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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
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プロポーズ 滝沢視点

「滝沢先輩、一緒にこれ見ましょうよ」

「あ、はい。いいわね。じゃあ、準備するわね」


 クリスマスが終わり、年明け一発目。まさかの年始三日目にして、卓也君に会えるなんて今年は幸先が良すぎる。なんだか幸せ過ぎて、まいっちゃうな。なんて馬鹿みたいなことを考えてしまう。

 面倒だからって実家に泊まりで帰らなくてよかった。


 それはともかく、卓也君たちとはとくになにをするって決めていなかったけどどうやら映画をかりてきてくれたらしい。

 以前に、休みの日はだいたい映画を見て過ごすし、自慢のスクリーンがあると言っていたので、それを楽しみに来てくれたらしい。おまけにポップコーンまで買ってきてくれて、こんな可愛い現役男子高校生と一緒に自室で映画鑑賞とか、私が全部お金だしても足りないくらいなのに、申し訳ない。


「わー、すごい、本格的ですね」

「あ、僕真ん中ね」


 ミニテーブルをどけて、ベッド前にクッションを並べて、反対側の壁前にスクリーンを下ろして、スピーカーとか機械類のセッティングを済ませて、渡されたDVDをセットする。

 カーテンを閉めて、二人が座っていて、飲み物とかも位置的に問題ないことを確認してから、私も座って電気を消す。


「本格的でどきどきしちゃうねー。あ、ていうか勝手に選んできましたけど、最新作だし、まだ見てませんよね?」

「え、ええ。大丈夫です」

「え? なんで敬語になってるんですか? ふふ」


 隣から話しかけられ、思っていた以上の近さに動揺する。だって、映画館の感覚で普通にめっちゃ隣に座ってしまったけど、これ、振り向かれたらめっちゃ近! き、キスできそう! や、やばすぎません?

 いやこんなの、間違ってしまいそうで恐い! ここで逮捕されてもいいから間違いたいと思ってることがやばい。もう。だって、上手くいけば今だけじゃなくて、友達関係として長く付き合ってそれだけ長く笑顔をこの距離で見つめられるってのはわかっているのに、それ全部蹴っ飛ばして今一瞬を優先して将来をふいにしてもいいとかやばすぎるでしょう。


 ほんとだめ、だめです。耐えて私! 私の理性耐えて!


「み、みたことはないわ。だからだいじょうぶよ」

「よかったー。あ、始まるよ」


 にこっと笑顔を私に向けたまま促されて、ぎくしゃくと頷きながら前を見つつ、全然頭に入ってこない!

 だって今、さりげなく最後の敬語じゃなかった! いままでずっと敬語で、敬語じゃないしゃべり方聞いてるけど全部加南子ちゃんに向けてだし、全然違うもん!

 あぁぁ、同級生みたいですごいときめく! 一緒に生まれたかった! なんなら隣の家に生まれたかった! もちろんそうなったとして仲良くなれる保障ないしむしろ絶対無理だけど!


 駄目だ。映画に集中するんだ私! ここで自分を見失ったら、卓也君を失うのはもちろん、加南子ちゃんからの尊敬の眼差しも失うのよ! 仮に卓也君が男の子じゃなくなってもこの関係ホント貴重だから!

 今回二人が借りてきたのは、話題の宇宙人襲来系だ。アクションのいいやつ。映画は基本的に娯楽として頭からっぽにして見るものだと思っているので、小難しい人間関係とかのないアクションものがいい。

 なのでこれもいずれ借りたいと思っていたので、とても嬉しい、うまいチョイスだ。そう、集中するんだ、私。


 オープニングの宇宙人来訪シーンが終わり、シーンは急に日常に移行する。宇宙人のことなんてまだ知らない、平和なシーン。だけどここにも不穏の影が迫っていく。いつ異変が起こるのか、前振りがないだけにどきどきするシーンだ。


「……」

「!?」


 え、お、わ、あ、あぁ!? え、て、て、て、に、握られた!?


