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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
125/149

文化祭とお姉ちゃん

「もうすぐ文化祭ね。たくちゃんのクラスは何をするの?」


 夕食の席で、お母さんがそう尋ねてきた。そう言えば特に家では話題にしてなかったっけ。漫画とかと違って、親族が来るようなイベントではないしね。


「プラネタリウムだって。僕は前日の準備班になったよ」

「えー。前日だけ? それってあんまり面白くないんじゃない?」

「え、そんなこと言われても。お姉ちゃんは? 部活の方でもなにかするの?」

「ん? うちのクラスは無難に、ライブだな。あと、忘れているみたいだが、私はもう引退してるぞ」


 無難なのかな? 全然難易度高い気がするけど。クラスでライブって。あと、そう言えば普通に忘れてた。夏で引退って言ってたもんね。って、あれ? その割に、放課後とか休日家にいないこと多くない? 今までと同じくらいいないぞ?


「忘れてたけど、じゃあ土曜日とかいつもいないの何でなの?」

「OBとして部活を見に行って……あ、あと、忍と勉強したりしてるな」


 は、何言ってんの? みたいな僕とお母さんの視線に、慌てたようにお姉ちゃんは付け足した。何、OBとして見に行ってるって。在校中に毎週とか、引退の意味ある?

 だいたい、引退って言うのは、受験勉強に集中するためじゃないの? 忍さんは余裕みたいなこと前言ってたけど、お姉ちゃんはどうなの。聞いたことなかったけど……なんか心配になってきた。


「詩織ちゃん、忍ちゃんにあんまり迷惑かけちゃだめよ」

「迷惑なんてかけてないって。大丈夫だから」


 お母さんの呆れたような言葉に、珍しく子供っぽく、拗ねたようにお姉ちゃんは応えた。まぁ、忍さんとはよっぽど仲良しみたいだし、それは本人たちの問題だ。それよりお姉ちゃんの学力問題が気になる。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんって、どこの大学狙ってるの?」

「ん? 言ってなかったか? ○○大学だ」


 お姉ちゃんが口にしたのは、ここから電車で通える市内の大学だった。


「え、そうなの? 確かに近いけど、でも確か、結構頭いいよね?」


 少なくとも大学を調べたりしていない僕が、普通に名前を知っている大学だ。地元だと言うことを差し引いても、有名で頭が良かったはずだ。

 僕の割とストレートな質問に、お姉ちゃんはむっとしたように半目になって睨んできた。


「そうだが、まさか疑っているのか?」

「何その言い方。普通に、大丈夫なのかなって心配してるのに」

「お前に心配してもらわなくても、大丈夫だ」


 全然安心できない言い方だ。お姉ちゃんの成績何て今まで全然気にしてなかった。勝手に頭いいと思い込んでいたけど、最近のお姉ちゃんを見るに不安になってくるなぁ。


「お母さん、どうなの?」

「そうね、確かにお姉ちゃんの成績としては、少し上になるけど、行けなくはないと思うわ。もちろん、今たくさん頑張ることが前提だけど」


 お母さんがにっこり笑顔で解説してくれた。なんだ。よかった。もちろん、今部活に顔出したりしてる場合ではないと思うけど、でも行けそうな感じっぽいし、大丈夫そうだ。それに頭いいらしい忍さんがついているってことらしいし、大丈夫だろう。


「そうなんだ。お姉ちゃん、頑張って。応援してるよ」

「ああ……応援してくれるのはありがたいが、今卓也、お前、完全に私の言葉信じてなかっただろう」

「自己申告だし、しょうがなくない?」

「しょうがなくない。姉の言葉を信じないとは何事か」

「大げさだなぁ、お姉ちゃんは」

「全く。元気になったはいいが、段々生意気になるなぁ」


 いや、それ言ったら、僕が元気になるにつれてお姉ちゃんのポンコツ感が露呈してる気がするんだけど。今までは完全に、僕を守るぞって頑張ってくれてたのか、いつでも気合入って僕に優しい完璧お姉ちゃんだったのに。段々、横暴な姉感出してきてる気がする。

 しかし、これ言うと絶対怒られるよね。僕が生意気だからだ。みたいに。そりゃあ確かに、前の僕は反抗的口調だけどびくびくして引きこもって一周回って従順だったかもだし、今の方が生意気になるのかも知れないけど。僕は基本的人権を主張しているだけだと言いたい。


