智子ちゃんとデート3
「あぁ、智子ちゃん、久しぶりだねぇ」
かき氷屋では顔見知りのようで、お祖母さんが親し気に迎えてくれた。僕にも、彼氏かい? なんて聞いてきて、照れくさいけど正直に答えると、赤の他人のはずなのに嬉しそうに頷いて、かき氷はごちそうしてくれた。
そして店を出ると、
「あれっ。可愛い男の子連れてるじゃないかっ! 智子ちゃんやるねぇ!」
と道すがら声をかけられたり、雑貨屋に行ってもまた声をかけられて、
「は? 彼氏ぃ!? 生意気な! しかもイケメン!」
と冷やかされて智子ちゃんは首をしめられていた、良くも悪くも、昔なじみが多くて、智子ちゃんのホームグラウンド何だなぁと思った。
僕は引きこもっていてばかりで、ご近所づきあいも希薄だ。だからなんだか、社交的な智子ちゃんが羨ましい。
「あの、ごめんね? その、なんか、騒がしい邪魔が入って」
「全然いいよ。智子ちゃんは人気者だね」
「に、人気者って……」
あれ? 変なこと言ったかな? 何故か智子ちゃんは視線を泳がせてしまった。
でも不安になったのも一瞬で、すぐに智子ちゃんは僕を見て、にこっと笑った。
「卓也君はほんと、可愛いなぁ」
「え、なに急に」
「まぁまぁ」
何だかめっちゃ雑に誤魔化されて、文句を言おうとすると、空から音楽が降ってきた。
どうやらアーケードの天井のスピーカーから流れているらしい。
「おっと、もう五時か」
「あ、時計なんだ。ていうか、日が高いから全然そんな気しないよね」
「ほんと、それ。んー、正直ちょっと早い気もするけど、初めてだし、そろそろ送ろうか?」
「あ、うーん」
それでもいいんだけど、楽しかったし、まだちょっと名残惜しい気もするなぁ。デートって言っても、いっぱい人がいてあんまり二人っきりの感じもなかったしね。
「あ、おねーちゃーーんんんっ!? あ! お兄ちゃんだ!」
「げ、明子」
悩んでいると、叫び声のような呼びかけがあり、智子ちゃんが反応して嫌そうな顔をした。そちらを見ると、夏休みに見かけた小学生、智子ちゃんの二番目の妹ちゃんがいた。
妹の明子ちゃんは、走って僕らのところまでくると、僕を不思議そうに見て、それから智子ちゃんを見て、そして繋いだままの手を見て目を丸くした。
「え? なに? どしたの? え? ……えっ!? もしかしてデートぉ!?」
「うん、そうだよ」
大きな声で尋ねられて、周りの視線が集まったのは少し恥ずかしかったけど、その通りなので、しゃがんで視線をあわせてにっこり微笑んで頷く。なんせ将来の妹候補だ。優しくしてあげるのが当然だ。
「わぁ!? な、なに言ってんだよ!?」
「えぇ? え、何って、デートじゃん」
「で、デート、だけども。妹に言わなくても」
「いや、嘘ついてもしょうがなくない? それとも何? 僕のこと、家族に言うのは恥ずかしい?」
「そ、そういう訳じゃないけど」
「じゃあ黙っててね」
にこっと微笑むと、智子ちゃんは引き下がった。
僕も言ってから、あ、智子ちゃん恥ずかしがるかな? とは思ったけど、まさかあんなに驚くとは。でも実際、智子ちゃんは僕の子供のことまで考えてくれているくらいなんだから、家族には言うの前提でしょ。
だからけして、これは智子ちゃんをからかおうとしているわけじゃない。
「と言うわけで、デートしてたんだ。びっくりした?」
「びっくりした! じゃあ、もしかして付き合ってるの!?」
「そうかな。もうすぐかな」
「ヒュー! お姉ちゃんやりますねぇ。お姉ちゃんから告白されたの? お姉ちゃんのどんなとこが、いいなってなったの?」
「そうだよ。とても情熱的に告白されちゃったから、そういうところがいいなって思ったんだよ」
「へー。なんかすごーい」
「ちょ、ちょ、そんな、妹にそんな話しなくても。ていうか真面目か」
さすがに我慢できなくなったのか、智子ちゃんが僕の肩を叩いてきた。顔が真っ赤だ。握ったままの手も、ものすごい勢いでぐいぐいひかれているし。
