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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
141/149

かなちゃんと呼び捨て

「ねぇ、かなちゃん」

「なぁに、たくちゃん」

「なんか機嫌悪い?」

「え、いや、悪くはないよ」

「でも無言じゃん」


 た、加恋と恋人になった帰り、かなちゃんは何だかいつもと違う感じだ。全然話しかけてこない。

 だからちょっとドキドキしながら聞いたんだけど、かなちゃんはきょとんとしてから、わたわたと慌てたように手を振って、違う違うと否定しながら僕の手を握ってきた。


「違うよー、ごめん、ちょっと考え事してて」


 そして僕の機嫌を取るように親指でつないでいる手の甲を撫でてくる。悪い気はしないんだけど、かなちゃんがしたいからしてる感じするのに、ご機嫌取りになるのは何だか納得できない。


「なに、考え事って。僕が目の前にいるのに」

「もー、たくちゃんのことだよ、馬鹿だなぁ」

「んん? なに? 僕の何さ」

「たくちゃんが、滝沢先輩のこと、加恋って呼んでたでしょ?」

「え、うん。何かまずかった? 本人が言ってるんだよ?」


 年上とは言え、恋人になるんだし、なにより本人が言っているんだから、いいと思ったんだけど。まずかったかな? 高校的にも、いずれ大学的にも先輩になるんだし。

 不安になる僕に、かなちゃんは苦笑してつないだ手をゆっくり揺らして僕をなだめる。


「まずいとかはないよ。そうじゃなくて、そう言えば私って、たくちゃんから名前の呼び捨てとかされたことないなって」

「してほしいの?」

「どんな感じかなって考えてた。ほら、今度二人きりでデートしたら、次私がするわけだし、その時に自然とそうなるかなって」

「自然とはならないでしょ」


 再現デートだからって、呼び方はそのままじゃん、今までも。かなちゃんのこと、加南子ちゃんって呼ばないし、僕のこと卓也君とも呼ばないでしょ……あれ、意外と、君付けいいかも。


「え、ならないの?」

「だって別に、かなちゃんだって相手になりきってるわけじゃないし。でもまあ、それはそれで悪くないけどさ」

「だよね? 新鮮だし」

「うん。ていうかさ、毎回そうやって再現デートするじゃん?」

「え、うん」

「それ楽しんでるよね? 無理してないよね?」

「もちろん。楽しいよ。たくちゃんの意外な面も味わえるし」


 ほっ。よかった。まさかとは思ったけど、ちゃんと喜んでくれてた。一応、万が一、僕が言いたがっているから我慢して聞いてくれていた可能性がなくはないからね。よかった。でもそうなると疑問もある。


「じゃあなんでさっき、キスも会話もしないで的なこと言ったの?」

「いやそれは言うでしょ。目の前でされるのは全然別だから」

「えー?」

「なに、したかったの?」

「うーん最初だから、今回はいいけど、ていうかそもそも、普段から、他の子とキスする時とか、なんだかんだかなちゃん意識したりしてるんだよ?」

「え、そうなの?」

「うん。それがまたいいんだよ。だから、目の前でするのもそれはそれでいいかなって思ったんだけど」

「たくちゃんはもしかして悪魔なのかな?」


 そうなの? と何だか嬉しそうな顔をしたかなちゃんだったけど、だから目の前でしてもいいでしょ? と話を持って行くと何故か白けた顔をされた。なにその顔。誰が悪魔だ。

 いや、しょうがなくない? 合法で許可もらっているとはいえ、やっぱ多少の罪悪感を感じはするわけで、それが多少のスパイス的な役目を果たすのはしょうがなくない?


「そんなことないけど、わざわざかなちゃんを連れてデートしないんだから、いい機会ではあったよね?」

「いい機会と言っちゃうことに、ほんとどうかしてると思うけど、たくちゃんのことは依然として大好きだよ」

「なに、そのいきなりの告白」

「いや、ちょっと引いてるから、あえて主張しておこうと思って」

「そんなに引いたの?」

「いや、引くよ。まぁそりゃ、再現デート時は、それはそれとして、いつもと違う気持ちで、まあ、あれだけど。やっぱり、目の当たりにすると、焼くよ。めっちゃジェラシるよ」

「ジェラシるって。ジュラシックみたいに」

「恐竜のように荒ぶってるって言いたいの?」

「全然そんなことはないよ」


 すごい発想するなぁ。単純にジュラシックっぽい響きだと思っただけなのに。ジェラシック。クラシックも似てるよね。いや、似てないな。先頭は濁音じゃないと。


「もう、なんなの、たくちゃんは。すぐそうやってふざけるんだから」

「えぇ、冗談めかしてジェラシックって言いだしたのそっちじゃん」

「いや、ジェラシックとは言ってないから」


 記憶改ざんしないでとか言われた。ちょっと言い間違えただけなのに。やっぱり今日、当たり強いよね?


