
「あら、委員長さん、いやね。私はただ接客しているだけよ」
……こなかけるってなんだ? いや文脈的に、ちょっかいかけないでってことなんだろうけど。へー。なんか委員長って、博識なんだなぁ。
「ま、とにかく、始めましょうか」
あ、最初の隣って委員長だったんだ、と思っていると委員長はまゆみさんからカップを受け取って、くるっと席を回してみんなを向いた。
「じゃ、楽しい一年を祈って、乾杯! 5分ごとに席交換ねー」
タイミングを合わせてカップを掲げて乾杯しつつ、5分って短いなと思った。思ったけど、でも考えたら人数多いもんね。30人で、僕とかなちゃんを抜かして28人。全員参加なので、5分でも全員と話すとごは40、ごに10で140分だ。2時間ちょっとだ。あ、結構長いし、1人10分だととんでもないことになるな。
委員長とならともかく、全く話したことない人と10分も辛そうだし、妥当か。
「と言う訳で、お話しましょう。あ、もちろん小林さんもね。基本3人で話す形でOKだから」
「あ、うん。ありがとう」
「えっと、じゃ、じゃあ、えっと、か、乾杯」
「あ、いいね、酒井君。改めて乾杯ね。はい」
ちん、と3人でグラスを合わせて、喉を潤す。ふぅ。3人の真ん中なので、口火を切ろうとしたはいいものの、何言うか考えてなかった。誤魔化せてよかった。
「それじゃ、改めて自己紹介からしましょうか。私は山田莉子。中学では陸上をしていて、今も陸上部です。得意科目は国語、苦手科目は数学、好物はエビフライで、趣味はスケボーです。はい、どうぞ」
「あ、えと、酒井卓也です。中学は無所属で、今はボランティア部、得意科目は、えー、比較的数学かな。苦手科目は歴史です。好物はカレーで、趣味は、ゲームと読書、かなぁ」
「私は小林加奈子です。たくちゃんの幼馴染で、部活は同じです。得意科目は理科で、苦手科目は国語、好物はあんぱんで、趣味は……え、なんだろ、たくちゃん、とか?」
「どういうことなの……?」
かなちゃんの趣味が僕とか、ちょっと気持ち悪いんだけど。なんなの。もっとまともな趣味を持ってください。
ドン引きする僕に気づいたかなちゃんは、えへへと照れ笑いで誤魔化すように頭をかいて、それからまた口を開く。
「嘘嘘。本当は、漫画かな」
いや、漫画も嘘ではないかもだけど、でもさっきの、たくちゃん、って言った時の顔、思いっきり素だったじゃん。僕のせいもあるかもだけど、言う前から僕の家の前で待機するって言うのも、考えたらストーカーちっくだし。もしかしてかなちゃん、ちょっと危ない子なの? うーん、まあいいけどさぁ。
とりあえず気を取り直して、山田さんだ。かなちゃんに構っている場合じゃない。
「山田さん、委員長だし頭いい系だと思ってたけど、意外にアウトドア派なんだね」
「まぁね。成績は普通かな。むしろ、普通だから、アピールの為の委員長みたいな感じね」
「スケボーって、どんな感じ? 聞くだけでめっちゃ格好いいよね」
「ふふふ。まぁあくまで趣味だけど、ちょっと得意よ。今度見せてあげよっか」
得意げに言われた。社交辞令がはいっているかも知れないけど、でも本気で興味がある。だってめっちゃ格好いいじゃん。普通に乗るだけでもすごいのに、自分で得意って絶対技とかできるやつじゃん。
「いいの? 陸上部がない日っていつ?」
これは是非見たいし、可能なら今のうちに日程を決めよう。強引かも知れないけど、ここは思い切ってしまおう。山田さんはアクティブな感じだし、許してくれるだろう。
「ん? そうねぇ。週末なら、日曜にしているから、土曜日ならいつでもいいけど」
「そうなんだ」
えっと、明後日の日曜は児童館でのボランティアだけど、明日なら空いてるな。
「じゃ、明日見せてよ」
「えっ。明日?」
山田さんはさすがに、えって言って顔もえって感じのきょとん顔になった。あ、やば。さすがにやり過ぎた! 一気に距離つめ過ぎだよね。土曜がいつでもいいって、明日でも土曜日ならいいって意味じゃないのか!
「あ、うん、え、ごめん、もちろん予定がなければだけど」
「ないない! もちろんないよ!」
「え、あ、そう? じゃあお願い」
「もちろんいいわ」
急で驚かれたみたいだったけど、予定はないみたいで、笑って受け入れてくれた。
よ、よかったー! 山田さんって、なんか明るくて話しやすいから、なんか僕も身近に感じて言っちゃったけど、ずうずうしかったよね。ごめんね。まだ友達ってレベルじゃないんだし、反省反省。
反省して、土曜日の詳細はまた携帯電話で話し合うことにして、5分が終わった。
うまく話もできた気もするけど、相手がフレンドリーかつ話したことのある山田さんであることを考えると、むしろこの程度か。もっと頑張らなきゃ。




