働くことについて
僕がごく普通のこととして、将来は働くしね、と軽く言ったのに、何故かかなちゃんが過剰反応している。どうしたものか。とにかく、かなちゃんの意図を確認しよう。
「働く気だけど、どうかした?」
「どうかしたって、え? なんで? 前に聞いたときは、特に将来の夢とかないって言ってたのに」
「将来の夢はないけど、働くでしょ、普通に」
将来の夢の話なんてしたことあったっけ? うーん、覚えてないけどまあ、昔、何気ない会話でした可能性はあるか。そんなたわいない会話を覚えていて全く違和感ないストーカーかなちゃんなので、まぁいいか。
とりあえず普通に答えたけど、かなちゃんは何故か呆れたような顔をしている。
「いや……普通ではないでしょ。男の子なんだし、義務だけで十分食べて行けるし、ましてたくちゃんは私たちがいるわけだし。もちろん、なにか、これがしたいってこだわりがあるなら、応援はするけどさ」
義務って、ああ。あの、政府の人工授精用の精液の話か。成人してからの義務らしいから、今のとこ無縁だけど、でも、何というか、機械的で、なんか、あんまり気は進まないよね。仮に楽しんでだしてもらったとして、それを送って見られるのはそれはそれで恥ずかしいし。検尿感覚で提出する方がましか。
まぁ、こういう話こそ将来のことなので、今は関係ないし、スルーしよう。
「そうはいっても、お金があるから働かないって言うものではなくない? 例えば不労所得あるなら働かないかって言ったらそうでもないと思うんだけど。なんていうか、社会とつながらないのは不健全と言うか」
「え、愛人を5人持つ予定なのに……?」
めちゃくちゃ不思議そうにされた。あ、はい。まぁ、それはそれって言うか。でもだって、違法じゃないし。合法だしね! 最高だな合法!
「考えても見てよ。働かず学校もないとか、毎日暇でしょうがないでしょ」
「いや、家事とかしてほしいんだけど」
「えー、いいけど、全部僕にやらせる気?」
「え、そ、それはだって、女の私が働いて、男の子のたくちゃんが家庭をするって普通じゃない? 家事得意じゃない」
「得意って言うか……嫌いじゃないけど、それは今、手伝いレベルだからであって、毎日義務ってなると、しんどいんだけど」
それによくするのは共有部に掃除機かけるとか、料理して台所周り片付けるくらいだ。夏休みはさすがに結構してたけど、平日はそうでもないし。でも、主夫になるとしたら、もっとマメにきっちり掃除とか、料理も毎日となると、うーん。正直気は進まない。
「えぇ、じゃあ何するのさ」
「だから働くっての」
「う、そういう事かぁ」
「そういう事。ていうかそんなに嫌なの? 別にいいでしょ? かなちゃんが家事をしたくないって言うなら、まぁ、手抜きでいいなら僕がするけど」
「あ、いや、たくちゃんが嫌なら、家事くらいいくらでもするよ。でも、まぁ、そりゃ、悪いってことはないけどさ。正直に言っていい?」
「なに?」
かなちゃんは何だか言いにくそうにしながらも、握ったままだった僕の手を撫でるようにさすさすしながら口を開く。
「働くってなったら、たくちゃん一人になるし、心配なんだよ」
その言い方に、えっ、っと声が出そうになった。口は何とか閉じたままだけど、肩まで揺らしてしまって、かなちゃんは不思議そうな顔になる。
普通なら、大人になってからの話で働くって言うのに、一人にできないなんて、馬鹿にしてると思うべきかも知れない。でも言われた瞬間思ったのは、え、一人になるの!? ってことだ。当たり前だ。同じ会社に入れるとしても、同じ部署で一緒に行動なんて無理に決まっている。それこそ自分で店をするくらいしかない。
そもそも離れたくないから一緒に働かせてなんて馬鹿にした話だ。だから、一人になるのは当たり前の話だ。なのに、僕は当然のようにかなちゃんと仕事だって一緒だって思いこんでいた。
