部活? なにそれ美味しいの? 高山視点
「市子ー、ホントに吹奏楽部に行くんですか? 入らないって方針決めてたじゃん? ていうか私は絶対入らないんですけど」
「半端にするくらいなら、普通にしゃべってほしいんだけど」
普通に行くよ、と言われてついてきたのだけど、何で行くのか理解できなくて聞いたのに、全然関係ないことで市子が半目で見てきた。ことさら露骨に首を傾げて見せる。
「え? 普通って何のことですか?」
「まじで、敬語キャラいつまでつづけるの?」
「酒井君とお友達になれた、こんなにすごい効果他にあります? 当然死ぬまで続けます」
「敬語関係ある……?」
うるさいな。確かに、敬語キャラでない市子も友達の輪に入っているのだから、関係ないっちゃない。たまたまいい席確保して、うまいタイミングで欲しがってくれて、奇跡的に酒井君の性格が最高なのでうまくいっているだけだ。
でもこれはもはやゲン担ぎみたいなものだ。だいたい、すでに酒井君の前ではなりきっているのだから、今更変更できるわけがない。
「とにかく、何で行くんですか?」
「言ったでしょ。前田先輩が、入部しないにしても、ちゃんと部活の雰囲気知ってからにしろって言って、とにかく今日来いって言ったって」
「そうですけど、でも、一回行ったらなし崩しになりますよ」
「……正直、そんな気がしないでもないけど、でも、行かない訳にもいかないでしょ。前田先輩だよ?」
「……、いえ、私が話をします」
「え?」
確かに、前田先輩にはお世話になったし、それだけじゃなくて体育会系ばりばりって感じで強面だし、面倒見がいい反面すぐ手が出るから結構苦手でビビってた面もある。
でも前に市子と話して、吹奏楽部には入らないと誓った時から、もう決めたのだ。私は、酒井君と結婚する!
いやまぁ、結婚は難しい気がする。そこはさすがにわかっている。でも自分でも無理めな、男子と仲良くなるという目標をこんなにあっさり達成したのだ。なら夢を見てしまうのも仕方ない。
それになんだかんだ言って、酒井君てほんとにスーパー性格よくて優しくて、多少の失礼も許してくれるし女ってだけで忌避しないし、友達になりたいとか言ってくる天使だ。友達になれた現状、さりげなく拒否られない程度に押していけば、いずれ愛人になれる気がする。わりと勝機はある気さえする。なので諦める気はない。
その為には、吹奏楽なんかに青春を燃やしている場合じゃない。酒井君と少しでも仲をつめていくのだ。汗臭い青春とか、まぁそれなりに楽しいし、楽器演奏自体好きだった。合奏とか、上手くいくと感動もする。否定はしない。でも高校も絶対しようってほどの熱量ではもともとなかったのだ。
男子優先に決まっている。こんなの、高校時代か人生をとるかの二択みたいなものだ。誰だって、人生をとるに決まっている。
酒井君といちゃらぶになるために、例え恐い先輩が相手であろうと、立ち向かう!
