文化祭3
かなちゃんがすぐエロに走ろうとするのは、まあしょうがない。この際スルーするとして、それはそれでなかなか僕がトラウマ払しょくしていることを認めようとしない。なんとかして、トラウマなんてもうないって理解させたい。
「さっきの僕の反応見てもわからなかった? 全然、怖がってなかったでしょ?」
「確かに、たくちゃんはこの春から変わってるし、努力もしてると思うよ? でも、努力だけで何とかなるわけじゃないでしょ? こんなのはさぁ。夏休みに、私がキスする時だって、抱きしめた時だって、震えたじゃない」
んん? なんかだいぶ最初の頃のこと言ってるよね? まぁ、最初って言っても、普通に、夏休みの頭だもんなぁ。日付で考えたら、別に三か月くらいか。
あれ、そう思うと、そんな僕のトラウマがもう完全になくなっているって思わないのも、無理はないか? 僕としては、かなちゃんとの関係が変わって色々するって言うのは、世界がひっくり返っても全然不思議じゃないし、普通に治ったのも違和感ないんだけどなぁ。だってそもそも、僕の世界をひっくり返したのがかなちゃんなんだから。戻せるのだって、かなちゃんだけだったんだ。
「あのさぁ、僕にとっては、かなちゃんだからだよ? わかんないかな。かなちゃんだけが特別なんだよ。さっきも言ったでしょ? それで伝わってよ。かなちゃんさえ、僕の隣に居て、僕の味方なら、大丈夫なんだよ。もう前みたいになるほどトラウマになったりしないんだから、大事なのはそこだから。かなちゃんが裏切ったらとか、僕をどうすればトラウマ地獄にさせられるとか、そういう仮定はいらないから」
「……うん。ごめん、さっきの質問はちょっとおかしかったよね。裏切る予定とかないから、安心してね?」
「うん。疑ってないけど」
ていうか今更だけど、裏切るとかなんとか、大げさだな。素面で言うにはなんか恥ずかしくなってくる。バトル漫画じゃないんだから、日常にそんな裏切り展開ないでしょ。
はぁ。段々恥ずかしいって言うか、めんどくさくなってきた。だってもう、言ったもん。かなちゃんが特別なんだって、これ以上ないほど簡潔で、これ以上ない説明したもん。これで納得されなかったら、もうどうしようもない。
「かなちゃん、まだ、僕が怖がってるって思う? 今の僕見て、本気で思う?」
「それは……思わないけど、さぁ。なんていうか、たくちゃんがそう思ってくれているのは嬉しいけど、でも、昨日失敗したのは事実だし、二回目がないようにしたいって言うのは、そんなに変なこと?」
「変じゃないよ。嬉しい。でも、過剰だってこと。トラウマがある分、過剰にって心配してるから、トラウマなんかないよって言ってる。それだけのことでしょ? とにかく、いつも通りに戻ってよ」
「……わかった。確かに、さっき抱き着いたときの感じは、最初の頃みたいな感じもないし、怖がってないのは認める。ちょっと、私も、過敏になってたかも」
「うん、そうだよ」
痴女にあうなんて二度とない方がいいに決まってる。でもだからそのためにずっとかなちゃんが気を張って、もし何かあったらかなちゃんの全責任みたいな、そういうのは違うでしょってこと。
ようやくかなちゃんもわかってくれたらしい。と言うか、理屈としてはわかっても、認めにくかったのかな? それだけ、あの時のことを今も気にしているってことだ。僕だって、あの時のこと、もう許してるけど、なかったこととして忘れられるわけじゃないしね。
「……ごめん、変なことして。なんか、けろっとしてる感じが、無理してるんじゃないかとか、そうじゃないとしても、危機感なくなって今後無茶しちゃうんじゃないかとか、色々考えちゃって」
「そっか……まぁ、しょうがないよ。今こうやって話して、お互い納得できたならそれでいいじゃん。ね?」
「うん……わかった。やっぱり、多少は電車に乗る時とか、意識しちゃうと思うけど、過剰に心配したり、そういうのはないように気を付けます」