一人で、知らない人しかいないところに入っていく。そう考えると、恐怖まではいかなくても、何とも言えない不安な気持ちになる。うぅ。いやでも、まだ、何年も先の話だ。これからもっと、コミュ力を鍛えて、色んなことをして自信をつければ、きっとできるようになるはずだ。
「たくちゃん? どうしたの?」
「う、うん……とにかく、今すぐって話じゃないんだから、大人になったらなんだから、大丈夫だよ」
「そ、それは、心配って言うのは、たくちゃんが大丈夫とかだけじゃなくて……色んな女の人にモテるだろうし、そういう意味で心配なのっ」
「ああ……」
そういう事か。しかし、単なる嫉妬、と流すのも駄目だよね。確かに僕自身、ついくらっとしきて愛人を増やしてしまう可能性がある。それに考えたら、僕の性格的な問題だけじゃなくて、女の人ばっかりの中に男が一人って言うのも、貞操的な意味で心配なのかも。力ではかなわないわけだし。
「うーん、それはまぁ、言われたらそうかも? でもそれはちゃんとした職場で、上司の人が信頼できるとかなら大丈夫だと思うよ。普通の人は、悪いことしないわけだし」
「普通はそうだけど……たくちゃんは隙も多いし、無意識に誘っているって言うか。もう全身がエロいって言うか、逆に周りの人が可哀想って言うか……」
「おい」
なに、全身エロって。まるで僕が無意識に周りの人を誘惑して回っているみたいな。言いがかりにもほどがある。仮に意識の差から、多少無防備なとこがあったとして、そこまで言うか、普通。僕、君の彼氏だよ?
ジト目になった僕に、かなちゃんは、えーっと、と言いながら僕の手を掴んだまま、僕の太ももの上にすりつけ始めた。なんなのその動き。ちょっと、変な気になるじゃん。
「だってさぁ……こんなの、駄目じゃん。すぐ、その気になって、さ」
「ちょ…ど、どこ触ってんのさ」
「えー、どこ? 言ってみなよ」
「ちょっと、なに、さっきまで真面目な話してたくせにさぁ」
「いいじゃん。だってしょうがないよ。たくちゃんが、誘うから」
どっちがエロいいんだよ、と思いつつも、しょうがないのでベッドにあがってキスをした。
一通り汗をかいたので、お姉ちゃんが帰宅する前に急いで流した。それからかなちゃんはまた真面目ぶって、僕にこういった。
「とにかく、たくちゃんが働くなんて、絶対に無理とは言わないけど、小さい飲食店でよっぽど気心知れてるとことか、そういうレベルじゃないと無理だよ」
「……」
言わんとすることは、わからないでもないけど、途中の工程に余計なものが挟まったので、とても説得力がない。
でもまぁ、ここで今、とやかく言っても、簡単に結果のでるものじゃない。僕だって明確なビジョンで働くと決めているわけじゃないし。それにもしかしたら、本当にやりたい夢ができるかもしれないしね。
ここは反論せず、スルーしておこう。
「とりあえず、だいぶ話とかずれたけど、僕に聞きたいことってのは、あの女性のタイプだけでいいの?」
「うん、まぁ……私も、たくちゃんの一番であり続けるために、好みでいる努力をしなきゃだから、教えて欲しかっただけなんだ。結果的に、たくちゃんの中でもあいまいだったみたいだし、うん。これでいいよ。私は私なりに頑張るよ」
「ふ、ふぅん」
可愛い。そういうとこほんと好き。
でもなんか、ちょっと反抗的な気分だっただけに、無性に気恥ずかしくなって、そっけない返事をしてしまった。でもそんな僕を、かなちゃんはお見通しらしくて、にやにや笑って僕にキスをした。
「たくちゃんはほんと、可愛いね」
「……あっそ」
僕はさらに、冷たい返事をした。もう一度、キスがしたかったので。もちろんそれは、かなえられた。




