文化祭2
「かなちゃん? ちょっと?」
再度名前を呼ぶも、かなちゃんは僕のお尻を触ったまま、どころか力強く揉んできた。戸惑っていると、さらに覆いかぶさるように体を密着させて、片手で僕のお尻をもんだまま、抱き着くようにして胸元まで触ってきた。
ちょっとちょっと! え!? なに、さっき外で痴女許せないよ! みたいな態度だったのなんなの!?
ちょっと引いていると、かなちゃんは段々鼻息荒くなってきて、ふうふう言いながら僕に抱き着いている。そして僕の耳元に唇をつけたかと思うと、囁いてきた。
「ねぇ、どう?」
「どうって、あの、やめてくれない?」
ちょっと、僕まで変な気分になりそうだけど、まさかこんなところでおかしなことをしようがない。僕は呆れつつも、さすがに手でかなちゃんを止める為、それぞれの手を掴みにかかる。
「ほら、やめて」
「駄目。やめない。このままする」
「えっ」
は? え? な。なに考えてるの!? ちょっと意味わかんないんだけど!? するってなに!? え? なにとちくるったこと言ってんの!? いつもだいたいさせてあげているのに、こんな時にこんな場所で危険をおかしてしようとする意味が分かんない!
「ちょっとっ」
さすがに文句を言おうとすると、かなちゃんは僕の肩を掴んで勢いよく回転させて、向かい合う形になると、そのまま押すようにして座り込ませた。
さっきまで凭れていた手すりの下の壁部分を背に、かなちゃんと座って向き合う形になった。かなちゃんの顔は、真剣だ。
ぞくりと背中があわだつ。でもそれは、恐怖とかじゃなくて、ばれたらやばいって言う緊張感と背徳感で、つまりちょっと乗り気になっていた。
「どう? 恐いでしょ?」
「え?」
だと言うのに、かなちゃんは僕の両肩を改めて掴んで顔を寄せて、そう聞いてきた。ちょっと展開が早すぎてわからない。なに? 恐い? あ、饅頭恐い?
「あついお茶がこわい?」
「は?」
「え?」
え? ……え? 何この状況。頭が冷えてきた。なんだこれ。かなちゃんは普通だ。さっきまでの荒い息どこにおいて来たのって感じで、真顔だ。とても理性が切れた狼状態ではない。
僕の体も落ち着いてきたので、一度意識的にゆっくり呼吸してから尋ねる。
「で?」
「う。無理やりしたのは謝るよ。でもね、怖かったでしょ? 無理やりされそうになったら、恐いでしょ? 無理しなくていいんだよ。恐いなら、恐いって言っていいの。私が守るから。そうさせたのは私なんだから。でもその分、多少うっとうしくても、我慢しなきゃ。たくちゃんの為なんだから。もっと危機感もとう? ね?」
うーん? 何をシリアス顔で言ってるのかな?
えっと、つまりなんだ。かなちゃんは、さっきの会話で、僕が全然トラウマないし克服したし、みたいなこと言ったから、あえてトラウマ復活するようなことして、僕が恐がったらそれを決定打として、危機感を持たせようとしたってことかな?
うん。回りくどい上に、仮にもトラウマ作った相手に本人が再発させようとするなよ。一歩間違ったら、これ恋人関係破たんするからね。
「いや、だからもうトラウマふっきったから。全然恐くないし」
「え? そんな」
「ていうか、今結構その気になってたのに」
「え……う、うーん。でも、うーん。が、学校だし……と、トイレ行ったらありかな? 今からなら、まだお昼休みまで時間あるし」
「なしだよ、馬鹿」
さっきは流されかけたけど、なしに決まってるだろ! なんで正気の状態から普通にありとか言おうとしてるの? かなちゃんこそもっと倫理感しっかりして!
そんで、真面目な話だったんじゃないの? 何をすんなりそっちに話を移行してるの?
「えぇ。期待持たせてなにそれ」
「本気で怒ってるみたいなの、突っ込みずらいなぁ。だいたい、仮にまだ僕が女性の強引さにトラウマ持ってたとして、彼女は別でしょ、普通」
「いや、そういう理性的なものじゃなくて、トラウマって本能的なものでしょ? 相手によって違うものなの?」
「いや、知らないけどさぁ」
もう克服してるから。こっちとしては、かなちゃんと恋人になって段々克服してきた感じなのに、全然わかってなかったのか。なんだかがっかりだよ。
ていうか克服してないと思ってたわりに、段々かなちゃんとの強引系って言うか、意地悪系になっていってた気がするんだけど。気のせいかな?
