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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
142/149

加恋とデート

 今日はた、じゃなくて、加恋との初デートの日だ。いつも、デートの時はドキドキするけど、今日はいつもと勝手が違うから、またちょっと緊張するなぁ。

 一瞬とは言え滝沢先輩って言いそうになるのもなんとかしないと。年上だから先輩ってイメージを固めてしまったから、すぐに変わってくれなくて困る。とにかく、それだけは気を付けていこう。今日は加恋とデート、加恋とデート、と。


 かなちゃんと最寄り駅まで行くと、すでに加恋がそわそわしながら待っていた。思わずくすっと笑ってから、かなちゃんにキスして見送ってもらって、加恋のところへ向かう。

 駆け足で近寄ると、途中で気づいた加恋が慌てたように僕に近寄ってくるので、足を緩めて声をかける。


「加恋、お待たせ」

「い、いやいや、全然、全然待ってないです!」

「敬語」

「ま、待ってない、わ?」

「何で疑問形?」

「あれ、と言うか、加南子ちゃんは?」

「あそこだよ」


 振り向いて示すと、ちゃんとかなちゃんはこっちを見てくれている。デートの時に、会う瞬間傍にいるのは微妙とか言って、距離とってくるんだよね。

 加恋がかなちゃんにお辞儀して、かなちゃんは手を振ってから踵を返した。こうしてみると、なんだか、僕の引継ぎめっちゃ厳重だな。今更かもだけど。


「じゃ、行こうか、加恋」

「は、はい!」

「あの、だから」

「ご、ごめん。でもほんと、緊張のあまりだし、見逃してくれると嬉しい。気を付けるから」

「まぁ、いいけど、えっと。じゃあ、とりあえず」

「はい。じゃあ、とりあえず、行きましょうか」

「うん」


 なんだかやや混乱しているようだけど、出発した。行き先は定番も定番の映画館だ。加恋が映画好きだし、無難すぎると言ってもいい。本人の希望だし、僕もかなちゃんとの初デートは映画だったし人のこと言えないけど。


 映画館に向かいながら、今日見る映画について話す。加恋おすすめの海外のアクション映画だ。


「もともと見る予定の映画だったんだよね?」

「うん。この監督の前作が凄く好きで、放映前から楽しみだったんだ。一応、吹き替え前も見たんだけど、すごくよかったから、吹き替え版も見たくて。私、結構作品による訳の仕方の差とか、見るの好きで。吹き替えてると、同じ映画でも全然雰囲気変わったりして」

「あ、一回見てたんだ」

「はい」


 すごいな。思っていたよりガチ勢だった。映画を家で見るのが多いって言ってたけど、それも映画館でも見た上で、全部は見れないから、見れなかったのをレンタルでって話みたいだ。どんだけ映画好きなんだ。


「加恋って、思ってたより映画好きなんだ。パンフレットとか集めたりもしてるの?」

「え? いや、それはないですね。グッズ系とかはあんまり。あ、でもすごく気にいったものは、DVD買ったりはありますけど」

「へー。それ、また見せてくださいよ」

「う、うん……えへへ」

「え、なに急に笑ってるんですか?」

「ご、ごめん、きもくて。なんか、恋人っぽいなぁと思って」


 きもくはない。可愛い。次の約束しただけでデートっぽいって可愛い。自分も最初そんな風に思ってただろうけど、考えたら数か月前のはずなのにもうずっと前みたいであんまり覚えてないな。

 どんな風に感じてたっけ。かなちゃんとの最初の頃とか、もうドキドキしてた記憶しかない。ふむ。ここは上から目線になるけど、デート経験者としてリードしてあげよっかな。


「じゃ、もっと恋人っぽくしようよ」

「え、も、もっと、とは?」

「手、繋ごうよ」

「! え、ほ、ほんとにいいの!? まだ初めてのデートなのに!?」

「こ、声大きいよ。初めてでも関係なくない? だって、恋人なんだし」


 恋人未満のお試しデートでもなく、普通に最初から両想いの恋人として付き合いだしたんだから、別におかしくはないでしょ。

 驚きすぎて大きくなった声を注意すると、加恋は口元を抑えてひぃと肩をすくめながら、きょろきょろと周りを見回してから謝罪する。


「ご、ごめん。つい。じゃあ……お、お願いしますっ」


 加恋は握手を求めるように手を差し出してきた。真っ赤な顔で、もじもじと小さく体を揺らしながらで、僕よりずっと大きいのに、なんだかおかしくなってしまう。


「ふふ、うん」


 手を握る。大きくて、自分から握ったのに、ちょっとドキッとした。かなちゃんとか、みんなより断然大きい。それに少し骨ばっている。たくましい感じで、何だか少し怖いような気がする。


