智子ちゃんの家族
とりあえず、時間もそんなにないから、今いる人だけ挨拶することになった。祖父母と下の妹の信子ちゃんはいる可能性が高いとのこと。
「わー、ほんとにお兄ちゃんになるみたい! わくわくするね!」
「本当だね」
勢いで僕もここまで来たけど、何というか、今更だけど緊張してきた。まして智子ちゃんの尊敬する祖父母とも会うかも何て。ふー! 頑張れ僕! 今までたくさん、コミュ力の練習してきたし、最初は印象最悪だった智子ちゃんともここまで来たんだ! できる! 知らない大人とだって会話できる!
いきなり気に入られたり、孫の相手に認められるまで高望みしなければ、無難に、嫌われない程度に、あくまで恋人候補感覚なら、いけるはず!
「卓也君、なんか顔かたいけど、大丈夫?」
「う、うん。ちょっと、緊張しちゃって」
「え、そうなの?」
「いやいや考えてよ。交際候補の相手の保護者に挨拶する前提で行くんだから。緊張するよ」
「確かに……いやその割に、普通に提案してきたよね?」
「したけど、今になって緊張するんだよー……ねぇ、ちゃんと、フォローしてよ? 僕のこと、いい感じの紹介してよ?」
「わかったわかった。ていうか、そんな心配しなくても、卓也君なら大丈夫だって」
さっきまでまだ、えー。挨拶? みたいな感じだったのに、僕がぶるっているとみるやいなや、余裕ぶってきた。く。腹立つ。
僕は意趣返しに、ぎゅっと智子ちゃんの手を握って見せる。智子ちゃんはきょとんとしてから、へへっと照れたように笑って、歩みを早めた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんとお姉ちゃんはいつ結婚するの?」
「んー、まだまだ先かな」
「えー、そうなの!? 私、弟が欲しいんだ。だから早く結婚してよー」
「うーん。ちょっと色々難しいなぁ」
早く結婚するのももちろん難しい。愛人なのを置いておいても、学生で結婚するつもりはないしね。そして、仮に早く結婚して子供作っても、弟にはならないしね。
なんて会話をして緊張をほぐしつつ、智子ちゃんの家に到着する。
割と大きな、一軒の平屋だ。庭がある。立派な黒い門扉を過ぎて、横に広がる庭を5歩で通り過ぎる。玄関扉は横開きだ。木製で、擦りガラスのはまった、いかにも和風の家、みたいな感じだ。ちゃんとした瓦屋根だし。
ちょっと年季の入った感じで、玄関ドアを開けるとすこしだけ擦ったような音がした。
「ただいまー!」
明子ちゃんが飛び込むように中へかけていった。
玄関では左側の壁には大きめの靴箱があるのに、溢れるようにたくさんの靴が端の方に並んでいる。いかにも大人数の家って感じだ。靴を脱ぐと、さっとスリッパを出された。
「ただいまー、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんいるー?」
「あー、おかえりー。今日はお母さんもうじき帰ってくるのに、早いねぇ」
「お、いるみたい。じゃ、行こうか」
「う、うん」
智子ちゃんに手を引かれ、廊下を進み、手前の部屋へ入る。和室だった。中には大きなテーブルがあって、そこにお祖母さんが座っていて、小さい女の子を抱っこして明子ちゃんに背中から覆いかぶさられていた。
「お祖父ちゃんは?」
「お昼寝してるよ。ところで、その子は?」
「あー、何ていうか、まあ、その、友達以上恋人未満、です」
「あら! まー、そうなの!? まー、まぁまぁ、座りなさいな。あ、すぐにお茶出すわね、はい明子ちゃんと信子ちゃんはちょーっと大人しくしててねー、はーい、よっこいしょー、どーん」
「わー、どーん」
お祖母さんは立ち上がって、抱いている女の子を掛け声をかけながら地面に下す。女の子はきゃーと悲鳴をあげてから、明子ちゃんにぎゅっと抱き着いた。
「とりあえず、座りなよ」
「う、うん」
促されるまま、テーブルに着く。
「あ! 私座布団とってくる!」
「のぶちゃんも行くー」
明子ちゃんと信子ちゃんが競うように部屋を出て行った。苦笑する智子ちゃんと顔を合わせ、口を開こうとするとその前にお祖母さんが戻ってきた。
「待たせてごめんなさいねー。オレンジジュースは好き?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ありがと、お祖母ちゃん」
僕らにカップを出すと、お祖母さんは向かいに座った。
「はい。じゃあ改めて、ご挨拶させてちょうだいね。私は木村智子の祖母で、明美と言います。気軽に、明美ちゃん、って呼んでちょうだい」
「ちょ、ちょっとお祖母ちゃん」
「いいじゃない。恋人未満なら、まだお祖母ちゃんと呼ばれるには早いわ」
「そ、それはそうだけど。えー、と、とりあえず、こっちは、酒井卓也君。まぁ一応、将来を前提として、恋人未満だから、その、挨拶、みたいな感じできてくれた」
「よ、よろしくお願いします、あ、明美さん」
明美ちゃんはないけど、確かにお祖母ちゃんとかお祖母さんも失礼だ。全員木村さんになってしまうから、名字もない。なので名前が自然なはずだけど……いきなり初対面で名前呼びって、なんか、照れるっていうか、馴れ馴れしくないよね?
