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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
友達編
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清掃活動 通行人視点

「おかーさん、今日はなにしてあげよっかー?」


 今日は休日だ。娘、千代子を連れて公園に行く途中、手を繋いだ状態で私の顔を見上げて、とてつもなく上から目線で言ってくるのに笑いそうになるのを堪えて口を開く。


「そうねぇ、何してもらおうかしら。砂場でお城をつくってもらっちゃおうかなー?」

「んー。どーしよっかなー。私も忙しいからなぁ」

「そう言わずに、お願いしますよ」

「しょうがないなー」


 なんて生意気な娘だろう。可愛すぎる。

 私も、子供が生まれてこんなに親ばかになるとは思わなかった。そろそろ年だし、仕事も順調だし、親に見てもらえるうちに産んでおこうかなって軽い気持ちで、申請して人工授精して産んだのはもう5年も前の話だ。

 ここまで、あっという間だった。人を愛するということは、こういうことなのかと知った。男性とは縁がなかったけど、今となってはむしろそれでよかったとすら思う。男性が絡むと、女性はおかしくなる。こんなに穏やかな気持ちで、ただ娘を愛すると言うことはかなわなかっただろう。


 普段は母が近所の公園に連れて行っているので、週末は少し離れた大きな中央公園に連れて行っている。徒歩で行ける距離にあるのに、特別感があって千代子には好評である。


「あ、おかーさん、今日も、ごみ拾ってるよー」

「ああ、そうねー、偉いわねー」


 月に二回、近くの高校のボランティア部が街頭や公園なんかのあちこちでゴミ拾いをしている。自分の出身高校ではあるけど、当時は全くボランティアになんて興味はなかった。

 だけど都合がいいかもだけど、子供といると急にボランティアが尊いものに思えてくる。初めて見た時に、千代子が自分から落ちていたごみを拾って高校生のごみ袋に持って行った時なんて、とても誇らしい気持ちになった。

 それから目にするたび、千代子は自慢げにちょっと手伝いに行くのだ。可愛すぎる。高校生とも顔見知りになれて、気持ちも若くなった気になるし、悪くない。


「ちょこちゃんも、拾ってきてあげる!」

「そうね。ちょっとお手伝いしましょうか」


 千代子は小さいから自分のことをちょこちゃんと呼ぶ。可愛すぎる。母が千代子ちゃん、と呼ぶからだ。私は千代子と呼ぶので、最初はあれ、母に預けすぎ? と焦ったけど、今は可愛いからいいかと開き直っている。

 千代子が道の端の落ち葉を拾って行くのを視界に入れながら、私もその後ろで軽いゴミを拾う。普段はあまり気にしないけど、どうしても落ち葉が多いし、時々たばこの吸い殻やプラスチックごみが落ちている。たばこの吸い殻には触らないよう教えているけど、大丈夫かな?


「おねーさん! ちょこちゃんも拾ったんだよ!」

「ん? あ、ありがとうね」


 千代子が声をかけたのは見慣れない女の子だった。新入生だろうか。左手で持っていた透明なゴミ袋を開いてくれたところに、千代子が両手でつかんでいた葉っぱを入れる。よしよし。たばこはなかった。


「ん? あ、えっと、偉いね。お手伝いしてくれたんだね」

「そーなの、ちょこちゃん、あ、えと、えへへ。偉いでしょ!」


 千代子が駆け寄った女の子の後ろにいた人が振り向いて声をかけた。それに千代子はいつになく照れたようで、身をよじって笑う。

 その様子になごみつつ近寄って、はっと気づく。え、今の、男の子!?


 変な汗が出て、近寄る足が止まってしまう。男の子とは、少し何かを間違っただけで、すぐに大問題となってしまう。昔、男の子を好きになった時も、手酷くフラれたりして、ろくな思い出がない。よ、様子をみよう。子供だから許されたけど、私が話しかけたら何を言われるか。


「うん、偉いね」

「んふふふ。あ、あのね、おにーさん、私のこと褒めてくれるときはね、頭、なでなでしてくれても、いーんだよ?」


 げ! な、なんてことを。相手の子は、ほっ。引いてる感じだけど、怒ってはないわね。後でなぐさめつつ、男の子にはどういう対応すべきか教えなきゃ。


「え? あ、そ、そうなんだ?」

「うん! おかーさんも、おばーちゃんも、そうするもん」


 どこで止めに入ろうか。今は子供の物言いだから不快にまでさせてないみたいだし、さりげなくフェードアウトしたいんだけど。

 男の子と、その隣の女の子の様子を伺う。女の子はとくに無反応で男の子を見ているから、気にしないでいいわね。よかった過剰反応するタイプの女子だと、誰彼構わずつんつんしてるし。私の同級生についてたあの子も、あ、まあそれはともかく。


「ちょ、ちょっと待ってね」


 とタイミングを見ていると、男の子は軍手を外して手をズボンにこすってから、千代子の頭にそっと手を乗せて撫でた。え? まじで? くっそ羨ましいんだけど。夢かな?