「はい。じゃあそれでお願いします」
「ふ、なんで敬語なの?」
「かなちゃんが先に言ったんでしょ」
つられた僕が笑われるなんて納得いかない。でもまぁ、かなちゃんが笑って、いつものちょっとほんわかした感じになってくれたわけだし、いいか。
「はい、じゃあしょーもない話はここまで。ちゃんと劇見よ」
「そうだね。あれ、劇変わってない?」
「え?」
改めて立ちあがって、二人並んで舞台を見ると、背景が明らかに変わっていた。それもシーンが変わったとかじゃなくて、全然違う現代風のバックになっている。
どうやら、さっきまでしていたのは終わって、次に現代ものの劇が始まっていたらしい。
「本当だね。どうしてくれるの?」
「え。何その言い方」
「かなちゃんが僕に痴女してきたから、見れなかったんだよ?」
「そ、そんな言い方。私はたくちゃんに危機意識をもってほしかっただけで、あくまで振りなんだから」
「ふりー? はい、嘘。絶対本気だった。少なくとも僕に抱き着いて喜んで興奮してたでしょ」
「し、して、まぁ、全然ないとは、言えないかもだけど、でも、本気じゃないし、ちゃんとやめたじゃない」
「やめたけど、でもできるならそのまましたいんでしょ?」
「そ、その聞き方はずるくない?」
「ずるくないですー」
「とにかく、劇が終わってしまったのは、誰のせいでもないよ。仕方ない、犠牲だったんだ」
「何言ってんの?」
話をふったのは僕だけど、何をシリアス顔してるの。なにが犠牲だ。しょーもな。まぁ、空気が馬鹿みたいに軽くなったってことだし、いいんだけどさぁ。
ま、気を取り直して今度こそ、普通に文化祭を楽しむか。お昼にはみんなと合流してご飯食べるけど、それまで二人きりなのは変わらない。まだ一時間くらいあるし、ほんとにデートだな。
「とーにーかーく、よし。もう劇はしょうがないし、暗いのをいいことにいちゃいちゃしようよ」
「ちょっと痴女さん離れてください」
「つめたーい」
「冷たくない」
いやそりゃ、デートだって思ったし、正直ちょっとくらい、いちゃつきたい欲あるけどさ。暗いからみたいなの、もうそんなの家で二人きりでいいじゃん。今である必要ある?
「もっと、せっかく学校でのデートなんだから、それっぽいことしようよ」
「! そ、そっか。そうだね。うん。じゃあさ、劇だけで時間潰したら勿体ないし、外でよっか」
「うーん、うん。いいよ」
確かに、そうかな。劇も、よくわかんないし。僕はご機嫌になったかなちゃんに引っ張られるようにして、体育館を出た。
どうでもいいけど、かなちゃんと痴女ごっこするためだけに体育館に来たみたいになったな。まぁ、これでかなちゃんのもやもやがなくなったならいいけどさ。
「ねぇねぇ、どうする? あ、そうだ。料理部は食べ物だしてたはず。行こうか」
「いいけど、なんか急に機嫌よくなりすぎじゃない?」
「え? だってそりゃ、学校では我慢してたのに、今日はみんなにたくちゃんとのこと見せびらかしていいんでしょ? そんなの嬉しいに決まってるじゃない」
「み、見せびらかしていいとか、言ってないし」
「言ってないけど、そういう事でしょ? さ、行くよ!」
かなちゃんは笑顔でそう言うと、僕とぎゅっと腕を組んだ。
さすがに腕組みは普段のデートでもしないし、学校だから知り合いはいっぱいいるわけだし、恥ずかしい。でも、落ち込んでいたかなちゃんがこれだけ元気になるんだから、まぁ、1時間だけだし、今日のところはいいか。
「わかったわかった。じゃあ、まず料理部だね」
一時間後、3人と合流すると、会わないように気を付けた甲斐なく、僕がめっちゃ堂々とイチャイチャしていたと言う噂がすでに伝わっていた。どういうことだよ!
二人にもさりげなくアピールされたけど、これ以上は恥ずかしすぎるので勘弁してもらった。




