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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
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智子ちゃん

 木村さんと携帯電話越しに話し合った結果、木村さんもけして友達グループに入れてもらうために告白した訳ではないし、予想外だったらしい。気が進む話でもないと。それでも、僕のことは好きだし、日常的に一緒に居てもよくて、他の人もいいと言ってくれているなら、是非、一緒に居たい。と、そう言ってくれた。


 勝手に突っ走ってしまったかなと、少し心配だったけど、よかった。もちろんそれも、僕に気をつかっているとかそういう可能性がないとは言えないけど、そこまで言ったらもうどうしようもないもんね。

 本人がいいと言っている以上、その通りに受け取るのが、本人の希望でもあるんだ。


 そして翌日から、木村さんもお昼を一緒に取る。さすがに短い休み時間だと、殆どが自分の席にいる感じだから、移動しなかった。木村さんはしかも、反対側の入り口側の前の方だしね。

 お昼休みに木村さんがお弁当を持って僕らの席にやってくると、クラスは特にざわめかなかったけど、静かに注目を浴びているのはわかった。


 かなちゃんの前の席、前田さんはいつも学食へ行く人なので空いている。木村さんはすっとその席をかりて、椅子だけ反転させて、机を合体させて島をつくっている僕らに合流した。


「えっと、ど、どうも。よろしく」

「う、うん。よろしくね。あ、てか、改めて全員で自己紹介しよっか? 卓也君と加南子はともかく、私らのことはよく知らないでしょ」

「あ、いいですね」

「あ、うん。じゃあ、お願い」


 若干、挙動不審気味の木村さんに市子ちゃんが戸惑って視線を泳がせつつもそう言って場を仕切った。確かに。しかも本人はもちろん、僕らからも言いにくいから助かる。


「じゃあ私から、時計回りね。えっと、木野山市子です。趣味は、え、なんだろ。改まると、最近これってのにはまってないや。えー」

「ハマってるのは卓也君にじゃないですかー?」

「そうそう、ってなんでだよ。突っ込みにくいボケやめて。まぁ、隣のこれとは幼馴染で、卓也君の愛人一号です」

「これとは何ですか。私は高崎歩です。卓也君にはふられてますが、将来に賭けているので気にしないでください。趣味は卓也君、好物は卓也君、好きな教科は卓也君です」

「こわいわ。ストーカーよりひどい」


 二人の漫才的自己紹介によって、だいぶ場の緊張感が溶けた。さすがだ。特に歩ちゃんのボケがきれっきれで、ちょっと吹き出してしまった。好きな教科ってなにさ。


「ふっ、ふふ。はは」

「ほら卓也君ひいてるじゃん、って言おうとしたら先に笑っちゃうし。えー、卓也君の笑いのツボわかんないな」

「私もあんまりわからないときあるから、気にしないで。じゃあ、次は私ね。小林加奈子です。たくちゃんの幼馴染です。愛人を歓迎するわけじゃないけど、たくちゃんが望んだ人なら、できるだけ私も仲良くしたいって思うから、よろしくね」

「あ、ああ。よろしく」

「で、僕ね。酒井卓也です。えーっと」


 何言おう。みんな大したこと言ってないよね。この、最低名前さえわかればいいか感。でもせっかくだし、ここはあたたまった場を維持するために、ちょっとおもしろいこと言いたい。


「好きなパンはフランスパン、好きな女性のタイプは年上です」

「…え、そ、そうなの?」


 あれ? これで爆笑までいかなくても、くすっとしてもらえると思ったのに。だって年上って。恋人も愛人も同い年なのに。

 何で全員普通にえっ、って顔してるの? ましてかなちゃん動揺しすぎじゃない?