 ざわ、と私だけでなく他の通行人もひそかに動向を見ていたようで、静かにだけど辺りの空気が変わった。やば、自分のことで手いっぱいになっていたけど、変に注目を浴びている。ああ、でもせっかく頭撫でてもらっているのに、邪魔するのも可哀想だし、男の子の邪魔する形になるから言いにくいし。


「こ、これでいい?」

「んふふふっ。うん! いいよー。おにーさん、かっこいいね! 大きくなったらお婿さんにしてあげてもいいよ!」

「え、あ、ありがとう」


 って、いくらなんでももういいでしょ! 男の子も困ってるみたいだし!


「す、すみませーん。うちの子が、お手間おかけしてすみません」

「あー、おかーさん、遅いよー?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「相手してもらってありがとうございます。さ、千代子、行くわよ」

「えー? ちょこちゃん、まだこのおにーさんとお話しするんだけど」

「邪魔しないの。あ、すみません、ちょっとこのゴミ捨てさせてください」


 駄々をこねそうなので、実力行使で抱き上げようとして、手の中にさっき拾ったゴミがあったので、手近な女生徒のごみ袋にいれさせてもらう。そして手を払ってから千代子を抱き上げる。


「いやー!」

「どーも、お邪魔しましたー」


 そしてそのまま目的地の公園まで駆け足で向かった。


「はぁ、助かった」


 最初は暴れていた千代子だけど、抵抗しても無駄だと悟ったのかおとなしくなったので、公園のベンチまでたどり着いたところで下す。


「……」


 わかりやすくふくれっ面をしていた。可愛い。笑いそうになるのをこらえて、前にしゃがんで視線を合わせる。


「千代子、あのままお兄さんとお話ししたいって気持ちはわかるわ。でもお兄さんはゴミ拾いしてたの。おしゃべりで邪魔しちゃ、嫌われるわよ?」

「き、嫌われないもん。それに、ちょこちゃんだってゴミ拾うし!」

「千代子、いつもしてないでしょ? それにあのお兄さんがいる状態で、ちゃんとゴミ拾えるの? お話し始めてから、全然してなかったよね?」

「できるもん!」


 く、いつになくめげないわね。いつもはもっと素直なのに。そんなにあの男の子が気に入ったのか。確かに、パッと見ただけでもかなり整った顔立ちだったし、子供とは言え知らない相手の頭撫でてくれるとかめっちゃ優しいし子供の父親になってもらいたいとか妄想するレベルだったけど!

 しょうがない。ここは千代子が理解できるように話を持って行かないと。


「あのね、千代子。男の子って言うのは、すごく繊細なの。いきなり知らない女の子とお話しすると緊張するから、千代子はできても、あのお兄さんはゴミ拾いできなくなっちゃうと思うな。それって邪魔してることにならないかな?」

「……ちょこちゃんが、おにーさんの分も、拾うもん」


 お。勢いが弱まった。この路線でいこう。


「それでいいって、ホントに思う? 千代子が滑り台を滑りたいときに、お友達が、千代子の分も滑るって言って、かわってくれなかったら、どんな気持ちかな?」

「……いや」

「そのお友達のこと好きになるかな?」

「いやぁ」

「うん。じゃあ今日はばいばいするしかないよね? 大丈夫。また今度会った時に、ちょっとずつ挨拶して、ちょっとずつ仲良くなればいいでしょ? それでどうかな?」

「……うん。いい感じだと思う」


 よし。


「うん、いい子ね。じゃ、気を取り直して、遊ぼうか」

「うん。おかーさん、おにーさんに好かれそうな遊び教えて」

「私が知りたいわ」

「え?」

「ううん。なんでもないわ。そうね。何がいいかしらねー」


 よし、これでひとまずはいいだろう。次に会った時にまだ覚えていたら、またその時考えよう。高校生なら、10歳差と言ったところだし、全く希望がないわけでもない。

 千代子が本気で大きくなったら結婚したいというなら、結婚は無理でも愛人くらい目指せるよう、応援してあげてもいい。


 と考えて、苦笑する。

 あの男の子に頭を撫でられている千代子を見て、うらやましいと思った。だけど、悔しいとかされている相手(千代子)に疎ましいとかは一切感じなかった。以前は通りすがりにカップルらしき男女を見るだけで、羨ましすぎるあまり女側には怨嗟の気持ちで一杯で死んでほしいとか思っていたけど、むしろ千代子なら、もっともっと、幸せになってほしいと思う。

 ああ、私は本当に、千代子の親なんだなと思った。当たり前のことだけど。


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