恩人さんにお礼
「あ、たくちゃん、ごめん、言い忘れてたけど明日、人と会う約束してるから来れないんだ。予定ないからいいよね?」
「え? なに? 誰と?」
「いや、たき、あー、あの、この間の恩人だよ」
「あー」
文化祭も終わった週末。急にそんなことを言われたのでびっくりしたけど、それなら納得だ。全く。ほんと、いまマジでビビったよ。僕を置いて誰かと会うとか、急すぎるし。はー。よかった。
一瞬疑惑になりかけた、かなちゃんの浮気説はすぐに消えた。でもそういう事なら、普通僕もお礼言った方がよくない? だって、むしろ助けられたの僕なわけだし。
「お礼言いに行くんだよね? 僕も行くよ。なにか手土産買うよね? 僕にもお金出させて」
「え? どうしたの急に。全然話題にしなかったのに」
「忘れてたし。でもかなちゃんが言うなら、僕が言わないの変でしょ。実際助けられたの僕なんだし」
「そうだけど、これは私にとってけじめも兼ねてるわけだし。いやまぁ、もちろん、お礼言いたいなら、それに越したことないか」
否定しかけたかなちゃんだけど、別に拒否する必要ないことに遅れて気づいたみたいで、肩をすくめてそう言った。なんだか偉そうだな。
「うん。あの人のお陰で、世間に悪人ばかりじゃないって思えるとこあるしね」
「え? そこまで? え? やっぱり結構傷になってるんじゃ?」
「そうじゃないって。ぶり返すのやめて」
「あ、うん」
「あくまで、全然知らない赤の他人で世間一般的に、悪人だらけじゃないんだなって程度の安心だから」
「結構程度の大きい話だと思うけど、まぁ、流してあげるよ」
何故かなちゃんが上から目線なのか。解せない。まぁ、本人が痴女ショックから立ち直って、前向きになってるわけだし大目に見てあげ……あれ? なぜ被害者の僕の方がかなちゃんを気遣っているんだろう。
「じゃあ、一緒に行こうか。あ、手土産は午前中に買う予定だったんだけど、じゃあ一緒に今日買いに行こうか」
「行く行くー。何がいいかなぁ」
隣で寝転がっているかなちゃんを振り向きながら考える。と、かなちゃんはずっとこっちを見ていたみたいで目が合った。普通にずっと天井見てた。ちょっとびびる。
「こわ、なに見てるの」
「うーん? 別に、普通に可愛いから、いつでも見てるよ」
「ストーカーやめてください」
「またまた、そんなこと言って、やめたら寂しい癖にぃ」
「ちょっと、やめて。くすぐったいよ」
かなちゃんが頬をつついてきたので、掴んでやめさせる。うっとうしいので起き上がる。いつまでもベッドに寝転んでたら、また空気が桃色になってしまう。
ベッドから降りて、ベッドの横にもたれる形で座ると、かなちゃんも滑り降りてきた。その勢いで抱き着かれた。
「ちょっと、重いよ」
「ごめんごめん。でも逃げることないじゃん」
「逃げてないけど。で、何買うか決めてるの?」
「んー。普通に、お礼だけの予定だし、喫茶店で待ち合わせてるし、好みとかあるだろうし、無難にお茶菓子でもって考えてるよ。あんまり気合入れても、向こうも恐縮だろうしね」
「確かに、連絡先聞くときもちょっと強引だったもんね」
「う、まあ、だって、やっぱりお礼くらいしないと、気持ち、落ち着かないもん」
「いいと思うよ、別に。どんなお菓子が好きとか聞いた?」
「そんなの聞けるわけないでしょ? 露骨すぎるし」
「別に知られてもよくない?」
「よくない。気をつかわせるでしょ。まぁ、テキトーでいいでしょ」
気をつかわせるとか言ってる割にテキトーなのか。まあ、気持ちが大事だしね!
○
と言う訳で、翌日僕らはテキトーに午前に買い物をして、午後には恩人さんとの待ち合わせ場所へ向かった。
ちなみに名前は滝沢加恋さんと言うらしい。そう言われればそんな名前を警察に名乗ってた気がしないでもない。普通に忘れてたけど。
「お久しぶりです。先日はありがとうございました」
「あ、お久しぶりです。えっと、いえいえ。どういたしまして」
おっぱいでか! すっかり忘れてたけど、恩人さん巨乳だった! おっと。落ち着け僕。
「お、お久しぶりです。改めて、ありがとうございました」
……やばい。お礼言ってるのに、つい視線がおっぱいにいってしまうぞ! すごいぞ、なんだこの視線の吸収力は。これが巨乳か。
「ちょっとたくちゃん? お礼言う時俯くのは失礼だよ?」
「う、うるさいな」
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ。男の子に無理させられません、と言うか、あの、来られたんですね。大丈夫でしたか?」
「は、はいっ。大丈夫です……その、本当に、ありがとうございました」
「いえいえいえっ。そんな、何回も言っていただかなくても、本当に大丈夫ですから」
そう言って滝沢さんは腕をふる。おっぱいも揺れた。え……? あれだけの動きで、揺れるの?
