智子ちゃんとデート2
とりあえず手を繋いだまま移動する。
電車に乗る頃には手を繋ぐのにも慣れてきたらしく、智子ちゃんは手をぶらぶらさせたりして、にやついたりしては、こちらの反応を伺うようにちらちら見つつ、たわいもないことを質問してくる。
それは好きな食べ物とか色とか、そんな、改めて質問しなきゃなかなか聞かないようなことばかりだ。なので僕もここぞとばかりに質問しかえす。そしてふいに、悪戯心がわいてきた。
「で、智子ちゃんの好きな色は赤ってことだけどさ、ちょっと聞いていい?」
「ん? なに?」
「耳かしてもらっていい?」
智子ちゃんが遠慮がちに顔を寄せてきたので、僕は空いている手で内緒話をするために耳の横にたてて小声で尋ねる。
「下着も赤が多いの?」
「ばっ!? 馬鹿かっ!? それ聞いてどーすんだよ!?」
智子ちゃんはばっと勢いよく僕から体を離して大きな声をだした。そして電車の中なので当然周りの注目を浴びた。智子ちゃんは周りをきょろきょろして、こそこそするように僕を押して、ドアに押し付けるようにしてまた内緒話をする。
「……聞いてどうするつもり?」
「どうもしないけど、気になったから。怒った?」
「お、怒ってはないけど、そんなもん、男子が聞いてどうすんだよ」
動揺してるからか、とても口が悪い。きょろきょろしていて、思わずクスリと笑ってしまう。
「どうもしないって。てか、逆に、女子の智子ちゃんは、聞いたらどうかするの?」
「き、聞かねーし」
聞かねーしって。それ、答えになってないよね? 聞くか聞かないかじゃなくて、聞いたら、の話をしてるんだ。
「僕は水色が多いかなー」
「みっ、き、聞いてないっ」
ぎょっとしたように目を見開き、一瞬だけ視線が下へ泳いだ。でもすぐに空を仰ぐようにオーバーリアクションで顔をあげた。
想像したのか、と思うとにやにやしてしまう。
「聞かれてなくてもいいでしょ。そんなに動揺しなくても。冗談じゃん。可愛いなぁ」
「ぐ……どうせ私は、処女だよ。悪いか」
けっ、とわざとらしいほどにやさぐれた感じで言われた。 普通に、男女比率的に経験ない方が確率高いし、別に恥ずかしいことでもないのに、智子ちゃんにとっては嬉しくない事実だったみたいだ。
何だこの子、可愛すぎか。もちろん僕としては、経験あるって言われるより嬉しいしね。
「ううん。嬉しいよ」
「は? なにその答え」
「だって僕にくれるんでしょ? 嬉しいに決まってる」
「……どエロかよ」
む。そう言われると。そうだけど。でも、わりと普通じゃない? 別に男女逆に限らず、経験あるからダメとは言わないけど、初めての方がなんか、嬉しい。
でもそれはあくまでの僕の価値観で、仮にかなちゃんとかが同じに思ってくれていても、智子ちゃんの価値観が違って今のセリフで幻滅されたなら嫌だ。
「そういう僕は、嫌い?」
顔は真っ赤で小さめの声でのつっこみで、目をそらされた状態で、体勢もそのままだし大丈夫だと思うけど、一応確認しておく。
「……き、嫌いなわけない。ってか、なんつーか、まあ意外だけど、いやまぁ、よく考えたら、私が愛人2人目な時点でそうじゃなきゃありえねーわけだけど」
「じゃあ好き?」
「……くそっ。好きな男が、エロくて嫌な女がいるか、馬鹿っ」
「あはは、智子ちゃんって、結構口悪いよね」
「! わ、悪い。その、つい、動揺して」
「学校では猫かぶってるの?」
「いや、まあ、別に、普段からそんな、悪いわけじゃないっていうか、昔よりはましになってはいるんだけど……まぁ、男の前で、あんまり汚い言葉は使わないようにって思ってるけど」
智子ちゃんの言い訳によると、どうやら昔はもっと口が悪かったらしい。と言うか見た目通りのヤンキー口調がデフォルトだったとか。でも中学くらいから段々、ちょっと気を付けようと思って修正して、普段何もなければ普通に話しているらしい。でも興奮したり怒ったりするときはつい出てしまう、とかで、特に僕の前では気を付けていたとか。
なるほどー、ん? そんな気を付けてたっけ? まあいいけど。
「そうなんだ? でも、たまにはその口調でもいいと思うよ。かっこいいし」
「え? そ、そうか?」
「うん。最初からその口調だったら多分ドン引きだったけど」
「そ、そう……まぁ、気を付けるよ」
「あ、この駅でしょ? 降りよっか」
「あ、うん」
目的地についたので駅を降りる。ここから右に、って、智子ちゃんの家に行くんじゃないんだった。どっちだろう?
改札を通る時も頑張って手を繋いでいたので、そのままくいっと手を引いて智子ちゃんを促す。智子ちゃんははにかみながら僕を先導するように歩き出す。
「こっちだよ」
「うん」
「あの、今更だけど、変に期待しないでね? 普通の商店街だし」
「うん、わかった」
わかったけど、その普通の商店街に誘ったのは何故? 話の流れ的には、ここでデートするのが憧れみたいな感じっぽかったけど。なんで普通の商店街?
「ねぇ、普通の商店街を初デートに選んだのは、なにか思い入れのある商店街なの?」
「あー、まぁ、近所だししょっちゅう行ってるし、思い入れはもちろん、あるんだけど……それよりはまぁ、その、うちの祖父母の、初デート先だから、私も、もしするならって、思ってたんだ……なんか、悪い。ていうか、一人で盛り上がり過ぎで、キモイよな。あー、つい、したいデートって言われて、これしか思いつかなくて」
「別にキモくないよ。いいじゃん、二人のこと、本当に尊敬してるんだね。家族思いなの、いいと思うよ。家族は大事にしないと」
そういう事か。なるほど。それなら納得だ。むしろ、本当に智子ちゃんは家族が大事で、そのお祖父さんとお祖母さんのこと尊敬してて、大好きなんだなって思うと、僕まで嬉しくなる。
僕はたくさん家族に迷惑かけて、今も心配かけてると思う。だからこそ、余計に大事にしたい。家族を大事にするって、当たり前のようで、でもちょっと、難しい。それを恥ずかしがりながらも、ちゃんと実践する智子ちゃんは、立派だなぁ。
「そ……そう、だよね。家族は、大事、だよね」
「うん。大事だよ。さ、じゃあさ、どんな感じにデートしたとか聞いてないの? それ真似してみようよ」
「う、うんっ。と言っても、そんな知ってるわけじゃないんだけど、初めてかはともかく、よく行ってた店とかは、聞いたことあるから、それでいい?」
「もちろん」
「じゃあ、行こうっ」
智子ちゃんはさっきまでもじもじしたりしていたのに、急に元気になると、駆け足になった。ゆっくり歩いていたのでその変化に驚きつつも、初めて見るその快活な笑顔に、僕までつられてしまって、気づけば走っていた。
「商店街はここから遠いのっ?」
「すぐだよ! そしたら、まずはかき氷食べようっ」
智子ちゃんの言うように、商店街はすぐだった。だけど夏休みが終わりたてでまだまだ暑い昼下がり、僕らはすぐに汗だくになってしまった。
幸い商店街は屋根のあるアーケードだ。僕らは暑い暑いと言いながらも、手は繋いだままで、智子ちゃんの言うかき氷屋へ向かった。




