副委員長 田中
副委員長の名前は田中明子と言うらしい。朝クラスに入るとき、なんとかみんなに挨拶するのを日課にしているんだけど、その時たまたま近くにいたから、あ、放課後のことも改めてお願いしようかなと思った。
思ったんだけど、にこと微笑まれて普通に通り過ぎて行ったので、なんかみんなの前で言うのもあれかなと思ってスルーした。
せっかく気を使って図書室で会うことになっているし、理由を言えないのに急に放課後会うとか、怪しくなっても変だし、やめておいて正解だよね。
「じゃ、今日の授業はここまでー」
ちょっと間延びした先生の声がして、起立礼して、放課後になった。
図書室へ向かう。人が少ないけど、早くも数人いるので、できるだけ奥へ行き、テーブル席をひとつ占拠する。
「お待たせしました」
「あ、副委員長、その、きてくれて、ありがとう」
「あ、そんな呼び方やめてくださいよ。役職名なんて。名前で呼んでください」
「あ、うん、じゃあ、田中さん。どうぞ、座って」
確かに、会社じゃあるまいし、しかも副委員長なんて呼ばれても嬉しくないか。
田中さんはショートカットで銀縁眼鏡をかけていて、いかにもできる秘書、みたいな感じだ。背も高めなので、大人みたいでちょっと緊張する。
かなちゃんにも会釈して、僕の対面に座った田中さんに、僕はつばを飲み込んで何とか口を開く。
「あ、あの、それで、その、み、みんなの名前、覚えたいんだ。た、田中さんは、昨日のホームルームで、みんなの名前、呼んでたから」
「はい。覚えるのは少し、得意なので」
大げさに謙遜するでもなく、さらっと流すように応える田中さんは、まじ大人って感じだ。頼もしいなぁ。
「顔と名前を一致させたいということですから、座席表みたいに書いた方がいいですよね」
「う、うん。ひとりずつ言ってもらえたら」
「こちらで書き起こしてあります」
「!」
す、と田中さんはきれいな文字で書かれた教室の座席表を鞄から出してきた。僕の席にははなまるがつけて合って、現在地みたいで非常に見やすい。
ゆ、有能! 田中さんすごく有能だ! なんだ、この世界って、もしかして、優しくて有能な人ばかりなの? 上位世界なの?
「あ、ありがとう、田中さん」
「どういたしまして。あくまで簡単な一覧表なので、私が補足もするので酒井君の手で特徴等書き込めば、より覚えやすくなると思いますけど、どうですか?」
「田中さん、天才なの?」
「いいえ。ただ、酒井君の希望に沿うにはどうしたらいいかと、考えただけです」
そっと容貌に反して柔らかく微笑んで言われて、思わずドキッとしてしまう。め、めっちゃくちゃ、いい人だー。
「あ、ありがとう。田中さん、いい人だね」
「いえいえ。可愛いクラスメイトが頑張ろうと言うのですから、協力したくなるのは、当然ですよ。さ、じゃあどこからにしますか?」
「えっと、確認もこめて、僕の近くの席の人から、特徴言うから、合ってたら教えてくれる?」
「はい。あ、小林さん、一応小林さんの分もコピーしたのだけど、いります?」
「え、いいの?」
「はい、もちろん」
「あ、ありがとう」
かなちゃんは特に覚えようって感じもなかったし、僕の保護者であって会話に入れる必要性考えてなかったけど、田中さんはかなちゃんのことも考えていたらしい。いい人だなぁ。
「えっと、かなちゃんの前の、前田さんは……」
と、特長って、なんだろ。いやもちろん、さすがに覚えてる。クラスメイト並べて選んでって言われたらわかる。毎日視界にはいるわけだし。でも、区別するほどの特徴ってあるかな?
