電車内で2
僕を痴漢した犯人は、恩人さんとかなちゃんに両サイドからつかんで電車から降りると、最初は抵抗したけど、かなちゃん指示の元がっつり関節から掴まれていて外れなかったらしく、駅員さんが来る頃には大人しくなった。
そして警察もきて、色々聞かれたりしたけど、恩人さんの目撃証言もあるし、僕もちゃんと言えたので特に問題なく逮捕されていった。よかったよかった。かなちゃんがちょっとやりすぎたってならないかなって心配したけど、むしろ婦警さんからは頑張ったねって褒められたので問題なかったみたいだ。
「あの、本当にありがとうございました」
犯人もいなくなって、僕らも解放されてほっとしたところで、改めて恩人さんに頭をさげる。かなちゃんも僕と一緒に、むしろ僕以上にさげていて、僕は一瞬上げかけてからまだ下がっているかなちゃんの頭にあわててもう一度下げた。
「い、いえいえ。全然、当然のことをしたまでですから。頭をあげてくださいっ」
恩人さんの言葉に顔を上げる。
そしてその言葉に、胸が温かくなる。当然のことをしたまで。なんていい人なんだろう。はー。世の中捨てたもんじゃない。さっきの女の人なんて、最後は僕を睨み付けて行って、本当に怖かった。
かなちゃんから色々あって、いやいやかなちゃんが特殊状況であっただけで、実際他の人で犯罪者なんてそうそういないでしょ、みたいに高をくくりだしていた矢先のことだ。
こんなにいい人がいなきゃ、もしかして、結構恐い人いっぱいいるかもと思い込んでしまうところだった。
「あの、改めてお礼したいので、連絡先とか教えてもらってもいいですか? えっと、滝沢さん」
としみじみしていると、かなちゃんがそう声をかけた。
「え? そ、そこまでしてもらうほどのことでは」
「いえ! 本当は、私がすぐ気づいて、助けないといけなかったんです。なのに、全然で。本当、私の自戒の意味も込めて、是非、お礼させてください!」
「そ、そこまで言うなら……」
お、おおう。かなちゃん……そこまで、気にしてたのか。パッと見は、いつ通りに目が合うたびに優しく微笑んでくれてたのに。
僕はじんと、胸が熱くなる。さっきの恩人さんの時以上に、かーっと、温度が上がって、なんだか嬉しくて、にやけてしまう。
かなちゃんは真剣で、本気で反省しているんだろうし、別にかなちゃんに悪いとこがあったわけじゃないし、そこまで気にすることないと思うけど、でも、そこまで気にしてくれていること自体は、なんだかとても、嬉しい。そこまで僕を思っていて、僕を守ろうって意識でいてくれていること。すごく嬉しいし、ドキドキする。
かなちゃんと恩人さんが連絡先を交換して、今日は時間も遅いので改めて連絡すると言うことを話して、改めてお礼を言ってから別れた。
ちょうど僕らの最寄り駅なので、そのまま別れて、僕らは駅を出た。
歩き出してすぐに、かなちゃんはため息と共に僕に向かって申し訳なさそうな感じのいつもの笑みを向けてきた。
「はぁ……たくちゃん、本当に、ごめんね。守ってあげられなくて」
「ん? 何言ってるの? 守ってくれたじゃん。話しかけるなって、カッコよかったよ」
最初はかなちゃんだと思ったから、痴漢されてるってわかってから驚いたし遅れて恐かったりはしたけど。でも、僕に話しかけてくる犯人を一括して押さえつけて、頼もしくって、格好良かった。冷静に思い返しても、ドキドキしてくるし、うん、惚れ直した。
だと言うのに、かなちゃんはもっと眉尻をさげてしまった。誤魔化すためか反比例するように、口の端はあげて。
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも、本当なら、触らせた時点で、駄目だよ。なのに、揉ませて、しかも気づかないなんて……痴女なんて、近づけさせないように、絶対無理だって思わせるくらい、私が見るからに強ければ、こんなことにはならなかったのに」