「……」


 でもそんな感情は、わずかに手を震わせて耳まで赤くなる加恋の様子に、全然力の入っていない手に、すぐなくなってむしろ可愛いなって癒される気持ちになる。


「ねぇ、加恋、こんな感じに、リードされるの、嫌じゃない?」

「え、あ、ご、ごめん。もっと、私からするべきだったよね」

「あ、僕は全然、加恋可愛いし、もっとぐいぐい引っ張ってもいいんだけど。加恋的には嫌だったらあれだから。どう? 自分からぐいぐい行きたいタイプなら、僕も待つけど」


 加恋のペースを乱して戸惑うのも可愛いけど、加恋のゆったりペースが好きなので、女としてのプライドとかあるなら、合わせても全然いい。慌てる必要はないしね。

 僕の質問に、加恋は何故かまた回りを見渡して、声をひそめ気味にちょっとだけ遠慮がちに顔をよせてきた。僕は少しだけ笑って、内緒話がしやすいようにぐいっと顔をよせる。


「なに?」

「っ、あ、あの、そのー、た、卓也君が、情けない女が嫌じゃないなら、リードしてくれたら、ありがたいです」

「ふふ。大丈夫。加恋だから、嫌じゃないよ」

「っ、う、嬉しすぎて、死にそうです」

「はは、もー、大げさ。恋人なんだから、普通だよ」

「ふ、普通。私の知ってた普通と違うわ」

「じゃあ、これからなれないと。だって、これからずっと僕と一緒にいるんだから、僕の普通と一緒にいることを、普通に思ってくれないと」

「……ねぇ、一つだけ、お願いしていい?」

「え、なに?」

「この間から、幸せ過ぎて本当に夢なんじゃないかと不安だから、一回つねってくれない?」

「いいけど……」


 いいけど、もう何日たってると思ってるの? そろそろ現実だと認めて?

 さすがにちょっと呆れる。軽く頬をつまんで、痛みが出るまでしてあげる。喜ばれたけど、こういう直接的な暴力は楽しくないからやめてほしい。


「ありがと。えへへ。早くなれるよう、頑張るわ。ふがいなくて、ごめんね。こんな私だけど、改めてよろしくね」

「うん。こちらこそ。僕、ちょっと変わってるけど、よろしく」

「うん。知ってる」


 知ってるって。ちょっと僕になれてきてるじゃん。

 なんかちょっとおかしくて、笑って、僕らは映画の時間ぎりぎりで早足になった。


 映画を見て、手を繋いだままだったから、緊張してよくわからなかったと笑う加恋と喫茶店でゆっくりして、お店とかをぶらぶらした。


「ねぇ、これ、プレゼントしたいんだけど、いい?」

「え、いいけど、どうしたの?」


 雑貨店のパワーストーン系の商品棚を見ていると、一つのブレスレットを手に取りながら前かがみのまま振り向いて、加恋がそう上目使いに伺うように聞いてきた。

 プレゼントって、初デートだから? でもそれって僕に直接聞いてくること? ようやく恋人状態に慣れてくれて普通に話すようになったのはいいけど、まだ恋人としてどういう距離感で来るのははよくわからない。


「初デートの記念に。あ、重かったら普通に断ってくれていいのよ? 私、都合のいい女でいれるよう、頑張るから」


 普通に初デート記念だったらしい。よかった。だってもし関係なくプレゼントしたいとか貢ぎたいみたいのだと困るし。最初だから記念って言うなら、遠慮なくもらおう。でも、そのあとはちょっと。なに、都合のいい女って。いやまぁ、愛人にって時点で、すでにこの上なく都合いい存在なわけだけどさぁ。


「うーん、表現。重くはないって言うか、普通に僕だって、今だけの関係とは考えてないんだから」

「そ、そう?」

「うん。まあ、学校あるから、ずっとつけるとか無理だけど、デートの時くらいつけてくるよ。お揃いだよね?」


 加恋は僕に示したのと別に、色違いの別のブレスレットも気にしていたみたいだから、多分そういう事だろう。その方が初デート記念っぽいし。加恋は年上だし、バイトもしてるらしいから、かなちゃんの時ほどあんまり奢られたりプレゼントに抵抗はなし。財布代わりにする気はないけどね。


「……」

「?」


 と、ブレスレットを見ながら尋ねたのに、何故かすぐに反応がない。顔を上げると、加恋はじっと僕を見ていて、やや引く僕に、加恋は慌てたように口を開く。


「え、ええ、そのつもりだけど……卓也君、愛してる」

「えっ、な、なに、急に」

「いや、ほんとに、もう、愛おしすぎて。生まれてきてくれて、ありがとうっ」

「お、大げさだから」


 何だかわからないけど、何かがツボにはいったらしい。僕だって、加恋のことは好きだと思っているわけで、当然悪い気はしない。しないけど、外だし、さっきまで僕がからかう側って言うか、リードする側だったのに。なんか、照れる。


「か、買うなら早く買おうよ。すぐつけるし」

「ほんと? 嬉しい。この色でいいかしら?」

「う、うん」


 何というか、思ってたのとちょっと違うかもしれないけど、でも、なんか、これはこれでいいかも。

 こうして僕の新しい恋人、加恋との初デートは特に問題もなく、普通にドキドキしたりしながら過ごした。


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