「えー、髪はまあまあ長くて、鞄に黄色い熊のストラップつけてた、よね?」
「そんなのつけてたっけ? それより、いつも下にジャージはいてる方がイメージ強いけど」
まぁ確かにジャージだけど、でもそれって結構クラスでしてる人いるし、特徴にならないかと。って、僕のもそうか。髪の毛まぁまぁってアバウト過ぎだし。
「全部そうですけど、多分その情報だと、区別難しいですよね」
「……うん。難しいよね。どんな風に特徴ってまとめて覚えればいいんだろう」
「個人的な覚え方なので、向いてなかったら申し訳ないですけど、言っていいですか?」
「もちろん、お願いします」
「やっぱり、顔のパーツとか、そう変化のない部分ですね。例えば青葉さんとかは、一重で切れ長の目、とかですね。クラス内で混同しなければいいですし、ちょっと失礼な覚え方も人によってあったりしますけど」
「失礼って?」
「個人名は避けますが、豚鼻とかですね。あと、すぐに変わるものでも、しばらく覚えるだけの仮の特徴でも問題ありませんよ。例えば眉間にニキビとかで、消えるまでにちゃんと顔を覚えれば、特徴にこだわる必要はなくなりますし」
「な、なるほど」
特徴を覚えることそのものが目的じゃないから、今だけそれで判断して、顔見て名前を言っていれば、セットで覚えられるってことか。本人に言う訳じゃないから、個人を特定できる特徴であればいいってことね。
確かに。特徴特徴って、それに固執して本質を見失うところだった。
「田中さんみたいに頭がいい人って、何というか、発想が違うんだね。ニキビを目印は思わなかった」
「ねー、かなちゃんも見習いなよ」
「いや、たくちゃんもね」
「はい、じゃあ、とりあえず二人とも脳内の前田さん像は合っているから、それを踏まえてもう一度特徴を考えてみて」
「わかった」
前田さんの顔からの特徴ね。うん、うん………か、顔かぁ。うーん。見たらわかる。見たら分かるのは間違いないけど、どんな顔だっけ? なんかこう、10メートル先から見てるくらいの映像ならはっきりしてるんだけど、ズームしようとすると途端にぼやけるというか。
えー? 何となくイメージはあるんだよ? 間違いなく覚えてるはずなのに。……今日も見てるはずだ。思い出せ。朝、席について、かなちゃんの前に、うん、座ってたぞ。隣の席の、えー、た、武田さんと話してたような? 横顔は見たような。うーん。日焼けは、そんなにしてなかったような。
「……」
ちら、と隣を見る。かなちゃんが書き書きと、自分用の座席表に書き込みをしたからだ。
「酒井君、カンニングはいけませんよ」
「う」
た、田中さん、めざとい。そしてかなちゃん、本気でカンニングされたみたいに腕で隠すのやめてよ。なんかその反応、傷ついた。
「もー、わかりません。降参」
「仕方ないですね。ヒントに写真を見せてあげます」
「え、いいの?」
「こんなこともあろうかと、全員の写真をコンプリートしてあります」
携帯電話を操作して見せられた写真は、前田さんと隣の席のお友達の武田さん?と一緒に写っている田中さんが映っている。
無表情で言われたけど、え、マジで? 田中さん、ちょっと恐いんだけど。どういうことがあると思ってたの?
「と言うのは嘘で、普通に私が覚えたいので、話をした相手とは写真撮るのが習慣になってますね。人以外も、割と写真魔ですし」
何だ。ビビッて損した。でもなるほどね、田中さんは写真魔になることで、見直して覚えられるようにしているのか。それいいなぁ、上手い手だ。
「そうなんだ。ちなみに僕ももらったりは……無理だよね?」
「そうですね、さすがに私も映っているとはいえ、人の写真を勝手には。見せるので、特徴だけメモしてください」
「はーい」
「田中さん、私もわかる限り書いたから、ちょっと見てもらってもいいかな?」
「もちろん構いませんよ。見せてください」
こうして一通りの人の、名前と顔を見てメモした。たぶん、これで少しは覚えたハズ。後はクラスにいる時に、できるだけ人を見て覚えるようにするだけだ。