「とにかく、もう僕は痴女系に他のと違って過剰に恐怖したり、そういうトラウマはないよ」
「本当に」
「まぁ、他の知らないけど」
「えーっと、じゃあ露出狂と痴女だったらどっちが嫌?」
「どっちも嫌だよ」
比較対象は露出狂なのか。ていうか答えたけど、露出狂はもしめちゃくちゃ美少女とかだったら、多少役得感はあるかも? 痴女はどんな美人でも嫌だけど。見るだけなら、まあ、タダで見れるわけだし。
……、いや、比較対象がおかしいだろ。いやでも、うーん。痴女と強姦とか、どっちも強引に触ってくる系で程度の問題だし。トラウマ原因のかなちゃんのあれは強姦と言うには未遂だけど、痴女と言うにはだいぶあれだったし。
「……悩んでるでしょ。本当は、やっぱり触られる方がずっと怖くて震えるほどなんでしょ?」
「いやぁ」
実際に痴女にまたあったら、まぁ、恐いよ? そりゃあね? でも普通に恐いんであって、トラウマで通常の何倍も恐いとかじゃないから、普通の対策で十分だって言ってるのに。またそんな目にあったら首くくるってほどじゃないんだから、そこまでっていうことであって。
あー、説明がややこしい。別に僕だって痴女にあいたいわけでもないし、露出狂だって遠慮したいし、知らない人なんだし軽くても犯罪者なんだから恐いに決まってるじゃん? 伝わんないかなー。
「あのね、説明わかりにくいかもだけど、ちゃんと聞いてね?」
「うん」
「僕はさ、あの時ホント絶望したし、女の人全部恐くなったよ。でもそれは、かなちゃんだからだよ。かなちゃんだから恐かったし、世界で一番信用していた、一番身近なかなちゃんだから、僕にはもう誰もいないと思って、絶望してみんなを拒絶したんだ」
「……うん」
「でも今は違うよ。もし他の人に同じこと、なんならもっとひどいことされて傷ついても、今の僕にはかなちゃんがいるもん。世界中の女の人が恐いんじゃないって信じられるもん。だから、大丈夫なんだ。少なくとも、昔のことを過剰に気にしないでも大丈夫なんだよ」
「……でも、じゃあ、もし、私が裏切ったら、私が傷つけたら、またああなるってこと?」
「えぇ、めんどくさいなぁ。そんなことないと思うけど、じゃあ、仮にそうなったとして、でもそうはならないよ。だって、今はかなちゃんに何されても、僕は本気で嫌じゃないんだから」
かなちゃん以外の人から、かなちゃんが守ってくれるって大前提だったはずなのに、何でそんな質問になるのさ。とにかく僕がトラウマを残してないか心配なのはわかるけど。どこまで心配すれば気がすむのさ。
さすがにかなちゃんが僕を傷つけるかとかは、普通にかなちゃん自身が自制してほしいところではあるけど、まぁそう答えておく。と言うか、事実そうだ。今更、何をされたらかなちゃんに恐怖してトラウマとかない。もう一線超えてるんだから。仮にドン引きする特殊性癖を持ち出されたとして、引いて拒否したとして、それで嫌いにはならないし、別の話だ。
と、そこまで言ったのに、かなちゃんはまだ納得できないのか、少し暗い顔だ。いや体育館全体暗いけど。
「それは、嬉しいけど。でも口では何とでも言えるわけだし」
「強情だなぁ。じゃあいいよ。何なら本当に、トイレ行こうか? かなちゃんが本気で望むならいいよ」
「えっ」
「ただし、恥ずかしすぎて拗ねるから一カ月くらいはキス以上なしね」
「え、それはずるくない?」
「ずるくないよ。たとえ話なのに本気で話を進めようとしないでくれる?」
ほんと、こいつ。今回のこれも、かなちゃんなりに僕を真剣に思うがゆえにしたんだと思うけど、そんな会話の最中でも隙あらばやれるとなるとのってこようとするのなんなの。今は真面目な話してるよね?
かなちゃんの為なら死ねるって言ったらじゃあ死ねって言うようなものでしょ、今のは。