 映画に集中しようとした矢先、右手が柔らかい何かに包まれ、私は混乱しながら隣を見る。明らかに、映画の灯りだけでもわかる、私の手を握っている手の持ち主の卓也君は、映画を見て何食わぬ顔をしている。


「……」


 と思ったら、じっと見る私を見返してきて、にっこり、無言のまま微笑んで、ぎゅっと握る手の力を強くした。


「!??」


 あ、死んだ。心臓が、爆発して、体が一瞬で沸騰して溶けたんじゃないかと思うくらい、熱くて、息ができなくて、強く握られているんだろうけど全然優しくて柔らかい卓也君の手の感触に、私の口から勝手に声が出た。


「結婚してください!!」

「へっ!?」


 きょとんとしてる可愛いいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ。

 

「っ、ふはっ、あはははは! ははっ、ご、ごめんなさい、ははっ。あんまりに、言ったとおりだから、お、おかしくてっ」

「え?」


 可愛さに悶えている間に、卓也君はまん丸にしたお目目を細めて笑い出して、私が握っていない方の手で目をこするほど笑いながら、そう弁解した。

 その態度に、思考力が戻ってくる。え、い、言った通り? え、なにそれ、どゆこと? 誰が何を言ったって?


「な、なにを、言った通り?」

「こ、この間、かなちゃんが、はぁ、僕がスキンシップして好きにならない人いないなんて、馬鹿な事言ったんだけど、ごめんなさい、なんかその通りな感じの反応されたから、つい」


 そう言われて、ようやく理解する。あ、これ。からかわれたんだ。

 いや、それは悪意的なものの見方だ。卓也君には合わない。卓也君はそんなことしない。だから、つまり、彼は加南子ちゃんにそう言われて、絶対ないと思って、だからこそ、絶対ないし仮に試しても普通に流してくれそうな私に試したんだ。私が何にも言わなければ、ごめんごめんで済む話だから。

 なのに私は馬鹿みたいにプロポーズをした。それで卓也君は、笑ったんだ。ここで私も、彼と一緒に笑えば、なーんだ、ドキッとしたから思わずプロポーズしちゃったーって、軽く笑えば、見間違うことなく本気だったとしても、流して今まで通りの友達関係でいられるはずだ。


「……初めて見かけた時から、好きでした」


 そうは思ったけど、とても、笑えなかった。一瞬だけ、迷った。でもここで否定したら、きっと本当にもう二度と、私は告白なんかできない。もう言ってしまったんだ。なら隠せない。この思いには、もう嘘はつけない。


「知り合えて、もう、友達になれて、もう十分だって思っても、それでもやっぱり足りないんです。一日だけでもいいです。恋人にしてください。一日だけでもしてくれるなら、もう、人生全部、ささげますから。頑張って働いて、卓也君も加南子ちゃんも、愛人も全部、養います。なんでもしますから、お願いします」


 私は自然と、土下座していた。ああ、土下座なんてパフォーマンスだと思っていたけど、こんな気持ちなのか。相手の顔を見るのがこわくて、また、少しでも気持ちを伝えたくて、誠意を伝えたくて、極限まで頭を下げてるんだ。


「あ、頭あげてください。すみません、勘違いさせて。違うんです」

「いえ、勘違い何て、そんな。そんなの関係なく、好きになってるんです」

「いやそうじゃなくて、返事ははい、何ですって」

「え?」


 顔を上げると、困ったように卓也君が片手をわたわたさせている。あ、まだ手を握ったままだった!

 慌てて手を離す。あー、それにしても可愛らしい手だったなぁ……じゃなくて! え? はい? はいって、イエスってことよね!?


「こ、ここっ、ん。一日、恋人にしてくれるって、こと、ですかっ!?」

「え、あ、じゃなくて、その、け、結婚してって言うの……へへ」


 卓也君はテレ顔で頭を掻いている。可愛い。じゃなくて、え? 結婚? 結婚してくれるってこと!?


「あ、もちろん、かなちゃんがいるから、本当に結婚じゃなくて、その、愛人の枠にはなるんだけど、その、気持ち的に、将来を一緒に過ごす一人っていうか、その」

「愛人にしてください!」

「え、あ、は、はい」


 はい、はい!! はいって言った!! 言ったあああ!

 聞き間違いじゃないわよね!? ね!? いや聞き間違いでも夢でもいい! 今この瞬間は幸せをかみしめる!!



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