あー、もう、めっちゃ可愛いなっ! うわー、もう、いいねぇ。恥ずかしがってるギャルって、普通の子の恥じらいより可愛いよね。あー、もっと恥ずかしがらせたいなぁ。
「お姉ちゃん、顔真っ赤だよー? へへへ。かーわいいんだー」
「ね、お姉ちゃん可愛いね」
「うん。お兄ちゃんわかってるね。お姉ちゃんはねぇ、格好良くて優しくて、可愛くて強くて、さいこーなんだから、お目が高いですなぁ」
「いやー、どうもどうも」
「おい、明子、調子にのるなっ、もう卓也君、いいから。送るから、帰るよ」
「えー、夜はまだまだこれからなのに」
智子ちゃんが僕を引っ張り、駅へ向かおうとするのに対し、明子ちゃんは逆の僕の手も掴んで引き留めようとする。両足で踏ん張っている感じ可愛い。これが僕の妹か。いいね。
「まだ夜じゃねぇし、そもそも夜になる前に返すわ」
「けーちー、やだー。お兄ちゃんと私ももっとお話しするのぉ」
「ちょ、ちょっと二人落ち着いて。特に明子ちゃん、痛いから」
智子ちゃんは遠慮がちだからそうでもないけど、明子ちゃんまじで痛いから。なにその力。普通に痛い。さすがに引っ張られて倒れこむほどじゃないけど、痛い。
僕の言葉に2人は慌てたように手を離してくれた。智子ちゃんは、明子ちゃんが離した僕の手をとって、そっと撫でてくれる。地味に気持ちいい。ほっとする感じだ。手馴れた撫で方。さすがお姉ちゃんだ。
「ご、ごめんな、卓也君。明子、お前女なんだから加減しろっての!」
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ。大丈夫だから。じゃあとりあえず、落ち着いたみたいだし、ちょっと話そうね」
今のごたごたで少し周囲の注目を浴びてしまったので、とりあえず場所をかえる。明子ちゃんも混乱しているのか涙目なので、手を繋いで移動する。
商店街の端っこ、目立たない場所へ移動したので、改めて二人に向き合う。
「とりあえず明子ちゃん、僕は大丈夫だから、泣かないで」
「う、うん……ごめんなさい」
「いいよ」
明子ちゃんの頭を撫でると、にこっと微笑んでくれた。うん。よし。じゃあ次は智子ちゃんだ。
「それで智子ちゃんも、ごめんね」
「あ、いや、私こそ、つい。ムキになって、格好悪いとこ見せて、ごめんね」
「あ、それじゃなくて、智子ちゃん無視して勝手に明子ちゃんと話してたことだよ。僕だって、家族と智子ちゃんとかがあれこれ話したら嫌だもん。恥ずかしいし、いたたまれないし、絶対やめてほしい」
「あ、ああ。わかってくれたならいいんだよ」
「うん、でもね、智子ちゃんの場合は、また話が違う気がするんだ」
「ん?」
首を傾げられた。
「だって、智子ちゃんは僕の子供を産んで育てていくんだし、家族に内緒ってそれは無理でしょ」
僕だって、かなちゃんとのことは一応話している。恋人になってから改めて会話をしたりはしてないっぽいけど、でもかなちゃんのことは僕の家族はよく知っている。だから特に問題ない。あ、かなちゃんのおばさんの方には挨拶してないや。んー、昔は結構会ってたはずだけど。まぁそれはともかく。
とにかく智子ちゃんは愛人だし、僕の家族の方には差し迫って面通しする必要性は感じない。でも智子ちゃんからしたら、僕の遺伝子を取り入れて家族を増やすわけだし、生産者の顔を家族に周知するのは自然な流れだと思うな。
かなちゃんもそうだけど、市子ちゃんとかも普通に恋人になる流れの愛人で、また違う。少なくとも、智子ちゃんは最初から一番の目的が僕の遺伝子なわけだし。
と言う訳で、妹ちゃんとかとお話ししてからかう分にはスルーしてもらいたい。ていうか他の妹ちゃんとも話してみたいし。納得してほしいな。
「うご。こど、お、ま、あ、ああ……ま、まぁそりゃあ、そうなら、そうだけどさぁ」
「だったら、僕もちゃんと挨拶とかしないとね」
「あー、まぁ、そりゃあ、してくれるんなら、嬉しいけど」
「あ、そう? じゃあ今から行くよ」
「へ?」
どうやら本人もしてほしかったみたいなので、いい機会だし、行くことにした。