その歪な笑顔に、何だか不安になりつつも、僕は素直な気持ちを伝える。
「かなちゃん……馬鹿なの?」
「え、な、なにそれ。私は真剣に謝ってるのに」
「いや、だって、見るからに強そうとか、そんな筋肉ムキムキなのとかは僕が嫌だし」
漫画みたいな、ボディビルダーみたいなムキムキになったら……う。想像するだけでかなり嫌だ。かなちゃんだし、そうなっても……まあ、好きは、好きだけど、さぁ。
「えぇ。なにその反応。だって、実際たくちゃんは被害にあって、怖かったわけでしょ? 本気で反省してるのに」
「反省して、僕のこともっと守るとか、そういう風に思ってくれてるの嬉しいけどさ。でも実際、かなちゃんが傍にいるから、平気なわけだし。そんな事前にとか、無理言わなくても」
世紀末じゃあるまいし、突然暴徒に襲われるとかじゃないんだから。痴漢とかは言って、そんな、筋肉ムキムキじゃなくていいわけだし。回りを威嚇するくらいムキムキとか、無理難題でしょ。
「少なくとも、僕の精神的な支えには、かなちゃんしかなれないんだし、変に卑下しないでよ」
「たくちゃん……うん。ありがとう」
「ていうか、なにあの技。普通にすごかったけど。練習したって何?」
「そりゃあ、いざたくちゃんに何かあった時の為に、通信教育的なもので、家で練習とかしてたんだよ。実際に人にしたことはないから、自信あるわけじゃなかったけど、役に立ってよかったよ」
さらっと、とんでもないこと言われた。そんな努力してたの? しかも今まで全くおくびにも出さず、こんな機会なかったら僕は知らないままで? そんな、それ以上に健気なことってある? 僕のことどれだけ好きなんだよ。そんなの、もう。何だか、嬉しすぎて、心臓とまりそうだ。
「かなちゃん……ほんと、僕、かなちゃんのこと好きになってよかったなぁ」
「え。なにそれ。え、嬉しいけど、えー、な、なにさ急に」
「急にって。別に。かなちゃんが僕のこと大好きだからだよ」
「そりゃ大好きだけど。あ、もしかして通信教育してた努力に感動したみたいな感じなの? そんなの、たくちゃんの為なら普通だって」
「だからさ、そういうとこだよ。好きなのは」
「そ、そう? ぅえへへ。ありがと。ちょっと元気出た」
にこりと微笑むかなちゃんは、ようやく引きつった感じじゃなくて、いつものほんわかした感じになってきた。ほっとしながら、僕は軽口をたたく。
「えー、僕が好きって言ってあげてるのに、ちょっとなの? もっと元気になってよ」
「えー? でも早く帰らなくちゃ、心配されるよ?」
「ん? ああ、そういう元気じゃないよ。まぁ、そんな返しができるなら大丈夫だね。とにかく、今日のことはもう気にしないで、いつものかなちゃんでいいからね?」
「うん。もちろん気にするよ。でも、変に暗くなったりせず、ちゃんと前向きに、これからに生かすよ。だから、これからもよろしくね」
「はいはい。じゃあそんな感じで」
まあ僕も、痴漢にあいたいわけじゃないし、守ってくれるのは嬉しいのでそういう事にしておく。
あ、ていうか今更だけど、痴漢じゃなくてずっとみんな痴女って言ってるな。今のとこ、痴漢って僕は発言してないよね? 直しておこう。痴女ね、痴女。まあこんな単語、もう使わないにこしたことはないんだけど、使って変に思われたらいやだし一応ね。
「ただいまー」
そして家に帰って、文化祭の準備で遅くなる分、何時ごろ帰ると言ったのをさらに遅くなったので、心配した二人に怒られた。痴女にあったとかいったら、またかなちゃんが怒られたりしたら可哀想だし、寄り道したのと言ったのに、加南子がついていながら、みたいにお姉ちゃんはますますぷりぷりしてしまった。かなちゃんには心の中で謝っておいた。




