ごめんなさい
「ごめんなさい」
結局、ストレートに断ることにした。後回しにするほど気まずいだろうと言うことで、朝一番に、早めに呼び出して。頭を下げて、その顔を見ないまま断った。だって、本気で全く全然その気がないのに、期待を持たせたら申し訳ない。
「そ、そうですか。気にしないでください。ていうか、頭上げてくださいよ」
返ってきたそのあっさりした言葉に、僕は思わず顔を上げた。そしてその表情にまた下げそうになって、我慢して体勢は戻した。
歩ちゃんは、言葉こそいつも通りで、微笑んではいる。だけど、とてもじゃないけど、笑ってはいない。どう見ても、無理して笑っているのが分かる、やせ我慢の微笑みだった。
そんな顔を見せられて、大丈夫なのかと思えるほどは、鈍感ではいられない。だけどそんな顔だからこそ、僕はその言葉を、その通りに受け取らないといけない。そうじゃなきゃ、無理をして笑おうとしてくれる歩ちゃんに、申し訳ない。
「うん、わかった。気にしないようにするよ」
「はい。それでこそ卓也君です。ほんと、急に告白して、こっちこそごめんなさい。忘れてくれていいので、これからも友達でいてくれますか?」
「それは、もちろん。恋人にはできないけど、歩ちゃんのこと、友達として、大好きだから」
それはこちらからお願いしたいくらいだ。そう言ってくれないかと、期待はしていたけど、本当にそうなるとは。それは僕にとっては都合のよい、そして歩ちゃんにとっては苦しいだけの選択だと思っていた。だからこそないだろうと思っていたのに。それでもそう言ってくれるのか。
僕は胸が痛くなるような思いで、だけどその上で、やっぱり全然胸がときめかなくて、何だか申し訳なくなった。
「えへへ……友達でも、嬉しいです。あの、ところで、私のどの辺が駄目だったんですか? あ、卓也君を責めてるとかじゃなくて、普通に、今後の参考と言いますか。市子とか、そんなに私と顔面偏差値違う気がしないといいますか」
「え、うーん」
そういう事聞く? でも今後の参考とか言われると、確かに逆の立場でも気になる。僕が駄目でも、他の人とかって考えると、異性にとってどう思われるかって気になるもんね。ここは飾らず濁さず、素直に言うべきか?
「じゃあ、正直に言うけど、どうかショックを受けたりせずに、あくまで僕個人の意見として聞いてね?」
「もちろんです」
「その……僕より背の低い女性はちょっと。も、もちろん、友達として歩ちゃんって一緒に居て楽しいし、容姿とか普通に可愛いと思うよ? でもその、恋人としてみたらね? あくまで僕個人の好みとしてね?」
さすがに、幼児体型とかって失礼な言い方はできないし、おっぱいが大きい方がとかはセクハラだし性癖丸出しで恥ずかしいから言えないけど、身長くらいなら言える。と思ったけど、思いのほかダメージを食らっていそうなリアクションだったので、慌ててフォローする。
僕のフォローに、歩ちゃんはぎこちなく微笑みなおした。
「そ、そうですか……でも、じゃあ、大人になって私が成長したら、全然可能性ないわけじゃないですよね? 今は友達に徹しますけど、諦めたわけじゃないですから。覚悟しててください。私、正妻だって狙いますからっ」
そしてそう、ぎこちない、まだ作り笑いとわかるままだけど、それでも精一杯だろう笑顔でそう明るく宣言した。
その様子に、これからも友達関係を続けていけそうだとほっとした。少なくとも笑い話にできる程度に、歩ちゃんは明るく振る舞えるんだ。ならきっと、すぐに本当に平気になるだろう。
「わかった。じゃあ、楽しみにしてるよ」
「はいっ」
こうして歩ちゃんとは友達関係を継続する形で、特に深い意味はないけどなんとなく握手をして終わった。
○
その日、お昼休みとか、まだちょっとぎこちなさがないとは言えなかったけど、最後にはいつも通りの笑顔を見せてくれて、安心して別れることができた。