 いやまぁ、今だって僕のこと心配してくれているのはわかるし、優しいのは知ってるんだけどさ。お互いに遠慮がなくなったが故の悲劇とでも言おうか。

 まぁしょうがない、ここは僕が大人になってスルーしてあげよう。


「それはともかく、お姉ちゃんのクラス、バンドやるってすごくない? お姉ちゃんは何するの? ギター?」

「あー、いや、バンドって、私が演奏するわけじゃないからな?」


 強引に話を戻したけど、お姉ちゃんも続けたかったわけではないらしく、普通に乗ってくれた。


 その話によると、どうやらお姉ちゃんのクラスには去年軽音部として舞台で演奏をした人がそろっているらしい。そして部活は引退が決められているのでしょうがないとして、せっかくだしクラスでやったらいいじゃん、と言うことになったらしい。

 三年生なので、中には文化祭に時間取られて放課後の勉強できる時間を減らしたくないと言う人もいるし、肝心の本人たちも新曲は無理でも、大義名分を持ってできる練習は気晴らしになると乗り気なのでそうなったらしい。

 なので準備は前日と当日の教室の用意くらいらしい。僕らと全然変わらないくらいの力の入れようだ。


「去年は劇やったんでしょ? どんなのしたの?」

「ん? ああ、そうだな。確かリア王だ」

「りあおう……聞いたことあるけど、どんな話だっけ?」


 去年の様子を聞いていると、今回とは全然違って大掛かりに色んな準備をしたりしたらしい。役もしたらしいし。

 今年はどうせ教室での出し物で大したことはできない、と思っていたけど、来年はちゃんと真面目に頑張ろうかなと思えた。


 そんな感じで和やかに夕食を終えて、片付けて自室に戻る。しばらくかなちゃんと電話で話したりしていると、部屋がノックされてお風呂が空いたとお姉ちゃんから声がかかった。


「はーい。じゃあまたね」


 電話をきって、着替えを持って部屋を出ると、しかしそこにはなぜかお姉ちゃんがいて、ぎょっとする。


「え? なに?」

「ああ、一言言っておこうと思ってな」


 お姉ちゃんは何だか気まずそうに、頬を書いている。お風呂上がりの姿は久しぶりに見るけど、もっとちゃんと髪の毛拭いてほしい。しずくが廊下に垂れている。

 それは置いといて、でもなんだろう。もしかしてさっきの、僕が生意気とか言うことをお母さんのいないところで掘り返すつもりか?


 警戒する僕に、お姉ちゃんは視線をそらしたまま口を開く。


「あのな、私が部活してた頃と同じくらい家を空けているのは、お前の為でもあるんだからな?」

「え? なに?」

「……お前、しょっちゅう加南子を家にあげているだろう。気をつかってやってるんだ」

「え、そうだったの? ごめん」


 そういう事だったのか。確かに、お姉ちゃんがいたら話し声にも気をつかうしね。そこまでしないとしても、キス一つでも多少はね。そういう意味ではお姉ちゃんがいない方が気楽だ。

 かなちゃんにあれだけ怒っていたのに、お姉ちゃんはちゃんとそう言う気まで使ってくれているのか。僕は何だか気恥ずかしさより、嬉しさが湧き上がってきて、笑ってしまう。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「ああ、まぁ、お前がいいなら応援する、みたいなことを言ってしまったしな。私も、どうせ勉強するなら家より外の方が集中できるしな……ただ、一つだけ言っておく」

「なに?」

「少しは声を抑えろ。そして、絶対に、避妊はしろよ。以上だ。じゃあな」

「……」


 お姉ちゃんは言うだけ言うと、さっさと自分の部屋に入ってしまった。


「……」


 う、うわあああぁぁ。これは、その、まぁ、察しているだろうとは思っていた。でも、何ていうか、今のをわざわざ言うってことは、一回帰ってきた時とかに僕が気づいてなくて、声聞こえてたとか、そう言う話になるよね……。ああああぁぁ。そりゃ、気をつかうよ。家に居にくいよ。あー!!! 申し訳ないっ!!!


 お風呂で頭を冷やして、お姉ちゃんにはメールだけ送っておいた。明日、顔を合わせにくい。はぁ。風邪をひきたい。

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