「? すみません、人見知りなもので。あ、これ、お礼です」
「ああ、お気遣い、ありがとうございます」
かなちゃんが持ってきていた箱菓子を渡す。滝川さんは恐縮しながら受け取った。そのまま解散だとさすがにあれだと思ったのか、しばらく歓談を続けるらしい。かなちゃんが口を開く。
「滝沢さんは大学生ですか?」
「そうです。○○大学って言うところで」
おや? 聞き覚えのある大学だな? ……あ、お姉ちゃんの志望校か。じゃあ結構頭いいんだなぁ。へー。まあそうか。おとなしそうで文系って感じだし、お姉ちゃんより妥当か。
「あ、あそこですか。じゃあ頭いいんですね」
「そんなことありませんよ。昔から、真面目が取り柄みたいなものですから、お恥ずかしい……」
「恥ずかしいことなんてないでしょう? と言うか、私たちに敬語つかうことありませんよ。年上なのに。ねぇ、たくちゃん?」
「ん? うん、そうだね。あ、でも、敬語つかうのが癖とかなら、無理することないですけど」
世の中には歩ちゃんみたいな人もいるしね。一応そう言っておこう。なんか気が弱そうだし、逆に無理させたら悪いしね。
「そ、そんなことは、ない、けど……その、はい、じゃあ、ため口で」
「はい。でも○○大学って、いいですよね。私もできたらそのあたり狙おうかと思ってるんですけど」
「え、そうなの? お姉ちゃんもなんだけど」
「え、うん。あ、もちろん、もしたくちゃんが大学に行くって言うなら、そこを優先するけど」
「なんでいかない可能性がある風に言うの?」
そりゃ、大学って絶対行かなきゃいけない訳じゃないけど、別に頭がそこまで悪いわけでも、お金に余裕がないわけでもない家なのに、なんで普通に行かせてくれないの?
「え、ああ……行く気なんだ」
「行くよ。迷惑そうに言わないでよっ」
「ああ、ごめん。迷惑とかじゃないんだけど、たくちゃんの学力基準になるし、私これから勉強頑張っていく予定だから、今のペースだと○○大学微妙だし」
はーん? ……カチンときた。かなちゃんがすでに大学を具体的に目指しているのは初耳だし、平均以上取れている今から微妙とかって言うくらい○○大学が高レベルだったのは知らなかった。知らなかったけど、何その言い方。まるで僕だとその大学入れないみたいに。努力しないみたいな。
僕のお守りの為に大学のレベル下げなきゃいけないみたいに、思ってるからそういう発言出るんだよね? いくらなんでもそれは僕を馬鹿にしすぎでしょ。
「あのさ、確かに僕は○○大学目指してたわけじゃないけど、でもかなちゃんと一緒がいいのは僕だってそうなんだし、足引っ張る真似するわけないでしょ。僕だって、○○大学くらい行けるよ。馬鹿にするなっ」
「ご、ごめんって。馬鹿にしてないって。ここ喫茶店だし静かにね。はい、どうどう」
「ぐぐ」
肩を叩くと同時に頭を撫でられた。その動作にますますむっとするけど、喫茶店だしの言葉に何とか耐える。確かに、段々興奮して最後はちょっと大きめの声でてしまったけど。
「じゃあ、これから一緒に頑張って行こうか」
「ん……うん。それでいいんだよ」
「うん。ごめんね。って、あ、すみません、放置するみたいになって」
「あ、全然全然。あの、仲、いいんですね?」
あ、また敬語になってる、と思ったけど、さすがに指摘するほどかなちゃんも野暮ではなかったみたいで、照れくさそうに頭をかきながら答える。
「はい、まぁ、長い付き合いですし、一応、恋人なので」
「一応ってなにさ」
「はい、ごめんて。だってなんか、知らない人に言うの恥ずかしくない?」
「気持ちはわかるけど」
「ていうか、私にばっかつっかかってないで、滝沢さんにも話しかけてよ。大学に行けたら先輩だよ? あ、ていうか高校どこですか?」
「あ、と。同じとこです。あ、この間制服着てたじゃないですか? だから察したんですけど。母校です」
どうやらOGらしい。へー。そんで、かなちゃんの言うことももっともだ。
これっきりの関係だと思うと、正直あんまり興味なかったけど、でもコミュ力ってそういうものじゃないもんね。相手を選んでOFFしておこうみたいなんじゃなくて、普通に普段から自然にでるものだ。こういうとこで頑張って、知らない人との会話の経験値かせがないと!
僕はすっかりぼんやりしていた気持ちを奮い立たせて、おっぱいに立ち向かうことにした。