「ふー、よかったー。今日は枕を高くして寝れそうだね」
「そうだね。歩ちゃん、ほんと大人だよね。でも、わかってると思うけど、これからは絶対、歩ちゃんがいる前では変に恋人みたいな空気出しちゃだめだからね?」
「分かってるって言うか、そもそも二人きり以外でしたことないでしょ?」
「私とはないけど、今後、木村さんも増えたし、どうなるかわからないでしょ?」
「まぁ、わかったよ。気を付ける」
もちろん、そんなつもりはないけど、そういう気持ちにはなってしまうことはある。だからこそ、今まで以上に態度に出ないようにしないと。
歩ちゃんの気持ちも態度も嬉しいけど、それに完全に甘えて今まで通り能天気にって訳にはさすがにいかない。友達だからこそ、そこは最低限気遣わないとね。
木村さんとは連絡先はすでにつながっていたので、個人的な連絡を取り合うことにした。
とりあえず二学期も始まったばかりだし、すぐに木村さんと仲良くするのも気まずいので、学校ではとりあえず友達と言う枠で接してもらうことにした。かなちゃんとかとも、学校では友達以上のことはしないので、当然のことだと木村さんも納得してくれた。
まずは友達として、みんなにも馴染んでもらいたいし、僕も馴染まないと。と言うことで、今日二人からもOKをもらったので、明日からは木村さんとも学校で過ごすことになる。
「それにしてもさ、私があんまり、他の子との付き合い方にあれこれ言うのはあれだと思うけど、ちゃんと話し合わなきゃだめだよ?」
「ん? それはもちろん。わかってるよ」
「ならいいけど、その、市子ちゃんとは元々友達だったからいいけど、木村さんはそうじゃないでしょ? だから、その、恋人関係とは別に考えた方がいいかもしれないってことが言いたいんだけど。わかってる?」
「ん? え? どういうこと?」
「つまり、今は学校で私も市子ちゃんも歩ちゃんも、一緒に過ごしていて、だからたくちゃんは愛人になりたいっていう木村さんも学校でも一緒にいるようにって考えてるみたいだけど、木村さんが学校での友達付き合いもしたいとは限らないでしょってこと。あくまで木村さんが好きなのはたくちゃんだけで、私たちじゃないんだから、無理に全員一緒の友達関係を求めるのは、話が違うんじゃないかってこと」
「……なるほど」
確かに、僕は木村さんを愛人候補にするにあたって、市子ちゃんの時と同じようにみんな一緒に過ごしつつ、デートをしてって考えていた。でも言われてみれば木村さんは仲間に入れてくれって言うのじゃなくて、あくまで僕に告白してきたんだ。まして、最低限の義務でもいいって言ってきたくらいだ。
ならむしろ、無理やり毎日一緒にって言うのは、別の友達グループに毎日参加させられるみたいなもので苦痛なのかもしれない。ていうか僕なら確実に、僕が希望したのでもないのに無理にグループ入りさせられたらしんどい。1人だけ浮きそうだし、逆に気をつかわれすぎても嫌だし。
「ちょっと、もう一回木村さんに聞いてみる」
「うん。その方がいいよ。あ、もちろん、木村さんを友達グループ扱いしたくないとか、そういう事じゃないからね? ただ、恋人とか愛人とか、言葉は同じでも、一人一人なりたい形は違うからね。たくちゃんが言えばそのようにしてくれるかもしれないけど、さすがに偶にとかじゃなくて、無理に本人不本意で毎日一緒にいられても、私も気をつかうしね?」
「わかってるよ。ありがとう、かなちゃん」
かなちゃんは本当に、優しい。僕が逆の立場なら、絶対そんな、相手にまで気遣うのは難しいのに。そういう、懐が深くて、どこまでも優しいところ、本当好きだ。
「大好きだよ」
「! きゅ、急に、外で言うなんて珍しいね」
「まぁだって、好きだからさ」
「たくちゃん……ねぇ、部屋よっていい?」
「駄目」
いやまぁ、寄ってもいいけど、相手はしないよ? 帰って木村さんに早く連絡しなきゃね。