気合を入れる私に、市子は目を細め、声も潜める。
「……歩…、本気なんだね?」
「もちろんです。市子は前田先輩にビビッて、諦めるんですか? その程度なら、ライバルなんて言わないでください」
「……わ、私だって、本気だよ」
「え? なんですか? 聞こえなーい」
小さな声で反論してきたので、あおってやる。先日、酒井君と結婚したいぞって語り合ったあのやる気を、どこにやった。
市子は私のセリフに、むっと眉を寄せてから、ゆっくり口を開いた。そして大きな声ではないけど、芯のある声をだす。
「私だって本気だし、譲る気はないよ。たまたま仲良くなった男子だからじゃなくて、酒井君だから、諦めないよ」
その言葉に私は、抑えようと思っていたのにぐっと口角が上がってしまった。市子がヘタレ気味で、でも本気のことは譲らないことは、ちゃんとわかっている。
「じゃあ決まってる。前田先輩に断ろう」
「うん、決まりだ」
にっと笑いあう。
そしてこの後、私たちは前田先輩に土下座して許してもらった。
○
酒井君は可愛い。まず顔が可愛い。声も可愛い。つるっとした頬っぺたとか撫でたいなぁとか舐めたいなぁとか油断するとつい思ってしまうくらいで、ちょっとおどおどしたところも可愛いし、でも頑張ろうとしている感じとかキュンキュンする。
今日だって、交流会の話をされた時、すっごい驚いて深呼吸したりして、キュートすぎた。クラス中の視線を独り占めしてしまうのも無理はない。
前からクラスのみんなが酒井君を意識しているのはわかっていた。と言うかたぶんわかっていないのは酒井君だけだ……えーっと、多分。小林さんは、わかってるのか、正直不明だ。なんかちょっと天然っぽいんだよね。
それはともかく、普通に参加するって言って、事前に委員長から話は聞いていて、多分了承するだろうって思ってはいたけど頷いた酒井君に、やっぱりなと思いつつ、がっかりした。だって、これで酒井君はクラスに溶け込み、友達を作り、私と市子だけが特別ではなくなる。
でもそれは仕方ないことだ。まだアドバンテージがあるだけ幸運なのだ。ここからさらに、頑張ればいい。地の利だって大きい。
どうしたって、酒井君を諦めることなんてない。男子ならだれでもいいって、前は思っていた。だから酒井君を見た瞬間、顔が好みだからそれだけで、きたって大喜びしていた。提案して、却下されたり罵られたとしても、まず声を交わしただけでもうけものだって思った。
でも酒井君はそのどちらもせず、素直に席について、よろしくって言ってきたのだ。はにかみ可愛い笑顔で。この時点で恋に落ちているのに、その後も酒井君はいちいち控えめでおとなしくて人見知りで、でもそんな自分を変えたいらしくて頑張っているところがもう、たまらない。応援したくてたまらないけど、私だけと友達でいてほしいななんて独占欲がわいてくるくらいだ。
連絡先が登録された瞬間、待ち構えていたクラスメイトの挨拶爆撃にビビッていたのも可愛かったし、その後何となく私と市子も送ったら、悪戯だと思ったのか、もー! と怒った。怒ったけど半分笑っている怒り方で、くっそ可愛い。
大きな声を向けられたのは初めてで、それだけ気を許されたのかと思うと感動すらした。酒井君からもっと、あんなふうに感情豊かな顔を向けられるなら、何があっても構わない。
そう、先輩の罵倒すら、流すことは簡単だ。
「聞いてるのか? ああ? お前ら、さんざん面倒見てやったのに、高校はいればはいさよならって、ありえないってわかったか?」
「……」
「聞いてんのかこら!」
「き、聞いてます。前田先輩には確かにお世話になりました。でも、入部するかは個人の自由ですし」
「ああ!? 私が頼んでるってのに、お前は入りたくないってのか!?」
「……」
「す、すみません。でも、その……」
「おい、高崎。お前さっきから、何、完無視してくれてんだよ」
「……」
「高崎!」
「えっ……あ、すみません」
酒井君の妄想してたら、完全に意識飛んでた。え、今私、名前呼ばれた?
「てめぇ、なに考えてた?」
「はい、さっき言ったように、好きなクラスメイトのこと考えてました」
「このボケがぁ! 色ボケにもほどがあんだろうが! お前は吹奏楽より、青春より、恩義ある先輩より、出会って数日の男をとるっていってんだぞ!?」
「そうです。酒井君は私の人生です」
素直に答えているのに、怒られた。でもとにかくなんとか、酒井君の妄想でしのいだ。ありがとう、酒井君。とうとう根負けした前田先輩も許してくれたし、これでなんの憂いもなく、酒井君に私の人生捧げられる! やったね!