明美さんの様子を伺いつつ頭を下げると、にこーっと優しそうに微笑んでくれた。
「あらぁ、いいわねぇ。私、男の子にさん付けされたの初めてだわぁ。ふふふ」
「もう、お祖母ちゃん、そういう反応やめてって。ていうか、もう夕方だから、ほんと、軽く挨拶だけのつもりなんだし、ちょっとくらい猫かぶってよ」
「いやぁね、あなたが選んだ人でしょ? ならそんな、上辺だけのお付き合いなんて嫌ですよ。ねぇ、卓也君? 別にこのくらい、いいわよね?」
「は、はい……そ、その、僕」
お、落ち着け。大丈夫。呼び方にも問題なかったし、僕の反応を待っててくれている。優しい人だし、何より智子ちゃんのお祖母ちゃんだ。大丈夫だ。えっと。
「あの、優しそうな方で、嬉しいです。家族みたいに、仲良くしてくれたら、嬉しいです」
「まあ可愛い」
「ぇへへへ。あの、ありがとうございます」
「座布団あったよー!」
二人が座布団を持ってきてくれた。お礼をいって明子ちゃんから受け取ってお尻の下にひく。赤色のふかふかしたやつだ。いいのかな。つかって。
向かいで明美さんが信子ちゃんから受け取っている。
「えへへ。お兄ちゃん、いつこの家に引っ越してくるの? 明日?」
「うーん、それはちょっと難しいかな」
「えー」
「明子ちゃん、あんまり急かしちゃだめよー? こういう時はね、そっとしておかないと」
「そっと?」
「そうそう。明子ちゃんだって、宿題やった? って5分ごとに聞かれたらいやでしょ?」
「うわー……わかった。もういわない」
めっちゃ嫌そうな顔をした明子ちゃんに、悪いけど笑いそうになって口元を抑える。明美さんはニコニコして明子ちゃんの頭を撫でる。
「えらいわねー。あ、ごめんね、卓也君。もう明子ちゃんとは知り合いなの?」
「あ、はい。一応」
「じゃあ信子ちゃんね。信子ちゃん、挨拶、できるかな?」
「ん。うん。えと、木村、信子、です」
背中にだきついていた信子ちゃんを促して、僕の前にだしてくれた。前に顔を合わせたことはあるけど、会話とかしてないし、よかった。
それから少し、いれてもらったカップを空にするまではお話しして、信子ちゃんも慣れてきたみたいで、僕の膝に座ってくれた。
まあ、くれたのはいいんだけど、正直めちゃくちゃ緊張するんだけども。だってこんな小さな子が膝の上にいるとか違和感しかないし、落としたらどうしようって言うか。まぁ、すぐに智子ちゃんがやめさせてくれたから大丈夫だったけど。
今度は普通にできるように、かなちゃんで膝にのせる練習しておこう。
そしてさすがにそろそろ遅くなると言うことで、智子ちゃんが僕の最寄り駅まで送ってくれて、かなちゃんが迎えに来てくれることになった。
電車が駅に到着する。これでかなちゃんが来てくれたら、今日のデートはお終いだ。かなちゃんと会うまでがデートです、なんてね。
「卓也君、今日は、ありがとう」
「ううん。楽しかったよ。あ、でもさ」
「ん?」
「遠慮しないって言った割には、あんまりせめてこなかったね?」
「……エロかよ」
「いや、そういう意味ではないけど」
手を繋ぐしかなかったし。そう思っても仕方なくない? ほっぺにチューくらいするのかと。
苦笑して誤魔化す僕に、智子ちゃんはむっとしたように眉をよせていて、そしてぎゅっと握っていた手をひいた。
「んっ」
「!」
そして少しだけ近寄った勢いで、智子ちゃんは僕の唇の端あたりに、ぶつかるようにキスをした。
顔を離した智子ちゃんは、睨み付けるような、でも真っ赤な顔で、少し震える声を出す。
「こ、今度は、もっとするから、覚悟して、待ってろよ」
「う、うん……期待してるね、智子ちゃん」
純情で、家族思いで顔が広くて優しくて、でも強引で、可愛い子。僕はにこっと笑って、そっと智子ちゃんの手を握りしめた。
しばらく投稿をお休みします。