「なに、かなちゃんやっぱ今日冷たいじゃん。あれでしょ、たきざ、じゃなくて、加恋に焼いてるんでしょ」

「それはもちろんそうだって。だってなんか、呼び捨てって強くない?」

「うーん? 基準よくわかんないけど、幼馴染の方が強くない?」

「確かに!」


 何故か興奮したように頷かれた。適当に言ったのに、それでいいのか。

 と言うか、嫉妬してくれるのは普通に嬉しいし、全然いいんだけど、なんか違う感じって言うか。誤魔化している感って言うか。怒ってるのって聞いても普通にそんなことないとか言うし、もっとわかりやすくしてほしいって言うか、何ていうか。


「加南子」

「! ……へへ、卓也、好きだよ」

「う……」


 やば。普通に格好良くてドキッとしてしまった。こ、これ確かに、いいかも。呼ぶのもなんか、ちょっと照れくさい感じだけど、呼ばれるのはちょっと心臓に負担あるかも。


「こ、これは、中止」

「え? なんで? もっと名前呼びあおうよ」

「だめ、二人きりで部屋にいる時だけにする」

「んん? あ、そんなにドキドキしてくれた感じ? へへ、可愛いんだから」

「う、うるさいなぁ。そんなこと言うならこの後、かなちゃんの家に行こうと思ったけど、やめるよ」

「え、そんな計画が? ごめんごめん」


 かなちゃんが謝りながら僕に肩をぶつけて、そのまま押し付けるような感じのまま歩く。う、うっとうしい。普通に歩きにくいし。


「やめてよ。普通にして。家にはいくから」

「やったね。へへ。にしてもどうしたの? 今日は滝沢先輩と付き合えたんだし、そのままの気持ちで過ごすんだと思ってた」

「んー、だって、かなちゃんの嫉妬がなんか微妙だし」

「なに、その微妙って。嫉妬に微妙とか正解とかないでしょ」

「あるよ。嫉妬してるんだったら、素直にそう言って甘えてほしんだけど」

「えー、それは、恥ずかしいし、私にだって女としてのプライドあるからね?」


 僕は素直に言ったのに、かなちゃんは恥ずかしいと視線をそらしながら言って、きりっとした顔でプライドがあるとか言ってきた。なんだもう、可愛い。可愛いけど、その態度はちょっと。


「可愛くない。僕に可愛がられたかったら、もっと甘えてよ。もっと僕のこと好き好きアピールしてよ」

「たくちゃん……そのセリフ、言ってて恥ずかしくない?」

「は、恥ずかしいから我にかえさせないでよっ」


 なにちょっと赤くなりながら冷静にコメントしてるの!? う、うう、勢いで言ったけど、好き好きアピールってなんだ。特に二回言うところが馬鹿っぽすぎる! あああ。ひどい。なんでそんな風に言うの?

 恋人だよ? 道とは言え二人きりだし、そんな人気ないし、普通にこれから部屋に行って二人きりになるって言うのに、なんで冷静にさせるの!?


「あー、ごめん、つい。なんか、たくちゃん可愛くて頭沸騰しすぎて、一周回って冷静になったと言うか。ていうか、私がたくちゃん大好きなのはわざわざ言わなくてもわかってるでしょ? ていうか別に、普段から好き好き言ってるし」

「言ってるけど、言葉じゃなくて態度でってこと。かなちゃんだって、僕がかなちゃんのこと大好きなの確信してても、言葉と態度で示してほしいでしょ」


 お互いに、お互いが一番好きなのはわかってるし、そのことに疑問とか疑うことはないと確信してる。してるけど、だからってじゃあ何にも言わなくてもいいかと言うとそんなことは絶対ない。

 ていうかそれに胡坐かいて変にこじれたり仲たがいとかしたくないし、かなちゃんとはちゃんと意思表示しあいたい。それは当たり前のことでしょ。


 僕の言葉に、真顔でちょっと考えるみたいな顔して頷くかなちゃん。


「それは確かに。よし。じゃあお互いに示しあおうか、卓也」


 だけどすぐにそう言ってにっと悪戯っぽく笑うと、なれなれしく僕の肩を組んできた。むむむ。


「……そのつもりだけど、まだ呼び捨て駄目って言ったでしょ」

「いいからいいから、さ、急ご急ご」


 いいけど、なんか納得いかない。まぁ、滝沢先輩、じゃなくて、加恋のことでもやもやしてたのがなくなるなら、いいけどさ。


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