交流会
学校生活にも慣れてきて時間の流れは加速したかのようだ。具体的に言うと、もう金曜日になってしまった。今日は、交流会の日だ。朝から妙に目がさえていた。
結局、カラオケではなくクラスメイトの金山さんのお家が経営している、喫茶店を貸切ることになったらしい。残念なような、そうでもないような。
まぁとにかく、放課後になった。
「たくちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。僕は今、燃えているよ」
「萌えて……? う、うん。そうだね」
かなちゃんに心配されたけど、今の僕の顔色が悪いとして、それは武者震いなのだ、と言うことにしてほしい。もしほんとに緊張で少しくらい不調でも、行くから。ここまで来て欠席何てあり得ない。
「さあ、それではみなさん、行きましょう」
委員長の号令で一斉に移動する。
お、おお。さすがに大人数での移動だから、目立つなぁ。さりげなく、中に入っているからそんなに視線を感じないけど、ちょっと抵抗はある。現地集合にすればいいのに。
あ、でも一回家に帰ってとなると私服になるか。それはちょっと……私服のセンスを品評されても嫌だし。
「小林さん、酒井君の体調はどうですか?」
あ、副委員長、じゃなくて、えっと、田中さんだ。名前を全員、は無理だったけど、半分は覚えた、はずだ。少なくとも席順では空で言える。
「大丈夫だって言ってるし、まあ何とかなるよ。最悪、おぶって帰るから、心配しないで」
「ちょ、ちょっとかなちゃん、日常的におぶられてるみたいに言わないでよっ」
そんな、おんぶしてもらったの何て、足首ひねった時とか、数えるくらいじゃないか! うう。かなちゃんなりのやさしさ発言だろうけど、男子としてはやっぱり、女子におんぶされるのは、恥ずかしいし。
「え、あ、ごめん。でもそんなに照れなくても。男の子なんだから」
「駄目。もう絶対かなちゃんにはおんぶされないし。むしろ僕がするから」
「えー、絶対無理だって」
「無理じゃないから」
かなちゃんたち女子の力が強いのは、もうわかっている。だからおんぶされても、そんなに負担じゃないのもわかる。わかるけど、だからってされたいわけがない。それに僕が前より貧弱になったわけじゃない。ならかなちゃんをおんぶするくらい、僕だってできるはずだ。いずれ分からせてやる。
「ふふ。大丈夫ならいいんですよ。今日、楽しみですね」
「う、うん。ありがとう、田中さん」
「さーかーいー、君、何だかずいぶん、田中ちゃんと仲良しになったみたいですね」
「あ、い、委員長」
田中さんの後ろからにょきっと顔をだして、委員長が冗談っぽくそう言った。委員長の名前は山田。覚えてる。委員長はわりとテンション高い系らしい。
「委員長何て、他人行儀ね。下の名前で、とまでは言わないけど、名前で呼んでよ」
「えっと、じゃあ、山田さん」
「お、名前覚えててくれてるんだ!」
「あ、えっと、全員じゃないけど、まあ、委員長だから」
「そんな風に言ってもらえるなら、委員長になったかいもあるってものだけど」
ん? あ、勘違いされたかな? 委員長って言う職が目立つから覚えているってことじゃなくて、最初の交流会提案時の印象が強くて一発で顔覚えたし、名前も憶えやすかったってことなんだけど。いやでも、委員長だから提案したわけだし、間違ってもないか。
「あの、山田さん」
「なぁに? 酒井君になら特別に、なんでも答えてしまうかもしれないわよ」
「ええっと、別に質問とかじゃあなくて、あ、でもじゃあ、質問するよ。委員長は、今から行く喫茶店行ったことあるんだよね」
「もちろん。飯島さんのご両親にご挨拶もしてるわ」
おかしい。喫茶店をクラスで使わせてもらうってことなら、挨拶に行っても自然なはずなのに、ご両親に挨拶って言うと、なんか、結婚をイメージしてしまって、自分は全然関係ないのに、ちょっとドキッとした。それはともかく。
「どんなお店だった?」
「レトロ系の純喫茶って感じで、オシャレないい感じのお店ねー」
「へー」
と相槌をうちながら考える。純喫茶。うん、聞いたことはある。あるけどなに? え、どんな感じ? たぶん、昔ながらの感じってことだろうけど。そもそも僕、現代的な喫茶店とか行ったこと、ある? え、てか現代的喫茶店ってのも全然想像できない。え、僕って喫茶店に行ったこと、ない? え? やば、自覚したら緊張してきた。
って、そう言えば、僕もクラスメイトの親に挨拶するってことだよね。みんなする流れで、軽くするんだろうけど、それもちょっと、プレッシャーになってきた。
なんで僕は事前に考えないんだ! こういうことこそ備えて、心の準備をするべきだったのに!
「たくちゃん、大丈夫?」
「! か、かなちゃん。な、なにが?」
自分の駄目さに、二重にショックを受けていると、急にかなちゃんがぽんと僕の背中を叩いてきた。ぱっと顔をあげて、委員長と逆の左隣にいるかなちゃんを見ると、逆に戸惑ったような顔をされた。
「え、ご、ごめん? え、なんか、気分悪そうだったから」
「え、そ、そう? なんでもないけど……でも、ありがとう。今日、頑張ろうね」
「うん。頑張ろう」
うん、ちょっと元気出た。不安な気持ちになったけど、かなちゃんがいるんだから、大丈夫だよね。
何とか気持ちを持ち直して、山田さんや田中さんと何とかお話ししながら歩く。
学校を出て、金山さんの家に向かう。金山さんの家は、ここから徒歩圏内にある商店街にあるらしい。そこなら僕の家からも自転車で行ける範囲だ。僕の家から見て商店街を一本超えたところにある図書館に、子供のころ何回か行ったことがある。
でも何分子供でお金を持っていなかったので、特に商店街には寄ってない。あ、でも確か、通り抜ける時に角にあるタイ焼き屋があって、そこで買ってもらったことはある、かな。それくらいか。
でも何となく、ちょっと親近感出てきた。
とりあえず今日はみんなと話すんだから、最低でも10人、はさすがに盛り過ぎだし、うん、5人とは友達になろう! 山田さんと田中さんなんてすでに半分友達みたいなもんだし、楽勝だよね!
道を歩いていると、大人数だから、学校内よりさらに目立っている。ちょっと恥ずかしいけど、みんなもそうらしく、声を潜めている。
「あそこです!」
先頭を歩いていた女の子が声を上げたのが、みんなの頭越しにちらっと見えた。たぶん金山さん。いやだって、見えないし。
近づいていくと、ようやく喫茶店の全貌が見えた。
喫茶店ゴールド、と書かれたシンプルな看板が入り口脇にあり、屋根って言うかライトがつるされている軒先の上にも同じように店名が書いてある。ちょっと奥まった入り口の硝子戸の向こうのすぐ右側にカウンター席があるのが見える。左側もガラス窓だけど、前に植物もあるしガラスの反射で、中は良く見えない。
何となく、喫茶店っぽい、と思った。なんでかわからないけど、植物の鉢植えの隣には樽が二つあって、雰囲気もある。
樽の上には、CLOSEと書かれた札が置いてある。
「さ、今日は貸し切りだから、みんな遠慮せず入って入ってー」