「いや、冗談だから、笑ってほしかったんだけど」

「……冗談下手過ぎない?」

「は? かなちゃんなんて、面白いこと言おうと努力すらしてないくせに、けちつけないでよ」

「けちっていうか、そもそも自己紹介だし、別に一発芸見せる場じゃないから」


 呆れた顔された。どうしてこうなった。

 不満と不安で回りをみると、木村さんと目が合った。木村さんは一度上に目をそらしてから、でもちゃんとまた僕を見て口を開いた。


「えっと、酒井君、じゃあ、好きなパンも冗談なの?」

「それは普通に好きだよ? そこ冗談にする意味が分からなくない?」

「えぇ、まぁそうだけども。えっと、じゃあ、私か。私は木村智子です。四姉妹で、結構妹の世話とかしてます。趣味は、料理とか、結構好きです」

「へー、木村さん、意外と女子力高いんですね」

「おい、意外とか言うなって」

「でも、見た目結構、その、不良っぽいかなーって、思いましたよね?」

「おいっ。殺されるぞっ」

「いや殺さねーよ」


 歩ちゃんのズバッとした発言に、真顔でつっこむ市子ちゃんに、木村さんが呆れ半分と言った感じで半眼で突っ込んだ。

 普通に見えたけど、市子ちゃんもしかして木村さんにびびってた? 気持ちはわかるけど。


「まぁ、確かに、どっちかって言うと、そうかもしれないけど。頭悪いし、授業態度良くないけど、別に私、喧嘩しまくったりとか、そういうのはないから。えっと、まあ、口が悪いときはあるけど、安心していいから」


 木村さんは頬をかきながらそう言った。多少、そう見られる自覚はあったらしい。そして頭悪いのか。意外かも。見た目はそうだけど、家庭的だから実は真面目に勉強もしてるのかと思ってた。


「あ、そうだ。木村さんさえよかったら、僕らみんな名前呼びしてるし、そう言うの、どうかな?」

「え、あ、ぜ、是非」


 了承ももらったので、早速、あ、他の人もいいよね? ちらっと、市子ちゃんと歩ちゃんの様子を伺う。すぐにばれて目が合い、にこっと微笑まれた。


「じゃあ遠慮なく、智子、でいいですか? 加南子のことも呼び捨てなので、さんをつけるのも逆にあれかなと思うんですけど」

「ああ。それで。苗字ならともかく、名前にさんとか、ちょっとくすぐったいし」

「じゃあ、私らのことも、普通に呼び捨ててよ」

「ありがとう、歩と市子だな」

「あー、その、私はあんまり呼び捨てってしないから、ちゃん付けがいいんだけど。いい?」

「え、ちゃん付けか」

「僕も、呼び捨てはしないなぁ。ちゃん付けで」

「あ、うん。まぁ、いいけど」


 かなちゃんは質問形式だったけど、僕は決定の形で言うと、戸惑ったようだけど頷いてくれた。よかった。呼び捨てでと言われたら、慣れないし、なんか偉そうに見られても嫌だし、かなちゃんですらちゃん付けなのに、なんか嫌だし。


「あ、僕らのことは、呼び捨ててくれて大丈夫だよ、智子ちゃん」

「お、おう……た、か、加南子、と、た、卓也、な」

「うん。そんな感じ」


 普通に返事をしたけど、今の、一回卓也って言いかけたけど照れくさくてかなちゃん先にした感じ、めっちゃドキッとした。可愛い。照れてるの誤魔化そうとして髪の毛とかしてるのも、なんか女の子っぽい。


「じゃあ、そろそろお昼食べよっか。時間結構使ったし」

「あ、そうだね」


 自己紹介から始めたので、ついつい食べてなかった。いただきますして食べだす。

 食べながらも、みんな新メンバーに興味があるらしく、市子ちゃんが智子ちゃんのお弁当箱を覗き込む。


「てか、可愛いお弁当箱だよね? 料理するって言ってたし、もしかして自分でつくってるの?」

「ああ、そうだよ。夕飯とかも結構、作るし」

「そうなんですか? すごー。え、じゃあ朝ご飯も?」

「いや、朝は弱いから。お弁当は前日におかず用意しておいて、ご飯だけつめるからいけるけど」

「そう言えばたまに遅刻してたっけ?」


 こうして、智子ちゃんを交えての昼食は和やかな雰囲気で行われた。


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